終章(前):暴かれた真実
「トキ! お前一体、どういうつもりだ!?」
少し時間を置いてミコトらに合流したウォッチは、ミコトが初めて見るような剣幕でトキの胸ぐらを掴み上げた。
「イイトシこいて怒鳴んなよ、おっさん」
「こんな時までふざけるな!」
激昂するウォッチと対称的に、トキは平然としていた。
「ウォッチ……クスリはどうなったの?」
ミコトは不安を募らせていた。
先ほど池早が死んだ後のトキの態度と、今のウォッチの剣幕からは、嫌な予感しか感じない。
「クスリは―――ない」
ウォッチの苦味が混じった言葉は。
ミコトが今、一番聞きたくない言葉だった。
※※※
地下の薬物倉庫に入ったウォッチは研究者の一人を脅して薬物保管庫の中に潜入した。
その後、研究者を気絶させて縛り上げ、薬物保管庫の中を丁寧にそして手早く見て回る。
在庫量が凄まじい為に、目的のものはすぐに見つかった。
『Seiltem-new drug』と書かれた大量のコンテナと、設置されたタッチパネル式の成分表。
クリックして成分表示を見たウォッチは、その内容に微かに眉をしかめた。
「どういう事だ……?」
別のコンテナのものも同様にチェックして行くが、成分表示は全て同じだった。
コンテナの下には運び出しを容易にする為のマルチローダーが設置されており、操作パネルを見つけたウォッチは研究員のパスとハッキングを駆使して、とりあえずそれらの在庫を全て、受け渡し場へと運び出す手はずを整えた。
そのまま自動操作でマルチローダーを駆動した状態で研究室へとって返すと、ウォッチは薬物の効能実験の結果を探す。
WMPLは特殊な義肢であり、クスリを試すには生贄となる被験者が必要だった筈だ。
白金ならば、金の為に違法な人体実験を平気で行うという、ウォッチの睨み通り。
WMPL関連の経過観察報告には、池早、の名があった。
白金が巧く言いくるめたのか、あるいは恨みに凝り固まった池早が自ら志願したのか。
日誌の体を取っているその経過観察を見ると、池早は薬物摂取により正常にWMPLが稼働しているにも関わらず、絶え間ない痛みに襲われていたらしい。
最初は疼痛程度の痛み。
徐々に増す痛みは、新薬投与量の増加による一時的に緩和される、という報告の後。
次に、少量の継続投与による痛みの緩和、という段階を踏んで過度に増して行く痛みと投与量増加の記述に、ウォッチは眉をしかめる。
「拒絶反応……? だが、これは」
おそらく、この拒絶反応は池早やWMPL自体が原因ではない。
最初の記録である移植手術の経過は、開発者であるウォッチが見てもきっちり行われている。
手術は成功したのに痛みがある、という事は、問題はクスリにある。
リミトがトキに遺したクスリとこの場にあるセイルテム新薬では、濃度と含有物質に差がある。
媒介であるセイルテムの内容量が、この場にある新薬は誤差程度ではあるが、薄いのだ。
ウォッチは、ギリ、と奥歯を噛み締めて、トキらのいる上層階に繋がるエレベーター目指して駆け出した。
こんな事が起こる原因は、一つしか考えられなかった。
「トキ……お前……ッ!」
※※※
「お前、白金に渡したクスリの内容物をイジッたな?」
トキの胸ぐらを掴み上げたウォッチの言葉に、トキは笑みを崩さないまま、あっさりと頷いた。
「ああ」
「内容物をイジッたって……どうやって……?」
ミコトの頭の中を、疑問が埋め尽くす。
そもそも白金にクスリを渡したのは、自分達では量産出来ないクスリを……トキの命を繋ぐクスリを、代わりに作らせる為ではなかったのか。
偽物を渡すなら、何であんなリスクを犯してまで白金にクスリを渡したのか。
そもそも、バレないように中身をイジる事など可能なのか?
