第1節:手足の真実
白金の手から逃れて、数日後の事。
怠そうな様子を見せていたトキが、白金に対する準備を終えた途端に事務所で倒れた。
40°近い熱があり、彼を担ぎ上げてベッドへ運んだウォッチはWMPLによる負担だと言った。
「予想以上に無理をしていたな。帰りの車で残り時間を教えなかったと思ったら、案の定か」
苦虫を噛み潰したような顔でをしたウォッチは、深く眠るトキの上着をはだけると、すっかり温くなった湿布薬をトキとWMPLの接合面から剝がして、新しいものに替えた。
「トキは、大丈夫なの……?」
枕とトキの頭の間にアイシングを挟みながらミコトが言うと、ウォッチは頷いた。
「熱は、WMPLの過剰使用のせいさ。クスリは摂取しているから命の心配はない」
「あの速さで動くと、副作用があるとかじゃないのね?」
ミコトの言葉に、ウォッチは頷いた。
「WMPLにそんな制約はないよ。熱はただの反動だ。人間の限界を超える動きは、人体に当然負担を掛ける。それでも一瞬なら筋肉痛程度で済むが継続すれば損傷は酷くなり、修復しようとして発熱する」
「私を助ける為に、無理をしたせいなのね」
目を伏せるミコトに対してウォッチは、いいや、と呟いた。
「君が池早に捕まったのは君のミスじゃなくトキのミスだ。そして君を助けようとしたのはトキの勝手だ。謙虚は美徳だが、悲劇を気取るのは悪徳だよ。俺たちは目的の為に繋がったチームだろう?」
「私にあなた達のような力があれば、捕まりはしなかった」
「君が殺し合いに慣れていないのは、君の戦いに力が必要がなかったからだ。そう自分を卑下するものじゃない。君の美しさと演技力はまぎれもなく力だよ。最初にわざと捕まった時に池早を騙し切ったのは、君の力だ」
ウォッチは、優しいのでも冷たいのでもない、そんな口調で言う。
あえて言うなら、合理的な人間の口調だった。
「弱腰はいらない?」
トキの眠るベッドの横に膝をつきながら問いかけるのに、ウォッチは片頬に笑みを浮かべた。
「そう。君はこれから力を得る。自分でそう言った筈だ。知らない事に挑む気概も君の評価出来る点だな。トキはどうか知らないが、俺は同情から君を加えた訳じゃない。やる気のないお嬢さんだったら、適当な理由を付けてどこかへ行ってもらっただろう」
ウォッチはトキの枕元にあるナイトテーブルの脇の壁にもたれて、タバコに火を付ける。
「俺にも寄越せ……」
呻くような声にミコトが目を向けると、トキが目を覚ましていた。
焦点が合っていない。
ミコトが額に手を当てると、トキは少し煩わしそうに眉根を寄せたが、手を払いはしなかった。
「知恵熱出したクソガキは大人しく寝てろ。どうした、白金への保険を掛けるのはお前には難しかったか?」
からかうようなウォッチに、トキはますます眉をしかめる。
「言ってろおっさん……万事に鈍い中年と違って、こっちは繊細なんだよ……」
「どこがだ。開口一番ヤニを寄越せとか言い出す前に、水分くらい補給しておけ」
ウォッチはナイトテーブルの下に置かれた小型の冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して栓を開け、トキに手渡した。
トキは一気に飲み干すと、またベッドに倒れこむ。
「具合はどう?」
「最悪の気分だ。頭がガンガンする。美人の膝枕じゃねーと治らねぇ」
「……軽口叩けるなら大丈夫かしら」
「お前もおっさんも、もうちょっと病人を労ろーって気はねーのか……」
「冗談は寝言だけにしておく事だ。寝てりゃ治る」
「おー……」
トキは相変わらず焦点が合っていない上に口調にも覇気がない。
ミコトは心配だった。
「本当に大丈夫なの? ウォッチ」
「おっさんが平気だってーんなら、大丈夫だよ……」
ミコトの問いかけに答えたのは、熱を貰って暖かくなったミコトの手を軽く避けて、金属の腕を目の上に乗せたトキだった。
「WMPLの事なら、おっさんが一番よく知ってるからな。なんせ作った張本人だ」
トキの言葉に、ウォッチがむせた。
ミコトはその言葉が持つあまりの衝撃に、弾かれたようにウォッチに目を向ける。
タバコの煙が喉を刺激したのか、しばらく咳き込んでから涙目でトキを見たウォッチが、呆然と言った。
「お前……知ってたのか」
「ザマァみやがれ。横でスパスパしやがって。驚いただろ?」
「トキ、一体何を言ってるの? WMPLは、白金が作ったんでしょう?」
「いいや。白金のところに『ある』だけだ。WMPLを作ったのはウォッチさ」
悪戯に成功したのに気を良くしたのか、トキが口の端を歪める。
