第4節:命の値段
「それで……?」
リミトとのやり取りに関する話を聞いたミコトは、首を曲げて直接トキの顔を見た。
「窮屈そうだな」
トキは腕をミコトの首から抜き、横に座り直したこちらを見ながら拘束された両手で器用にポケットを探るとタバコを二箱取り出した。
どっちも封を開けていない。
「そんなものばかり準備がいいのね」
「ストレスの種は少しでも減らさないとな。ここは火災報知器もないしよ」
トキはタバコに火を付けると、紫煙をくゆらせる。
「ほどほどにしてよ」
「そーだな。喉が乾くと水もあんまないしな」
「臭いが染み付いたら取れないからよ」
「お前も、充分ズレてるよ」
トキが喉を鳴らし、話を続けた。
「もう、俺に依頼した時点ではリミトはかなり切羽詰まってたんだろうな。バレねーようにクスリを隠してから奴の家に行ったら、次に目覚めた時はこの手足だ。控えめなのか何なのかしんねーけど、リミトの野郎め、現状は正確に説明しろっつーんだよ。とんだとばっちりだったぜ」
まるで喧嘩に巻き込まれた程度であるかのような、うんざりとしつつも本気ではない物言いに、ミコトは不謹慎だと思いながらも口元が緩む。
トキの口から語られると、どんな重い話もまるで笑い話であるかのように聞こえるから不思議だ。
実際には、そんなにリミトや自分の命が軽くなかったからこそ、白金を殺そうとしているんだろうに。
「私たちは自力で脱出は出来ないの?」
「難しいだろうな。こういう時は秘密道具でするりと脱出ってのがお約束だが、そこまで便利なもんはねぇ。まして手の内知られてる上に、相手がそこまでバカじゃねぇってのも問題だ」
トキは天窓を見上げてから、ミコトの耳元で囁いた。
「だが、ウォッチとの連絡手段はある」
「そうなの?」
驚くミコトに対して火を消したトキはトイレに吸い殻を流した。
「詰まるわよ」
「誰かが排水掃除に来たら、シバき倒して脱出しようぜ」
戻ってきたトキは、再び膝の間にミコトを座らせた。
「この姿勢なんとかならない?」
「残念ながら、会話が聞こえなくても口の動きを見られたくない話だ」
胸に当ててくるトキの手をつねるミコトに、楽しそうな彼は再び耳元で囁いた。
「今の通信はな、機器同士を繋ぐ情報テレポート技術を応用してるだろ。瞬間的に情報を伝達できるネットワークが発達したせいで、旧来の通信に関してはマニア以外は見向きもしねぇ。多分、ポータルの範囲外になるようにこの部屋も作られてる。そこに穴があるのさ」
「……妙な事だけは物知りね」
「機械に弱いおっさんが相棒だからな。メンドクセーけど覚えるしかなかったんだよ」
「で、それがどうしたの?」
「ポータルによる情報技術が発達してから民間の通信衛星はほぼ機能してねーが、それでも全く存在しないって訳じゃない。放置されてるだけで廃棄された訳じゃねーからな。そしてテレポート通信と違うのは、ポータルがなくても通信が可能な事だよ。機能してる衛星自体が減ってるから不便ではあるけどな。送信出来なかった情報はプールされて、発信可能な状況になれば相手の手元に届く」
「ネットのコミュニケーションツールみたいなもの? 誰かが書き込んだら、自分が読んでなくても情報はその場に残ってて、アクセスすれば見れる、みたいな?」
「そういう事だ。で、この腕には一つ、奴らが忘れてるか、使えないと思っているか、あるいは知らない機能がある。リミトが、クスリの摂取に対応させたマニュアルだけを読んでたら絶対に気付けない、衛星通信による情報の送受信機能だ」
ミコトは目を見開いた。
目の前の彼の腕に、それらしいものはないと思える。
「……通信が出来るの?」
「元が軍事目的の義肢だからな。インプラントなんざ今時流行らねーが、元が生身じゃなきゃ使い勝手は良いだろ。設計段階から組み込めるしな。このストップウォッチはパネル本来の使い方じゃない。本来は、メッセージや音声を送受信する為の画面だ」
