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〝代替品〟と死人の少女。  作者: メアリー=ドゥ
第二話:48時間の監禁
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第3節:リミト

「ヘリは、トキ達にも予想外だったのよね? ウォッチはどう動くと思う?」

 経緯を思い返していたミコトは、ぽつりとトキに訊ねた。

 彼のストップウォッチと日差しで時間だけは分かる。

 そろそろ夕暮れに差しかかろうとしている今は、部屋の中は薄暗く、ここに来てからそろそろ30分が過ぎようとしていた。

 彼はミコトが渡したクスリをギリギリまで使う気がないようで、ミコトはそれも気がかりだった。

 しかし、トキは気楽な様子だ。

「さーな。だが少なくとも後9時間は池早の奴も来ないのが分かってる。あいつは割とすぐに白金の奴がいる所に戻るんじゃねーか? 俺らを見失ったウォッチは多分、白金を張る筈だ」

「そうね。あいつの警備計画を立ててるのは池早だし、あまり長くは側を離れないと思うけど……」

「俺の電話は電源が落ちてもGPSが機能する。破壊されたり捨てられてなきゃ、仮に白金のとこに奴が戻らなくても池早の場所は分かるだろうが……おっさんだしな」

「そんなに機械に弱いの?」

「まるでダメって訳じゃなさそうだが、苦手意識がすげーんだ。GPSくらいなら時間掛けりゃどうにかなるんじゃねーかとは思うけど」

 ミコトは、またストップウォッチを見ている自分に気付いた。

 時間が過ぎるのがひどく長く感じる。

 白金のところにいた時は忙しくて、ミコトはいつとも知れない目的の為に待つ事には慣れていなかった。

 それを察したのか、トキは黒い義肢でミコトの頭を撫でる。

「トキは、何でそんな風になったの?」

「あ?」

「手足」

「ああ、これか?  これは、リミトの野郎に貰ったもんだ」

 トキはヒラヒラと手を振る。

 不思議な手だ。

外見はどう見ても黒光りする機械なのに、触れる感触は柔らかく暖かい。

「ウォッチの息子さんよね」

「そう。そんで、俺のクスリを作ったのもあいつだよ。あいつは滅茶滅茶頭が良かった。性格は大人しくておばさんそっくりだったけど、頭の出来はウォッチに似たんだろうな。白金のところで働いてたんだよ。研究者としてな」

 白金のところで働いていたという話を聞いて、ミコトは戸惑った。

「白金の部下だったの? 何で……」

 何で殺されたのか。

 そう聞こうとして、ミコトは口をつぐんだ。

 あまりにもデリカシーのない質問だと思ったからだ。

「このクスリを奴のカネで作ったのに、成果を提供するのを拒否したからだよ」

 しかしトキは、ミコトの発しなかった言葉を察したらしく、腕の表面に映る彼の顔が皮肉げに笑った。

「池早が言ってなかったか? この手足は、兵隊の為の手足だ。俺みたいなまともな訓練を受けてない奴でも、爆破ん時みたいな動きが出来る。あれだけの身体能力を持つ兵士が大量にいたら、スゲェ軍事力だと思わねぇか? 例え一生クスリ漬けでもよ」

「でも……手足がなくならないと、付けれないんでしょ?」

「戦争はあっちこっちで起こってる。中には、カネも力もなくて良いようにやられる国もある。そういう国で切羽詰まった連中に、これを渡したらどうなる? テロリストだって構わねぇ。自爆特攻するような連中は、喜んで自分の手足と命の時間を犠牲にするさ。付ける技術さえあればな」

「……トキも?」

 ミコトの質問に、トキは首を横に振った。

「まさかだろ。俺は後ろ暗い事なんか何もねぇ一般市民だよ」

「在庫センター爆破しといてよく言うわね」

「先に喧嘩売って来たのはあっちだ。俺はな、白金の野郎に手足を吹き飛ばされたんだよ」

 トキは、別に何でもない事を話すように続ける。

「ウォッチが出て行って、実家に一人暮らししてるリミトん家に行ったら爆弾が仕掛けられてた。ドアを開けたらドカンだ。むしろ手足だけで済んだ上に生きてた事が奇跡みてーな感じだよ」

