第2節:悪巧み
ミコトが思い出したのは、トキ達が在庫センターを襲撃するさらに前、トキが倉庫を爆破すると言い出した後の事だ。
「何で、倉庫を爆破するの……?」
ミコトは、いきなり物騒な事を口にしたトキに訊ねた。
「それ、絶対誰がやったかバレるでしょう?」
「バレるだろうな。でもそれでいい」
「どういう理由だ?」
ウォッチにも、トキの意図が掴めないようだ。
それだけ彼は突拍子もない事を言っているのだと、ミコトは思う。
「俺らの存在がバレるのは確かにヤバい。でも俺は最終的に、白金の奴に俺のクスリを作らせる必要がある」
「どうして?」
「言っただろ。クスリの製法は消えたんだ。それは、俺らにも作れないって事だ」
ミコトは息を飲んだ。
クスリはトキの生命線だ。
それが作れない、という事は、今あるクスリがなくなったらトキが死ぬのと同義である。
「クスリは……後どのくらいあるの?」
「さぁな。だが多くはねぇ。人の一生分は確実にない」
「でも、現物があるんだったら、成分を調べれば良いんじゃないの?」
「ミコトちゃん。どこで調べる? 余程のモグリでない限り、クスリの薬効が特許どころか栄誉賞を与えられるクラスの発明だと分かる。その情報を売られちまえば、遅かれ早かれ俺たちは白金に居所を掴まれる。自分たちでやろうにも、俺たちには設備もなければ知識もないんだ」
「それに、クスリを量産する可能性が一番高いのは、白金の奴だ。この手足を普及させるにはどうやったってクスリがいるからな。俺の手元には今まで、白金を殺すか、クスリの量産に手を貸すかという二択があった。だがタダでクスリの情報を教えて、奴が俺を生かしておく理由がなかった。今まではな」
トキがミコトを見たが、彼の言いたいことはいまいち良く分からなかった。
「……今はあるの?」
「ある」
ミコトの疑問に答えたのはウォッチだった。
「逆の発想だ。……違うか、トキ?」
「多分正解だよ」
トキの肯定にうなずいたウォッチが、ミコトに向き直る。
「良いかい、ミコトちゃん。君は奴の命を狙い、始末されかけていた。今更逆らわないからと命乞いをしたところで、生かしておいちゃくれない。トキも、自分で言った通りの理由で生かされる理由はない。だが、トキとミコトが揃えば、奴には二人を一時的に生かしておく理由が出来るんだ」
二人の話は暗号のようで、ミコトにはまるで理解出来なかった。
「分かるように説明して」
「いいとも。まずは根本的な白金の狙いについてだ。奴の狙いは、クスリを量産し、さらに企業を強大なものにする事だ。その為に邪魔な君たちを殺すのは目的じゃなく手段だ。奴が自分の目的の為に一番欲しいのは、トキが持つクスリの方さ」
それは、ミコトにも理解出来た。
白金は自信家で、頭も回る。
そして、自分が持っていないものを欲しがるようなところがあった。
一番大事な会社の利益になるクスリを白金が欲しがるのは納得出来る。
ウォッチは続けた。
「トキが、正確にはWMPLの手足を持つ男が生きている事を、奴は知っている。しかしトキの行方は知らないんだ。だからトキは、奴に狙われているが今は安全だと言える。このまま海外にでも行けば、奴からは逃げ切れるだろう。しかし、クスリがなければトキは死ぬ」
ミコトはうなずいた。
逃げるだけなら、トキは簡単なのだ。
居場所と正体がバレていない今、彼の危険は手足を晒して動かなければ遠いところにある。
「今度はミコトちゃんはどうか。君の行方はいずれ知れる。紛失等の理由で海外への交通手段を入手すれば白金の網に掛かり、密出国などの手段を取れば海外には出れるがマトモな生活を手に入れるのは難しいだろう。一人で身元の保証もないんじゃ、白金のところにいた方がマシな生活を送れていたような羽目になる可能性もある。死人である事を利用して、宗教施設に保護を求める気はあるかい?」
「そして今度は、人と違うこの体を崇め奉る連中の信仰の為に生きる訳? ゾッとする話だわ」
ミコトは否定した。
復讐と引き換えの不自由は自ら望んだ事だが、ただ生き長らえる為の不自由な生活など、死ぬより悪い。
「なら、この線はナシだ。で、逆に考える。今度は、クスリとカネが大事な白金の立場から見たらどうなのか、という事だ」
「まず、私たちは邪魔よね?」
「勿論それは揺るがない。しかし、奴にも奴で制限があるだろう?」
「……クスリの情報と、私との関係ね」
「そうだ。トキのクスリに関しては、クスリそのものを入手して解析するか、クスリの作り方を入手する方法の二つがある。後の方は既に潰されてるから、白金は独自に研究をしている」
