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エレオノーレ(5)

推敲するより先に更新する早漏が私です

 治癒の苦痛で暴れるリンゼを必死に押さえながらアルフォンスは思った。

(死に掛けの癖にっ……なんて……!)

 がむしゃらに振り回される末端が溶け落ちた四肢には獣人の特徴たる鋭爪はなく、その代わりとして現在は骨肉を晒し、血を噴き零すだけの器官になっている。だが、その振り回す力が尋常ではない。

 全力で腕を押さえても、腕一本で持ち上げられて振り回され、投げ飛ばされるのだ。足を押さえれば天井まで蹴り上げられる。ヒビが入ったと思われるあばら骨は天井に蹴り上げられた時に恐らく折れた。息苦しさに咳き込めば血が込み上げて来る。肺を傷つけてしまったらしい。

 どうやっても自分では押さえられない。かといって放っておけば間違いなく狂い死にする。アルフォンスの目の前では激烈な苦痛から逃避しようとリンゼが頭を打ち付けていた。

 皮が破れ、額の薄い肉が露出している。僅かに骨の白も見える。あまり時間的な猶予はない。打ち付けるその動きにも制御がかかっていない。苦痛から逃げる為に安らかな死を求めているのだからかける筈もなかった。

 持ち込んだ傷薬を全て呷る。彼が持っている傷薬はエレオノーレの店にある薬の中でも最安値で、故に相応の効果しかない。治るかどうかは分からないが鎮痛を期待して全て流し込む。

 途端、傷を負った箇所が燃える様に熱くなり、尚且つ無遠慮に捏ね繰り回されているような痛みに襲われる。

 己が気付かぬところも負傷があったらしい。その痛みは全身を覆い、彼の精神と膝を屈させるには十分で、しかし屈しない。突き掛けた膝より先に手を突いて支えとし、足が大地を穿つように踏みしめて立つ。

 自身の力ではどうやっても押さえきれない。そう理解したアルフォンスは〝神術〟を行使する。

 アルフォンスは〝神術〟は今まで日常的なものしか使った事が無く、本格的に戦闘や抑制に使った事などはない。精々が子供の時の遊びか雨を凌ぐのに使った程度だ。

 加減が分からない。下手したら圧死しかねない。だがやるしかない。リンゼを救うためならば。

「風精様、地精様……力を貸してくれ……!」

 精霊は己を求める者の呼び掛けに応えた。





◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆




 岩塊が獲物を見つけた鳥の様な速度でエレオノーレ目指して殺到する。それらを冷静に見ながらエレオノーレは身体をねじ込んで回避出来る隙間を探した。

 しかし隙間らしい隙間はなかった。一箇所だけ避けられそうな空間が開いているが、それは罠であり、地面を泥状にして足を封じた後に岩塊で叩き潰す心算だろう。

 その手に乗ってもいいがその先のスライムの手とそれの対処が思いつかないのでエレオノーレは安全策を取ることにした。

 相手が予想しない行動を取る事による安全策。それは、力ずくで岩塊を無くし、回避のための隙間をこじ開ける事だ。

 右拳を手近な岩塊に叩き付ける。全力ではないため、砕けはしないがヒビを刻んで岩塊が吹き飛んでいく。

 次に出したのは左の膝だ。その動きも全力ではない。だが耐え切れずに岩塊が砕け、粗い散弾となってスライムに降り注ぐ。

 しかし直撃はしなかった。スライムが〝神術〟で土の防壁を作り出したためだ。散弾が土壁に当たり、めり込むが貫通には至らない。それらを横目で見ながらエレオノーレは左手の狩猟刀で岩塊の軌道を逸らし、顔面を叩き潰そうと迫っていた岩塊にぶち当てる。。

 元より殺意があった行動ではない。スライムの反応とその速度を見るためのものだ。今のを見る限り、普通の範疇で収まるようだ。

 狩猟刀の柄尻で岩塊を真下に叩き落し、隙間をこじ開けながらもスライムからは視線を外さない。〝神術〟は僅かな間でも致命傷となる一撃を放ってくる。見極めて回避せねば行動不能になるのはこちらである。