 トキの体には、最新医療で丁寧に治されていたものの所々に引き攣れたような痕があったのを思い出した。

 あれは、爆弾による火傷や負傷の痕だったのだ。

「リミトさんが、施術を……?」

「誰かに頼んだらしいな。ウォッチからの又聞きだが……俺が意識を取り戻した時、もう、リミトの野郎はくたばってた」

「聞かせてくれない? リミトさんの事」

「良いぜ。時間はたっぷりあるしな」

 そう言って、トキはリミトの事を話し始めた。


※※※


 ある日、トキが呼び出されて製薬会社からリミトに与えられた個人研究室兼用の事務所を訪ねると、リミトは男女の身長に合わせた幾種類もの義肢が順番通りに並べられた部屋へと、トキを案内した。

「こりゃなんだ? リミト」

 作業用の白衣を着た、大人しそうな顔をしたリミトは、落ち着いた雰囲気の青年だった。

 顔はウォッチに似ているが、トボけたような顔のウォッチと違い、目には深い知性が感じられる。

 声音も穏やかで、常に微笑みを絶やさない。

「あの人が開発していた次の義肢さ。作られたのはもう十何年も前になるのに、未だに実用化はされてない」

 義肢のホルダーに手を掛けて、リミトはトキを見た。

 彼は何かを話したい時、あえてトキに向かって問いかけて欲しそうな物言いをする。

 それを面倒臭いと感じたこともあったが、元々大人しい性格で、求められもしないのに自分の意見を語れないところがあるリミトなりのやり方なのだろう、といつしかトキは折り合いを付けていた。

「義肢は見りゃ分かる。これがどうした?」

「禁煙だよ、トキ」

 タバコを取り出そうとしたトキに、軽く嗜めるような調子で言うリミトに、トキは舌打ちしてタバコを仕舞った。

「ダルいとこに呼び出すんじゃねーよ」

「ゴメン。でも必要だと思ったんだ」

「何が」

「今からしてもらう事に対する説明が」

 リミトが義肢から離れて金庫から取り出したのは、固そうな素材のキャリーバッグだった。

 それが二つ。

「なんだそりゃ」

「クスリだよ。この義肢の為のね」

 リミトはキャリーバッグをトキの前に並べると、手で義肢を示した。

「この義肢は、常人以上の身体能力を人に与える義肢だった。両手か両足を同時に義肢にしないとほとんど無意味だけど」

 リミトの物言いに、トキは笑みを浮かべた。

「義肢ってーのは、そんなオモチャみてーにほいほい付け替えるもんじゃねーだろ。手足を切りおとせって言ってるようなーもんじゃねーか」

「そう。この手足は、MPLとは使用目的が違う。トキの言う通り、人体本来のものとすげ替える為の手足だ。適合する可能性も低い。レアメタル含有量が多いせいで、接合部位の壊死が起こる確率が高過ぎるからね」

「見た目通り危ねーもんか。誰が使うんだよ」

「勿論、使いたい人が使うんだよ。このWMPLは、おそらくはリスクを負ってでもこれを使いたい……そういう人間の為に作られた義肢なんだ。実際、リスクに見合うだけの性能を秘めたものでもある」