「とりあえず白金はやり込めたんだ。もう、すっとぼけはそろそろ止めようぜ」
「いつ気付いた?」
ウォッチの呆けたような表情を見るのは初めてだった。
「この手足になってすぐに疑ったよ。俺の手足をWMPLに取り替えたのは、お前だろ?」
うねるように指を動かすトキを、ウォッチは真剣な目で見つめていた。
「おっさんが機械音痴なんてのは、完全に嘘っぱちだ。俺は目覚めてからずっと疑問だった。切羽詰まってたリミトが自宅の爆発から自分が殺されるまでの間にどうやってWMPLの手術を行える奴に連絡が取れた?」
トキは、うねらせていた指を自分の胸の上に乗せる。
「クスリを隠したのは俺自身だ。そして手術を終えて目覚めるまでの間は、優に一週間はあった。最初は、手足を移植した奴がクスリの予備でも持ってたのかと思ったが、俺に『クスリを隠せ』と言ったリミトがそんなものを残している筈がねぇ」
トキは、無理やり体を起こして壁に背中を預けた。
目の焦点がいつの間にか合っている。
もしかしたら、眩暈を起こしていたのを回復するまで待っていたのかも知れない。
トキはナイトテーブルから自分のタバコの箱を手に取ると、話を続けた。
「動けるようになって、俺は調べた。案の定だ。俺が隠したクスリが減ってた。丁度、手術直後から俺が回復するまでの間分くらいだ。その時点で俺は完全にウォッチを疑った……ウォッチが、リミトの言ってた行方不明のWMPL開発者なんじゃねぇか、とな」
他にも色々疑問はあった、と、熱が高すぎて真っ赤な顔でトキは言う。
「白金の持っている筈の未完成のWMPLが、何故外部に研究室を持ってるリミトの手元にあったのか。あれは白金が持っていたんじゃなく、リミトがどっかで設計図でも見つけたもんだったんじゃねーのか? 例えば、自宅のウォッチの私室。家を留守にしがちな機械音痴を名乗るおっさんの部屋を漁って、何かの記録媒体を隠し持ってたのを見つけりゃ、あの野郎は中身を気にする」
トキの問いかけに、ウォッチは苦い顔をした。
「あり得るな。お前と似たり寄ったりの悪ガキだ」
「流石父親、分かってるじゃねぇか」
トキは、気怠げな仕草でナイトテーブルの灰皿に灰を落とす。
「だから、白金の調査ついでに調べると、怪しい奴がいた。昔、白金の共同経営者だったとかいう長張トケイって名前の男が行方不明になってやがる。リミトから聞いたウォッチの名前もトケイだ。MPLの利権も本来はそいつと白金が半分ずつ持ってたモンらしい、ここまで来りゃアホでも分かるだろ」
トキは、目を細めてウォッチを見た。
「なぁ、ウォッチ。切羽詰まったリミトが頼れる人間なんてそう多くねぇよな。あの野郎は慇懃無礼の引きこもりだ。まして俺の手足をくっ付けた奴は、誰にクスリを預けたか知ってなきゃそもそも俺を助けられなかった。しかもバレないように隠したクスリの場所を見つけるなんてのは、俺がどんな風に隠すのかも知ってなきゃなんねー。そんな奴、一人しかいねぇだろ」
トキは手に持ったタバコの火を、ウォッチの方へ向けた。
「俺の相棒で、 何でも屋のイロハを俺に仕込んだ、リミトの親父。俺が目覚めた時に近くに居たのもソイツだ。上下関係のねぇチームだっつーんなら、お前もそろそろ腹の底を割れよ、ウォッチ」
ウォッチは、トキの言葉に溜息を吐いた。
諦めたように笑う彼は、見抜かれれば特に隠す気もないようで、いつもの顔で首を傾げる。
「頭の回るクソガキだ。あの時、そのままくたばらせとけば良かったかな?」
「大金持ちだった副社長が、何で戸籍の偽造なんて回りくどい真似をしてまでシケた何でも屋やってんだ?」
「飽きたのさ。賢いふりした金の亡者どもとの腹の探り合いにな。生意気なクソガキとバカやってる方が性に合ってる」
「はっ! いつまでもガキみてーなおっさんだと思ってたら、案の定だぜ」
「野郎なんてのはな、幾つになっても勝った負けたのガキばっかりだ。政治を見ろよ。口喧嘩が強いガキの集団だ」
ニヤッと笑い合った二人だが、ウォッチは表情を真面目なものに変える。
「白金が利権を独り占めする為に俺を殺したがってたのは知っていた。だから結婚も別に戸籍を作ってから籍を入れ、財産を隠して逆に姿をくらましてやったのさ」
「いつだ?」
「リミトが生まれて間もなく、だ。WMPLの開発が行き詰まったフリをして、準備万端、一人で旅行に出た。白金はすぐに食い付いたよ。後は手はず通りに行方不明さ」
ウォッチが煙草を口元に持って行くと、一瞬にして煙草が消えて、逆の手を口元に滑らすとその手に煙草が現れる。
いきなりの手品にミコトは驚くが、ウォッチはにやりと笑って煙を吐くと話を続けた。
