エレオノーレ(4)
もうちょっと投稿速度が速くなればと思う今日この頃。これぐらいの文章なら二時間あれば書けるのですがお仕事ェ・・
飛竜を吹き飛ばすと言うだけあってその爆薬は周囲にあるあらゆる物が宙に舞った。
それらは石くれであったり、義賊を祭る祭壇の一部であったり、ローパーの残骸であったり、スライムの身体であったりした。
石くれは音速を超える速度で周囲を跳ね回り、祭壇は爆風で削り取られ、強酸性のローパーとスライムの身体が周囲に豪雨のような勢いで四散する中、エレオノーレは爆風にも揺るがず立つ。
戦闘はまだ終わっていない。強酸を一挙に浴びてぼろぼろになったマントを外し、飛来する石くれを身体を傾けて避けていく。
音速を超えている無数の小さな石くれが生み出す風斬り音は、風圧で肌を震えさせ、鼓膜を揺るがす。視認すら不可能なそれらをエレオノーレは身体に当たるものだけを見極め、最小限の動きで確実に回避し、スライムだったものへと歩みを進める。
その折に横合いから光が漏れている事に気付く。アルフォンスが生み出している光だ。どうやらスライムが作った泥と岩石の壁も縛圧で崩してしまったらしい。光の直下にいる二人は無事なようだ。アルフォンスが頭から血を流しているがそれ以外は特に異常もない。
「エレオノーレ……さん?」
アルフォンスが呆然としたような顔と声で呟く。そういえば名前言ってませんでしたね、とエレオノーレは他人事のように思った。
「もうちょっとでこちらも終わります。――そちらも間もなくですね」
そう言いながらリンゼへと視線を下げる。爆風から庇われたのだろう、アルフォンスの胸に抱かれる彼女は新たに外傷を増やしているような事はなかったが僅かに震えている。
傷を治癒する事による痛みが生まれ始めているのだ。それは意識がなく、瀕死の彼女を奮わせる程に刺激があるもので、
「始まりますよ。〝神術〟でも何でも使ってしっかり押さえて下さい。こっちもすぐ終わらせます」
高く伸びる魂を磨耗させるようなリンゼの絶叫が始まった。苦痛から暴れ出すリンゼを抱えたアルフォンスの戸惑いから視線を外し、スライムの核の元へと歩み寄る。
それは清らかな湖を思わせるように透き通っており、かつ両手で持たなくては落としてしまいそうな程に大きく、重い水晶の球のようなものだった。
だがその左半分が鉄槌で打たれたかのように形を崩していて、内部から同じく透明な液体を零している。
(これでまだほっとけば再生するってんですから驚きですよねぇ)
人間で言うならば身体の前面を開かれて中身をかき回された状態に等しい。そんな状態ならば余程上等な傷薬がないと死んでしまうが、スライムはここから自己再生してみせるのだ。打たれ強さと回復力だけならば飛竜も凌駕すると言われるだけはある。
「ま、もう終わりですけどね」
スライムは核を七割失っても元に戻るが八割を失えば再生する可能性は一気に低くなり、九割を失うと再生は不可能とされている。そのまま崩れて死を待つだけの存在となる。
現在のスライムを構成する核は多くて六割。見た目を信じるならば五割ほどが崩れず残っており、再生可能な核の量を保っている。
エレオノーレは相手が死に掛けであろうと自らの力や持っている道具を惜しむ事はない。
左腰のポーチから凍結剤を取り出す。空気に触れると凍てつく冷気を発する薬だ。爆薬と同じように布とその上から蝋で封がされたそれはかつて修行時代に行ったっきりの北方で採れる珍しい花を使った物で、材料となる花の在庫も薬自体もあまりない。
やはりエレオノーレ以外使うものが居らず、不良在庫となっていたそれをスライムの核に振り掛け、凍らせて踏み砕く事でお終いにしようとした矢先、凍結剤を持った手の甲に衝撃と熱い感覚を得た。
それは何かが横合いからぶつかった事で得られる感覚で、その何かはそれなりの量があり、かつ液体であった。衝撃でエレオノーレの手から凍結剤が飛んで少し離れた所に氷の花を咲かせる。
季節外れの氷の花に僅かに贈れて赤の飛沫模様が加えられた時、エレオノーレは後ろに大きく跳躍して距離を取った。
その心中で思う事は一つ。
(油断した……!)
スライムの止めの代わりにエレオノーレが得たものは手の甲が強酸によって焼ける感覚と血が滴り落ちる音。何故距離を取ったという後悔。
ローパーは本能で動く。そこに自我というものは存在しないため、〝神術〟は使えない。だがスライムは見かけに反して自我がある。それらは強酸の身体に宿るものではなく、正に止めを刺そうとしていた核に宿るもの。死んでいないということは勿論意識があり、意識があるから意思が生まれ、意思を持って〝神術〟を発動させる事が出来るのであって、それは別にエレオノーレの都合なぞ関係なしに発動される。発動者の都合の良い方へと。
(飛び散った強酸を集めてぶつけたってとこですかね)
手の甲を見れば皮膚が焼けてその下の肉から血が溢れ出していた。昨今では受けていなかったその痛みに脂汗が滲み、眉根を寄せる。
(〝神術〟……全く忌々しい。昔はちゃんと気を配っていたんですが)
油断、鈍り、怠慢。他に自らに責があるものは色々あるが、年月が一番大きい。かつての地獄と思える修行時代を耐え抜き、先代から開放された時以来から武器を握っていなかったのだ。それに比例するように頭が鈍り、勘が鈍り、身体が鈍った。
『薬屋足る者常に鍛錬を忘れるべからず。お前が困難から持ち帰った物は必ず窮した誰かを救う』
かつて先代がエレオノーレに言った事だ。言い付けを破った結果がこうなりましたかとエレオノーレは自嘲した。普通の薬屋ではこんな家訓はないだろうが、かつての当主達と先代が特殊過ぎるのは拾われて暫く経った時に理解した。
〝命術〟の特徴であるエレオノーレの身体から漏れる白光の輝きが増す。それと同時に手の甲の傷が見る見るうちに塞がっていく。
〝命術〟の二つの特徴の内の一つ。高速治癒だ。受けた傷を癒し、傷一つ残さないほどに回復させる能力。己や他者の傷を回復させる治癒の〝神術〟という物がないこの世の中に置いて、エレオノーレの〝命術〟は自分限定という制約がありながら自己回復を可能とさせていた。
周囲に大人の頭ほどもありそうな岩の塊が浮かぶ。これもスライムの〝神術〟だ。その奥ではスライムが核の再生を始めていた。強酸の身体は核の再生が終わって初めて構築されるため、まだ時間的な猶予はある。
手を振って流れた血を払い、納めていた腰の二刀を抜いた。
「もう油断しませんよ。本気になりましたから」
命中箇所を叩き潰す勢いを持った岩塊がエレオノーレに殺到した。
戦闘終わるっていったけど次回も続きそうだよ! 嘘つきでごめんね! ごめんねぇ・・