ミコトは、改めて首に回されたトキの手を見た。
今は時間を刻んでいるそれが、それは情報を表示する為のパネルなのだと、今更ながらに気付く。
「おっさんにも機械で文字くらいは打てる。あいつが情報を送信した衛星が俺らの頭上を通過すると、プールされた情報が配信される。お互い一方的なメッセージだが、ウォッチの動きが俺らでも分かるってー寸法だ」
「……そのメッセージがいつ来るか、分からないのよね?」
「ところが、ウォッチは機械は苦手だが馬鹿じゃない。ヒューマン・コミュニケーションはお手の物だ。俺たちが仕事上、離れる時には一つの取り決めがある。あいてが不自由な状況だと理解した段階でお互いに第一報を送る手筈になってるんだ。利用している衛星の地球周回頻度は、ネットに転がってた。高度1000キロで約二時間……今、俺らが捕まってからそろそろ1時間半が過ぎた。どんだけ遅くても……」
「後、30分以内にウォッチのメッセージが届く……」
「そしてこちらからもメッセージが送れる。腕を引き寄せるフリをしながらパネルをダブルクリックだ」
ミコトは言われた通り、自分を抱きしめる腕を自分も抱きしめるフリをしながら、指先で腕の内側にある画面を素早く叩いた。
表示時間が画面の左上に縮小し、音声入力のアイコンが浮かび上がる。
「地下。範囲外。乗っておそらく半径30分の距離。タイムアップはコミコミ55時間。送信」
素早く言葉を繋げたトキのいう通りの文字列が画面に表示された後、文字がフェードアウトし通信待機のアイコンが浮かぶ。
ミコトが息を呑んで見つめる間に、不意にアイコンが消えて送受信の文字。
その後に浮かんだ文字列は、トキの言葉とは違うものだった。
文字列は二つ。
『呟きは理解。ストーカーにはなれず。プラチナへ向かう』
『ポンド・ウォッチング。プラチナを咥えてる。PABはママの返事待ち』
「何これ……?」
「暗号だよ。俺がエレベーターで呟いたのを聞いた。追えなかったから奴のところへ行く。そして池早と奴が合流した。プランはAにするかBにするか、俺らの返事待ちだとさ」
「プラン……?」
ミコトの言葉に、トキは凶悪な笑みを浮かべた。
「油断してる筈の『奴』を狙うか、こっちを先に助けに来るか、の二択だよ」
※※※
しばらくして、白金の入っていったビルを見張る位置に車を止めていたウォッチは、手元の通信機器でメッセージ受信して画面を開いた。
「地下にいて、ポータルから外れてる所……半径30分。民間ヘリは航空法で80キロ毎時。ヤバい荷物を運んでいたら引っかかる事はしないな。60から70とすると、外には出てない。ビルから30から35キロ半径……向かった方角から恐らく港湾区……」
ウォッチは、パッドを助手席から取り上げると、メイン画面の一番上にトキに置かせた地図ツールをタップし、しばしビルと交互に視線を移動しながら地図と睨めっこをした。
それからマダムに電話し、情報を貰う。
「ウォッチだよ。港湾区辺りのポータル配置と、奴の警備をしている連中で、移動しているチームの位置を教えて欲しいんだけど」
『あたしの専門は人の動きだっていつも言ってるだろ。人を便利屋みたいに使うんじゃないよ』
「マダムが一番信用出来るんだ。専門なんかないだろ? 単に一番好きなのが人の情報だってだけなのは知ってるよ」
でなければ、セイルテムの在庫なんか持っている訳がない。
表裏問わず、一番商品が豊富なのがマダムの所なのだ。
息子に任せている斡旋業も、その手広い業務のほんの一部に過ぎない。
『ふん。歳食って遠慮もなくなったみたいだね』
「普段は慎み深くしているさ。クソガキが捕まってちょっと焦ってるんだ」
