第3節:古い記憶
「さて、これは一体どういう事だろうな?」
封筒に入っていた紙片を読み、ウォッチは口をへの字に曲げた。
封筒は、白金の経営する企業のロゴが入ったもので、差出人は白金のようだ。
「……なんて書いてあるの?」
ミコトが尋ねると、ウォッチはリビングのテーブルに紙片を滑らせた。
手に取って読むと、すっかり馴染みの味になったマダムのコーヒーを入れたトキが、ミコトのカップを置きながら後ろから覗き込んで来る。
「招待状だな」
場所と日時、それに地図がプリントされた紙片に添えられた文面は、取引がしたい、というものだった。
クスリが完成した。
トキにそれを提供する用意がある。
他に、ミコトの身元の保証と、ウォッチには利権の一部を譲渡するという旨の記載。
条件は、彼の弱味になった、あの日の出来事に関する記録を全て抹消する事。
同意するなら、その場所まで来い、という事らしい。
「クスリが完成、ね」
皮肉に笑ったトキが体を起こして自分の椅子で足を組むと、ウォッチは厳しい顔で言った。
「100%罠だろうな」
「でも、行くしかないんでしょう?」
ミコトはトキに目を向けた。
つい先日のテストの後、トキはウォッチに言っていた。
『ミコトが完璧に仕上がるのを待ってたら、くたばりそうだ』
その言葉は、皮肉ではない。
彼らの物言いを、ミコトは正確に理解出来るようになっていた。
リミトの残したクスリが底を尽き掛けている、と、トキはそう言ったのだ。
ウォッチは、即座に動いた。
白金を殺す、その準備を半年かけて入念に整えていた彼は、実行の為に様々な情報を整理し、隠していた武器を手元に集めた。
後は実行を残すのみ、その段階でこの封筒は届けられた。
「俺たちの動きが読まれたか、偶然タイミングが重なったのか。判断に苦しむところではあるな」
ウォッチが入手した情報では、白金が、ウォッチ達に手をつけなければならないような状況に陥っているような事はなかった筈なのだが。
「金にもならないのに、わざわざ藪から蛇を出すような真似をあいつが進んでする時は」
ウォッチが、指をテーブルに滑らせながら言う。
「俺を始末しようとした時のように、より大きな金が手に入る時か、放置すれば損をすると判断した時だけだ、と思っていたんだがな」
「情報がねぇなら、考えても仕方がねぇだろ」
トキはあっさりと言い、告げた。
「どうせ襲うつもりだったんだ。自分から目の前に出向いてくれるってんなら、好都合だろ。後は、乗るか反るかだ」
「相変わらず、猪突猛進ね。その後に殺した事がバレないように逃げる手段が確保出来るの?」
「何でそんなモンがいるんだよ? 殺す為の準備は、万端おっさんが整えてる。後は実行するだけだろ。命を拾う事を考えるのは、その後で良いじゃねぇか」
「行き当たりばったりで、拾えるような安いもんじゃないだろうが、クソガキ」
ウォッチも、呆れた顔をしている。
「大体、お前のクスリを確保する為に襲うんだぞ。クスリ自体の取引が本当の話なら良いが、そんな可能性はほぼない。だったら、クスリが本当に製造されているかどうか、そしてお前の一生分確保出来るかどうかも考えなきゃならんだろうが。殺すのはその後だ」
「メンドクセー」
「自分の事でしょう!」
ミコトが叱りつけると、トキは、べ、と舌を出してタバコを取り出した。
「トラック満載、クスリがあればいいがな。雀の涙しかなかったら、後で泣きを見るのはお前だぞ」
冷たくトキを横目で見るウォッチに、トキは口の端を吊り上げる。
「興味ねーな。どうせ死んで元々だ。白金を殺すまで惜しいってだけの命だ。短かきゃ短いで、後は目一杯遊んでからくたばる。どうせ死ぬんだからやりたい放題だぜ?」
「羨ましい話だ。何が何でも大量のクスリを押し付けたいね」
「おいおい、嫌がらせはやめろよ」
口ではそう言いながらも、ウォッチは真剣にトキの身を心配している。
頭脳を隠す必要がなくなった彼は、以前から購入して使用しているターミナルPCの前に移動すると、情報を調べ始めた。
「トキ。貴方、少しは貴方の為に頑張ってるウォッチに感謝しようっていう気はないの?」
「良いぞ、ミコトちゃん。もっと言ってやってくれ。ただ、トキの為に頑張ってるなんて事はない。片手間だ」
「素直じゃないわね。で、どうなの?」
トキは、ミコトの問いかけに肩を竦めた。
「残念ながら、煩わしい気持ちは手足と一緒にどっかに落としてきた」
「生まれた時からないだろうが、クソガキ」
「分かってんなら、小煩いこの女を黙らせろよ、おっさん」
あくまでも憎まれ口を叩くトキの頭を、ミコトは飲み干したカップの裏で叩いた。
「痛ぇな!」
「あら、ごめんなさい。少しは頭の調子が良くなるかと思ったのよ」
つん、とわざとらしく言ってやると、トキは、けっ、と吐き捨てて自分も立ち上がった。
「どこ行くのよ」
「気ぃ悪いから遊びに行くんだよ。遊園地にな。文句あんのか」
まるで子どもだ。
「出掛けるなら、ついでにマダムの所に寄っていけ。白金のとこの、クスリの在庫の量を調べにな」
「遊びに行くっつってんだろーが」
「自分の事は自分でやれ」
トキはウォッチの言葉に答えなかったが、ライダーススーツに着替えたて出てきた彼は黙ってウォッチに手を差し出し、ウォッチはその手の上に札束を乗せた。
「残りはやるよ」
「気前のいいこって」
トキが出て行き、ミコトは腕を組む。
「何であいつは、いつもああなのかしら」
腹立ち混じりに呟くミコトに、ウォッチは平然と答えた。
「甘えてるのさ。ああ見えて、あいつは気を許せる相手が少ないからな」
「大人ね、ウォッチ。気を許してるから我慢しろって事?」
「まさか。好き放題言ってやれば良いさ」
ウォッチはニヤリと笑みを浮かべて、ミコトを見た。
「泣いて感謝するトキの方が気持ち悪い。そう思わないか?」
問われて、ミコトは黙った。
想像するだに気色が悪い。
「……得な性格ね」
ようやくそう言葉を絞り出したミコトに、ウォッチは声を立てて笑う。
「違いない」
「遊園地に遊びに行くって言うのは、本当なのかしら?」
首を傾げるミコトに、ウォッチは表情を引き締める。
「間違いではないがな。君は、白金が指定した住所と場所に見覚えはないか?」
探るようなウォッチの目に戸惑いながらテーブルの紙片に書かれた地図を眺めるが、残念ながらよく分からない。
「ごめんなさい。地理は苦手」
「人には得意不得意があるからな。白金の工場がある場所にはな、昔、古い遊園地があっただろう?」
「ああ……」
言われて、ミコトは思い出した。
「そう言えば、何回か両親に遊びに連れて行って貰ったわ……」
そんなところに遊園地があった事すら忘れる程、ミコトにとっては遠い記憶だ。
「下見だよ。素直じゃないからな」
ウォッチは笑う。
「自分はともかく、君を生き残らせる為に、あいつはそれなりに真剣だよ」