「トケイが消えて、ウォッチが一人現れた。後はのんびり生きるつもりだったが、何の因果か復讐するハメになってる。……こんな事になると知ってれば、金にはならんがWMPLを完成させとくべきだった、と後悔してるところだ」
トキの手足を見るウォッチが何を考えているのか、ミコトには読めない。
しかしトキは、ウォッチの独白に肩を竦めるだけで責めもしなかった。
「で、開発者のおっさんに聞くが、コイツをクスリなしで維持できる方法とかあんのか?」
「今の所はない。そして一度移植したWMPLを改良する事は出来ん」
「そんな……」
ミコトは非情な答えに声を上げるが、ウォッチは厳しい表情で理由を説明する。
「WMPLには脳神経との繋がりがある。本来手足を動かす領域をWMPLの操作系として使用しているからだ。手足と同一のものと脳が認識しているものを外せばショック死の危険がある上に、術中に失血その他の理由での死亡もあり得る。そんなリスクを犯して完成するかも分からない改良型のWMPLと取り替えるくらいなら、適合の可能性に賭けてクスリを服用し続ける方がまだ望みがあるだろう」
「適合ねぇ。そっちだって望み薄だろ? 仮に適合した所で、そもそもWMPL自体の耐久年数はMPLより遥かに短い筈だ。植物の永続性質よりも性能を追求した代物だからな」
「そういう所だけは頭が回るな……WMPLは稼働実験そのものも中途半端だ。保つ可能性もない訳じゃない」
「期待しとくよ。で、おっさんはどうやって俺が吹き飛ばされた後、死ぬまでの間に間に合った?」
「お察しの通り、事前にリミトから連絡があった。自宅へ向かう途中で爆発を見た。そしてお前を連れてリミトの研究室へ向かった」
ウォッチは、一度出て行くとレコーダーを持って帰って来た。
「リミトの最後の留守電だ」
言いながら、ウォッチは再生ボタンを押した。
『親父。間に合って欲しい。もし、これを聞いてくれたなら、すぐに家に帰ってくれないか。きっとそこにトキがいる。俺はアイツに、WMPLを使えるようにするクスリを預けた。親父なら意味が分かるだろ? WMPLの本体は、俺の研究室にある。マニュアルをデータで送るから、後は宜しく。……出来たら、俺がいなくなってもトキを助けてやってほしい。あいつとーーー』
ウォッチは、レコーダーを止めた。
「向かった研究室でリミトは殺されていた。マニュアルに添付されていた研究室の構造図には、研究室から直接入れない地下の手術室が表示されていた。トキをそこで手術し、知り合いの医者を頼って秘密裏にトキを集中治療室に入れた。助かったのは奇跡的な確率だった」
誰も、そこから口を利かなかった。
煙草を吸い終えたトキは吸い殻を灰皿に押し付けて、ズルズルと体を倒した。
「そろそろ寝る」
「……ああ」
横になったトキにタオルケットを被せて、ミコトはウォッチと共に部屋を出た。
「トキは……」
「ん?」
リビングでコーヒーを入れながらミコトが口を開くと、ウォッチから返事があった。
「何で、あんな話をしたの?」
無理をしていたのは間違いがない。
熱が下がってから話をしても良かったのではないだろうか。
そういうミコトの疑問に、キッチンに立つミコトの背の後ろでウォッチが言った。
「君を、フェアな関係と認めたからだろう。俺とトキだけならあいつは話さなかっただろうな」
コーヒーを入れてテーブルに置くと、ウォッチは礼を言ってテーブルに腰を預けたまま口をつけた。
「旨いな。トキのとはまた違った味わいがある。……奴が復調したら、君の訓練を始めよう。厳しいが、音を上げない自信はあるかい?」
いつもの調子で片目を閉じるウォッチに、椅子に腰掛けたミコトは敢えて足を組み、背筋を反らした。
「当然よ。何年、白金の傍で耐えたと思ってるの? これからは美しさなんてものを武器にしなくて良いなら、体も鍛え放題だしね」
ミコトは、自分の秘密を明かしたウォッチと、それをミコトと共有しようとしてくれたトキの心意気に答えなければいけない、と自分の心に刻んでいた。
チームの一人だと改めて認めてくれた彼らを失望させるのは、プライドが許さない。
強がりでも虚勢でも何でも良い。
彼らのように在れたらと、ミコト自身がそう望んでいる。
そんなミコトに対して、ウォッチは微笑んだ。
「鍛えた事で、君が猛獣にならない事を願おう。その気の強さを鑑みるに、望み薄かも知れんが」
「あら。元々、男に媚びていたつもりはないわよ。本気の私と、駆け引きを試してみる?」
流し目をくれると、ウォッチは両手を上げて降参の意を示した。
「やめて置こう。骨の髄までしゃぶられそうだ」