 岩塊を回避する為に身を回し、その勢いのまま右の肘打ちを入れて邪魔な岩塊を砕き、その奥にある岩塊に狩猟刀を握りこんだ左の拳を叩き込み、殴り飛ばせば回避の為の空間が開いた。

 飛び込む。一瞬遅れてエレオノーレが居た空間に岩塊同士が鈍い音を立てて衝突し、残った物はそのままエレオノーレに追い縋る。

 速度はそれなりにあり、少なくとも人が走って逃げられる速度ではない。だがエレオノーレはそれの追撃を振り切る事は容易だ。

 殺到する岩塊を加速の一歩目から振り切り疾走を開始する。

 この義賊を祭る部屋は盗賊の祠の中でも一番に間取りが広い。人が優に五十人は入りそうな空間だ。

 だがエレオノーレには狭すぎた。活性強化の状態では瞬きの間に端の壁から反対の壁へ移動する事が出来てしまうぐらいには狭い。

 エレオノーレの武器は膂力もそうだが一番の獲物は速度だ。軽い身のこなしと華奢な身体から生み出される活性強化を含めた速度は意識していてもあっという間に見失うものであり、更には追えていても反応する事が出来ない。そこから繰り出される岩をも砕く程の打撃力は必殺という他ない。

 壁に右足のつま先を掛ける。出す動きはかつての死地の中で習得したエレオノーレの体術の一つ。狭さゆえに自慢の速度を生かし切る足場がないなら周囲の全てを足場にする。それが垂直の岩壁でも。

 右のつま先に力を込めて真上に跳ぶように踏み出し、動く。左の足は大きく動かさず、僅かな凹凸の上に静かに載せ、踏み出す角度と向きを変えて横方向への動きに変える。

 左足で跳躍し、右足で壁を踏締め、加速。再び左足を前に出し、壁につけて加速すればそれは壁を伝う疾走となる。只の人間、エルフ、獣人ならば〝神術〟無しでは出来ないその動きをエレオノーレは純粋な体術だけで成していた。

 この部屋の形は釣鐘状だ。つまりそれは天井へ行くに従って頭が地を向くという事である。走破する事も出来ないわけではないが今は必要がない。

 壁を疾走しながら投げナイフを投擲する。狙いは勿論スライムの核だが、それの外側を削り取るような軌道だ。

 スライムの核は切り離して初めてまともなダメージを与えられる為だ。中心に投げたとしても余程の速度と質量がない限り通り抜けるだけで終わる。爆薬を爆発させた際のエレオノーレの投石も見てくれは凄いが、投げた石は小ぶりな拳大のものだ。そんな大きさの投石ならばダメージ自体はあまり大した事がない。

 投げナイフがスライムに迫り、スライムは再び〝神術〟で土壁を作って防ぐ。

 その土壁が消えぬ内に追って来ていた岩塊を踵を使い、スライム目掛けて蹴り飛ばす。

 土壁を生成する速度は試した。故に次に測るのは強度だ。

 打ち下ろす形のその蹴りから放たれた岩塊は少々無理がある体勢だった為、彼女の全力には程遠い。しかし直撃すれば大抵の生き物の命は危うい威力。

 それをスライムが土壁で受け止め、

「おや」

 切れない。土壁を突き崩し、土砂とさせながらスライムの核に当たる。

 しかし直撃しなかった為、致命傷には程遠い。再生が済んでいた部分を削り取り、再び五割の状態に戻しただけだ。

(土壁にあまり強度は無いようですね。爆薬を使わずに済みそうです)

 正直な話、爆薬をもう一度食らわせることが出来ればすぐに終わるだろう。だがリンゼとアルフォンスというお荷物がいれば話は別だ。エレオノーレは爆風で乱れ舞う石くれからは二人を守る事が出来るが爆圧から二人を守る事が出来ない。吹き飛ばされて頭を打ち付け、その中身が溢れる程に派手な割れ方をしてしまえば死返(まかるかえし)がないエレオノーレに打つ手は無い。

 爆薬は使わず、慎重に行く。気を抜けば爆薬に手が伸びそうになるがもはや攻略の糸口は掴んだ。

 今も昔も頼れるものは力押し。そう理解したエレオノーレは地に降り、スライムを見据える。

「さて」

 軽い調子で生み出された言葉の先にあるものは飛来する無数の岩塊だ。上下前面百八十度を囲むように展開されているそれは先ほど追われていた時より数が増えているが今はそれがエレオノーレにとって有利となる。