ミコトの問い掛けの答えは、トキから逆に質問として戻って来た。
「セイルテム系の薬物が、MPLとの接合部の壊死を抑えられるのは、何でだと思う?」
「……人体とMPLに含まれる金属の拒絶反応を抑制するから、じゃ、ないの?」
「それは、正解だが正確じゃねぇ。いいか、セイルテムってのは媒介だ」
ウォッチに胸ぐらを掴まれたまま、トキは右手を上げて、指を一本ずつ折って行く。
「拒絶反応を抑える物質と、WMPLと、人体細胞。この三つを『媒介』してるんだ。実際に拒絶反応を抑制してるのは……」
トキは指を解いて、ミコトを指差した。
「お前だよ。ミコト」
トキの言葉に、ミコトは戸惑った。
「私……?」
「セイルテムは優秀な媒介だ。何で優秀なのか、考えた事があるか? ……セイルテムはな、『死人』の血の効能を、普通の人間に適用出来る物質なんだよ。俺とWMPLの拒絶反応を抑制してる大元の原料は、死人の血だ」
ミコトは。
今度こそ頭が真っ白になった。
血。
死人の……ミコトの体に流れるのと同様の血液。
それが、トキの命を繋いでいた、クスリの正体。
「正確には、死人の血液成分を化合再現した疑似血液、だ」
厳しい目でトキを睨み据えたまま、ウォッチが低く、トキの言葉を補足する。
「リミトは元々、死人に関する研究をしていた。クスリはその研究の応用だ。死人は、その血に不死性の秘密があると言われている」
臓器の再生すら可能にし、ポンプの役割を持つ心臓が破壊されても自律流動して死人の命を繋ぐ血は、万能細胞すら超える神の領域にある神秘の流体なのだ。
「だが、その血液をそのまま輸血したところで人が死人になる訳でも、血液の恩恵が受けられる訳でもない。血液型の不一致同様、むしろ毒になる」
主な症状は全身を襲う苦痛だ、と、ウォッチは言った。
「セイルテムは、人体やMPLに接触する事で、死人の血の毒性を結合分解して効能だけを維持する。だから追加投与が必要になるんだ。消費されて、血もセイルテムも体内から『消える』からだ」
池早の経過観察では、継続投与と投与量の増加による一時的な痛みの緩和は確認されていたが、徐々にその周期が短くなり、痛みも増しているというデータが付与されていたらしい。
「痛みが強くなるのは当然だ。毒性の強い擬似血液の含有量が、セイルテムの結合消費限界量を僅かに超えているクスリを投与され続けていたんだからな。分解されない擬似血液が体内に溜まって行き、薄まるよりも先に、痛みを緩和する為に次の投与……ここに貯蔵されているクスリは、WMPL移植者の気を狂わせる欠陥品だ!」
ウォッチは、トキを睨みつけながら、ミコトに問いかける。
「ミコトちゃん。君は、トキに血を抜かれた事があるか?」
「……ええ。あるわ」
問われて、ミコトは頷く。
覚えがある。
一度、トキらと行動を共にするようになった後、心臓を貫かれた傷やその他の後遺症がないかを検査をすると、トキに言われて。
少量の血液を、抜かれたのだ。
「……その血を、元のクスリに混ぜたんだな」
「流石だ、おっさん」
トキが小さく機械の手で拍手をする。
戦闘の間、池早が痛みを訴えていた理由は、そういう事だったのだ。
毒性の強い死人の血による、拒絶反応とは違う痛み。
最後の最後に池早が見せた反応こそが、本当の拒絶反応の痛みによるショック死状態だった。
ここにあるクスリは、トキには使えない。
その欠陥品を使い続ける事で到達する末路は、先程見た池早の狂気だ。
「……トキ。貴方の持っていた、残りのクスリは?」
ミコトが問い掛けるのに、トキは肩を竦める。
「ここに来る前に、トラックで使った最後の一つ以外は全部処分した。ミコトに持たせたのも、中身はコーヒーだ」
「……そんなに、死にたかったのか」
胸ぐらを握るウォッチの手が震え、目が僅かに赤くなっていた。
トキはそんな彼の肩に手を置くと、胸ぐらを掴む手を退かせて片眉を上げる。
「最初から言ってるだろ、ウォッチ。お前がくれた俺の時間は、元々、白金を殺す為の余り時間だ。未練なんかもう何もねぇよ。そうだろ?」
言いながらトキが親指を向けた先にいたのは、蜂の巣になった白金だった。
完全に事切れているのが一目で分かるくらい、執拗に銃弾を顔面に撃ち込まれた、白いスーツの男。
おそらく、これをやった犯人は池早だ。
ミコトたちが今居るのは、白金の執務室だった。
来た時には、既に白金は今と同じように、椅子に凭れるような姿勢で死んでいた。
そんな白金の死体の前で、ミコト達は喋っていたのだ。
「痛みで気が狂った池早の野郎を、解放したのか元々閉じ込めてなかったのはかは知らねぇが、しまらねぇ話だぜ。不完全燃焼もいいところだ」
トキは煙草を取り出して口にくわえると、執務室の中にある、屋上に向かう階段に目を向けた。
設備図では、その先には白金の使っていた来客用、あるいは白金の休憩用の屋上テラスがある。
「だが、どんな形でも、俺たちの目的は達成されただろ。白金は死に、不完全なWMPLはウォッチが完成させなけりゃ欠陥品のまま……不完全なクスリも全部爆破しちまえば、WMPLを使った軍隊も作れやしねぇ。なんの憂いもねぇだろうが?」
両方の掌を上に向けて屋上へ足を向けたトキは。
首だけを曲げて、冷たい目でミコト達を見た。
「チームは解散だ。命の貯金がたっぷりあるお前らは、さっさと逃げろよ」
トキは屋上へ向かうドアへ手を掛ける。
「屋上へ、何しに行くつもり?」
「決まってんだろうが」
トキが、タバコをくわえながら腕のディスプレイを指差した。
「―――今から、死にに行くんだよ。施設襲撃の犯人は、俺一人で十分だろが」