『わざと掴ませといてよく言うよ』
「おや、クソガキの居所まで知ってる感じ? 最初っから聞いといたら良かったかな」
『少しでも金を安くしようって魂胆で、情報が狭まるのを待ってたんだろ? でも、流石に直接の居場所はあんたが連絡してくるまでは分からなかったよ。奴の周りはガードが堅い。動きを追うくらいしか出来ないし、懐刀が一人で動いたら完璧に追える奴はこの辺りにゃいない』
「たったこれだけの情報で予測がつくのはマダムくらいだよ」
『あんたもだろ。慎重に時間を掛けりゃ、あんたの頭だったら分かるはずだ』
ウォッチは微笑んだ。
今は手段を選んでいる場合ではない。
もしこの情報を買った事で、白金に自分の素性がバレても仕方がない。
現状は速さが命だ。
今、トキの命綱はミコトに託した『48時間』しかないのだ。
それに、チキンレースはウォッチの好みではなかった。
「あいにく、マダムの情報がなかったら現状では範囲くらいしか分からない。頼むから助けてくれよ」
『奴の不動産や資産の情報、警備の動き、ネットワーク管理情報。どれもこれも高いよ』
「俺にとっては、あの子の命もクソガキの命も安くなくてね」
『だったら大事にするこった。何で閉じ込めとかなかったんだい』
「子どものワガママを抑えるのは楽じゃないと痛感してるよ。それも、あのクソガキは苦労するのは年長者の役目だと思ってやがるみたいで、タチが悪い」
『育ての親に似たんだね』
「俺は誰かに苦労を掛けた覚えはないなぁ」
『ガキは皆そう言うのさ。あんたもまだ青いね』
「そりゃ、マダムに比べたらね」
マダムから、程なくパッドに情報が送信された。
『現金払いだ。後払いで良いから店に顔を出しな』
「クレジットだと借金を踏み倒すような男だと思ってたのかい? 傷つくなぁ」
『こんな事でもなきゃ顔を見せないだろう。媚びへつらうツラばっかり見てると飽きるんだ。こないだの跳ねっ返りは中々楽しかったよ』
「お眼鏡に叶って何よりだ。マダムも趣味が良いのか悪いのか」
『あたしの目はまだ狂っちゃいないよ。あの跳ねっ返りをきっちり助けたら代金は少しだけマケてやる。殺すにゃ惜しいしね。豆を見る目もある』
「承りましたよ、マダム」
『……奴に手を出すのは、まだ時期尚早じゃないかとあたしは思うけどね』
「心配してくれる? 優しいなぁマダムは。でも、今回ばかりは引けないね」
ウォッチは通信を終えて、マダムの情報を即座に頭に叩き込んだ。
詳細な情報だ。
トキ達がいる位置は簡単に割れた。
そして、白金の向かう先も。
「豪華な遊覧船で海上パーティーとはね。ミコトちゃんはそこに向かう途中でトキに攫われて、変わり果てた姿で見つかるって訳だ」
ウォッチは車を出した。
もう、行き先の分かった白金を張っている必要はない。
「自分が所有する遊覧船での接待パーティー。パーティーに出席する筈の娘が現れないが、用事は外せず時間通りに船は港を出る……」
トントン、と指先でハンドルに指で何かを描きながら、ウォッチは目的地へと走る。
「アリバイは万全だ。主催者は全員が注目する。陸からは完全な孤立状態。ほとんどを会場で過ごせば、証人は数十人。だから、港湾区に閉じ込める事を選んだ。不自然じゃない場所だ。実際はミコトちゃんの乗っていない車でも暴漢に襲わせる演出か、一度失敗した手は使わず別の手段を取るか……」
どちらにしても、結果は変わらない。
白金の誤算は、相手がトキだけではなく、池早が見逃したウォッチだと言う事だ。
それが命取りでもある。
仮に白金がウォッチがトキやミコトの近くにいる事を知っていれば、多少の危険を冒してでもウォッチ諸共に捕らえさせただろうに。
「種明かし、か。……出来ればしたくなかったがな」
苦い色を含んだウォッチのその呟きは、誰にも聞かれる事はなかった。