 その後、リミトの詳細な説明を受けて、トキは眉をしかめた。

 暴力的な目的以外の使用法がまるで見えなかったからだ。

「ロクなもんじゃねーな」

「確かに。でも僕は、これを使えるようにする為に、クスリを開発した」

「マジかよ……何でこんな物騒なもんに手ぇ出したんだ?」

「白金が興味を持つかと思ってね。一研究者が、通り一遍のものを作って奴が興味を持つとは思えなかったから」

 静かに語るリミトの横顔は、語る内容に反して穏やかなままだ。

「でも、失敗だった。軍事目的への転用が主目的だと奴は言った。渡せないよね、そんなの」

「って、気づいてなかったのかよ!」

 今話を聞いた内容だけで、子どもでも思いつくような話だろうに。

 そんなトキに、リミトは眉根を寄せた。

「ゴメン。だってさ、放置されてたコレを見て、僕は何かに使えないかと思っただけなんだ。何に使われるかまで考えてなかった」

 リミトの言葉に、トキは手で目を覆った。

 こいつには昔からこういう所がある。

 研究者気質とでもいうのか、目の前の事に夢中になり始めるとそれ以外が目に入らなくなるのだ。

「このバカが」

「だから謝ってるじゃない」

「俺に謝って済む問題か!」

 トキはリミトに吼えた。

 いつもいつも、ヘラヘラと無茶をするトキがリミトを振り回していると思われていたが、実際、事の始まりはリミトの好奇心だった事も数多い。

 今回も超特大のミスだ。

 トキに無茶しやがってと突っ込ませるのは、昔から今までリミトただ一人だけである。

「だから、奴に取られる前にこのクスリを隠して欲しい。これは最近発見されたセイルテムという触媒を使う新薬だ。トキには説明しても分からないだろうから大雑把に言うと」

「おい」

 馬鹿にさりげに馬鹿扱いされたトキが半眼で口を挟むが、リミトは涼しげな顔で無視した。

「このクスリの含有物質が、WMPLと人体の接合面を保護してくれる。ただ、消費される上に人体の中では生成されない物質だから、常に補給し続ける必要がある」

「スーパーヒーローになる代わりに一生クスリ漬けか。俺ならゴメンだな」

「そうだね。もう少しWMPL自体もクスリも改良する必要があるよ。でも、難しいかもしれない」

「何でだよ」

 トキの問い掛けに、リミトは義肢方へ目を向けた。

「WMPLは天才が作った。僕や他の連中の生半可な人体工学系の知識じゃ、同じように作れはしても基礎構造の改変まで出来ない。実際、レアメタル含有率を下げたものは同じ性能を発揮しなかったところか、MPLよりもオーバーウェイトになるだけで義肢としても使えないシロモノしか出来なかった」

 トキは義肢を睨みつけ、次にクスリが入っているというキャリーバッグに目を向けた。

「……そんなもん、クスリの改良だけでどうにかなるのか?」

「ならないかも知れない。だからもし、無理なら僕は研究を止めるよ。マウスを使った実験にも限界があるし、それこそ使う人が一生クスリ漬けになる物騒な代物だ。だから、隠すんだよ」

「捨てろよ」

「それは勿体無い。いつか完成するかも知れないし」

「完成させたらダメなんだろーが!」

「作るだけだよ。使わないなら良いじゃない」

「お前な……」

 こうなったらリミトは聞かない。

 隠すと言ってトキが捨てでもしたら、十年は恨み言を聞かされるだろう。

 トキは、がしがしと頭を掻いた。

「また厄介なことばっか押し付けやがって……白金はなんて言ってる?」

「この段階での研究資料を提出しろって言われてるんだ。なんとか拒否したいけど、無理かも知れない」

「リスク込みでカネ取るぜ?」

「僕の預金口座のクレジットカードでも渡しとこうか? 無駄遣いされると困るけど」

「冗談だよ」

 トキの言葉に、リミトは笑った。

「うん、でも渡しとくよ。もしかしたら、本当に必要経費がいるかも知れないし」

「どこまで運ばせる気だよ」

「外国とかかな」

「俺はこの国を愛してるから出る気はねーよ。言葉が通じるならどんな女もウェルカムだが、メンドクセーお勉強をする気はねぇからな」

「トキは変わらないね」

 そう言ってリミトはさらに笑い、キャリーバッグ二つに満載されたクスリをため息を吐いて見たトキは悪態をついた。

「お前な、俺今日二輪だぞ。荷物デカすぎんだよ」

「あれ、車で来てって言ったじゃん」

「こないだ事故られて潰れたんだよ。……まぁ、運べねー事もねーし、良いけどよ」


 これ以上厄介な事にならなきゃ良いが、というトキの願いは、虚しくも叶わなかった。

 

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