「もう一つのクスリそのものは俺が持ってるが、奴にとっては不確定な話だ。こっちが持つクスリの総量が分からないからな。既に使いきって俺がくたばってる可能性も考慮に入れてるだろうから、あまり熱心に人手もカネも割けない。だが、もし俺が生きている事が確定したら?」
トキの問いかけに、ミコトは答えた。
今までの流れからすれば。
「白金は、トキを全力で追うわね。クスリを使いきる前に」
「そう、その上セイルテムの在庫がなくなりゃ、余計に血眼になる。それが爆破の理由だ」
ミコトはトキの言葉に、少し考えてから首を横に振った。
「でもそれじゃ答えになってないわよ。爆破すると、白金がクスリを作り出すのは遅れるかもしれないし、白金は血眼になるかもしれない。でも、何で追わせるの?」
クスリの在処を確定させて追わせるというのは、トキにとってリスクしかないように思える。
だがトキは、ミコトが疑問を覚えたことに満足したようだった。
「追わせる理由はな、お前と俺が揃ってるからだ。いいか? 奴にとっては俺らが揃った状況は、邪魔者を同時に始末した上でクスリまで入手出来るチャンスだ。もし一緒に居ると知りゃ、必ず自分が信頼できる部下を使って俺たちを追わせる」
「そして生かしておく理由も同時に出来る―――娘を殺した犯人と被害者として、だ」
ミコトの頭の中で、ようやく話が繋がった。
一時的に生かす、というのは、白金との繋がりを読ませない状況で、トキをミコト殺しの犯人に見せかける工作の間、という事だ。
その間に脱出し、逃げるのだ。
「トキと私を自分たちで始末してクスリを奪えば、白金にはリスクになる。でも同時に捕まえて、トキが私を殺したように偽装すれば、白金にとってはクスリも得られて一石三鳥……」
「俺たちがクスリを渡したい理由も不自然じゃなく隠せる。なんせ、捕まえられて奪われるんだからな。リスクは俺らもデカいが、その状況で生き残れば俺たちは今まで以上の奴の弱味になる。養女が拐われた、なんて言い訳も通用しなくなるしな」
「居場所が分かったのに殺そうとした、とすれば、言い訳は出来ないものね」
ウォッチが、さらに言葉を重ねた。
「実行者が奴の側近だったりなんかすれば最高だな。そいつを殺人の実行犯として警察に引き渡せば、俺たちは表に出ることなく奴にもダメージを与えられるし、実際に引き渡さなくとも証拠を残しておけば、それ自体を取引材料にこちらに手を出せなくする事も出来る。が」
ウォッチは、トキに目を向けた。
そこには策を認めながらも、まだ反対する色が宿っている。
「俺たちの問題は生き残れるかどうかと、トキのクスリだ。一個でもしくじれば奴に利を与えただけで終わる。そして上手くいったとしても、脅すタイミングが重要になる。クスリは量産ルートに乗せなけりゃならん。そこまでトキのクスリが保つかどうかがまず一つ。二つ目は、奴が約束を反故にした場合、それまで奴の手から逃げ切れるかどうか。そして……こちらの存在を知った白金を、俺たちが殺し切れるかどうか、だ」
「綱渡りね。ただ白金を殺すよりもよっぽど危ない上に、白金は殺せないかもしれない……」
でも、トキが助かる確率は上がる。
これはそういう話なのだ。
「上手くいきゃ破格の賭けだ。証拠とクスリの交換と同時にダミーとして海外への逃亡手段を用意させて、そこに奴を同席させる。奴をその場で殺せば俺は死ななくて済み、ミコトは狙われない。そしてウォッチは、リミトの野郎の復讐を遂げるってぇ寸法だ」
「リミト。それがウォッチの息子さんの名前なのね」
「言ってなかったかな? まぁ、男の名前なんてのは別に重要じゃないしな」
ウォッチの表情は険しいままだが、軽口は相変わらずだった。
「だがトキ。お前の考えには穴があるぞ。渡されるクスリが偽物だったらどうする気だ」
「その場で打ってみりゃ済むだろ」
「もし毒だったら?」
「その時はウォッチがあの野郎を殺せよ。得意だろ? どっちにしたって俺が奴を殺した後に生き残るにはそれしかねぇ」
「それこそ栄誉賞もののクスリだぞ。今までは奴に知られないように隠していたが、別のルートに流して量産させる手もある」
「で、白金の恨みを買うか? それに、あのクスリはこの手足がなきゃ割と無意味な代物だ。クスリとしての効能はセイルテム系内服薬と同じようなもんだしな。それに手足の作り方の権利は奴が持ってる。これしかねーんだって」
いつもと違い、トキの方が諭すようにウォッチに言う。
「今更ダダこねんなよ、おっさん」
「無鉄砲なクソガキめ。これだからお前の良い考えは嫌なんだ。クソガキのクセに頭だけは回りやがって」
吐き捨てるようなウォッチの言動の意味が、ミコトにはよく分からなかったが、結局、ウォッチはトキの考えに賛同した。
そして彼らは在庫センターを爆破し、トキとミコトは予定通りに、池早に捕まったのだった。