 大地にしっかり両足を降ろし、両拳を振って握る。深呼吸は必要ない。そんなに緊張する作業ではない。

 ただ、迫る岩塊をスライム目掛けて打てばいいのだから。

「だっ!!」

 エレオノーレの頭を粉々に砕かんと迫った岩塊を全力の右拳で殴り飛ばす。岩塊は一瞬も耐え切れずに砕け飛び、散弾にすらならぬ程に四散した。

 力が強すぎるらしい。エレオノーレは殴る時の手加減は両極端で、しようと思えば岩を砕く事はないが威力が乗らない。かといって手加減しなければ打ち砕いてしまう。あまり得意ではないがやる他無い。

 再び飛来した岩塊に返す右手の裏拳を叩きつける。僅かにヒビが入ったがそれはスライム目掛けて飛んで行き、土壁を貫いたが核に直撃はしなかった。

 掠りすらしていないそれは、殴り飛ばす際にある程度の方向を定める事は出来るが細かい制御が聞いていない証だ。当たれば必殺だが当てるまでが難しい。

「数こなしていきますか」

 左足に迫る岩塊を蹴り飛ばす。途中で蹴り出しから真っ二つに割れて土壁に当たりすらしない。殺到する岩塊に打撃を叩き込んで打ち返していく。

 踏み込み付きの左拳、連動させた右の後ろ回し蹴り、それに付随させた右のバックハンド、動きに追従するような左手の掌底打。今行っている動作を次の動作に繋げて最短で行動出来る様に動く。

 致命傷のは程遠いがスライムの核を削るものも幾つか出てきた。岩塊を殴るたびに変えている細かい修正が功を奏したようだ。直撃弾も間もなく出るだろう。

 ふと思えばリンゼの絶叫が聞こえなくなっている。視界の端に目をやればアルフォンスが血反吐を吐きながら荒い呼吸で大地に目を落とし、壁に寄りかかっている。

 自殺しようとする忘我の狂乱者を押さえるその苦労、疲労が伺える彼の先にはリンゼがいる。溶け落ちた四肢が再生しており、やや血の気が無いながらも穏やかな呼吸を繰り返して横たわっている。無事に生きている。エレオノーレは安堵した。

 死返を信用していない訳ではなかったが、何しろエレオノーレは初めて使うものだ。効果も先代から聞いただけ。先代の事は信用しているがそれでも不安はあった。もしかしたらそのまま死んでしまうのではないかと。

 だがそれは杞憂だったようで、エレオノーレはこの薬の製法と作る事、使う事を許してくれた先代に心の中で感謝を捧げた。

 憂いはなくなった。あとはエレオノーレがスライムを始末してしまえば全て終わりだ。そうなれば俄然殺る気が溢れ出るもので。

 エレオノーレのそれを感じ取ったのかスライムが新しい〝神術〟を見せる。それは今までの岩塊を生み出し、エレオノーレに叩きつけるものではなく、彼女の足元から土槍を生成して突き出すものだ。

 スライムが生み出した土槍は金属の槍が持つような鋭さはない。鉱物を先端に集めて強度と殺傷力を上げているような気配もない。それでも直撃すれば速度と質量から腹を突き破るには十分だ。

 だがエレオノーレはまるでそれを予期していたかの如く、右足を後方に振り上げていた。その動きは説明せずとも何かを蹴り飛ばす動きで、

「飛んでけーっ!」

 土槍が本来の目的を果たさぬまま半ばから蹴り砕かれ、スライムへ砲弾のように迫る。

 彼女が蹴ったのは土槍が蹴り砕かれるまでに形を成した半ばのところ。半ばを蹴ったため、殺傷力がある切っ先は当然無事で、それは上手い具合にスライムの方を向いており、更に先ほど打撃で飛ばした岩で土壁は削られ、貫かれ、砕かれて形を成しておらず、砲弾と化した土槍は十分な速度と質量があって、

「ばいばーい」

 核に直撃し、再生の余地が無いほどに四散させた。

戦闘終了です。

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