帰路
お待たせしました。
「ん……」
背中で眠り続けていたリンゼが覚醒する気配をエレオノーレは察知した。
「おはようございます」
まだ目は開けていない。まどろみの淵だ。未だに血の気が薄く、精神の磨耗による憔悴の色が消えぬその顔に、エレオノーレは安心させる様に込められる限りの慈愛を持って微笑むんだ。
「える……?」
「はい、エルです」
目を開き、ぼんやりとエレオノーレの顔を見て、この世には居ない者を見たかのように呆けているリンゼの頬を風精が笑いながら撫でた。その風に込められた匂いを意識せずに獣人の敏感な嗅覚で嗅ぎ、そこに青草や僅かに花の香りがある事に気付く。
「外……?」
まだ膜がかかっているかのように定まらないリンゼの瞳に飛び込んできた光景は、燦々と太陽が大地を照らし、足首ほどまである青草や野花が茂る草原だ。リンゼを背負ったエレオノーレが歩いているのは、その中に走っているヴァーレに繋がる幾つかの街道の内の一つのようだった。人の手が入っているのか、所々に点在する木々を除いて足首以上の丈を持つ植物は殆どない。
先ほどまで眠っていたせいか、日の光が目に刺さる。目を眇めるその様子を見たエレオノーレがリンゼの目を左手で覆い隠した。
「まだそこまで日は落ちていませんからね。おやつ時にも遠い」
光精に時間を聞けば、昼時を多少過ぎた頃である。今まで暗闇に居た者には昼日中の光は目に毒だ。
「えっと……」
「待って下さい。そこに木陰があります。そこで休みましょう」
視界を封じられているリンゼに確認の術はない。だが、僅かにひんやりした空気と、肌を温める日光の感覚が失われた事、まるで精緻な硝子細工を扱うかのようにゆっくりと降ろされていく中、リンゼはようやく目を開けることができた。
そこにいたのはエレオノーレと、見たことのない少年。容姿は平凡だが誠実そうな顔立ちと、眉に掛からない程度に下げられた柔らかそうな栗色の髪が見る者に安心感を与える。僅かに幼さが残る事からリンゼは霞み掛かった頭で年下だと判別する。
そんな緩やかな思考をしているリンゼの手首にエレオノーレは人差し指と中指を当て、次いで首に同じ指を当てて脈を計る。最後に胸に耳を当てて心臓の音を聞いた。
「まだ血が足りてないですね。体温も低い。増血剤も持ってくるべきでした」
淡々と己の身体を調べていくエレオノーレ目掛けてリンゼはあまり力の入らない手を伸ばした。
特に何かしたかったわけではない。敢えて言うなら人恋しかったというべきだろうか。冷えた身体に温もりが欲しい。そんな程度だ。
だが、伸ばす事で覚醒してから始めて見た自身の手を見て、リンゼは霞んだ思考から我に返った。
「ある……」
「え?」
リンゼは信じられない物を見るかの様に自身の腕を見た。――正確には、その先にある己の手指を。
「あたしの指が、手が、腕がある……」
それらは確かに焼かれ、溶け落ちたはずなのだ。光に焼かれ暗転する視界の中、揺れる意識の中で絶望と共に確かに、希望と共に確かに無くしてしまった己の腕がある事にリンゼはただ呆けた。
「足もありますよ」
言われ、今まで意識もしていなかった己の下半身に目をやれば、素足が彼女の目に入った。腕と同じ様に溶け落ちた筈の、生来の彼女の足が。
「なんで……?」
胸を見る。四肢と同じように溶けた筈の胸が、皮の胸当てと服も溶けて露わになった膨らみがマントと思わしき襤褸切れに包まれて、ある。
リンゼの負った傷は重傷だ。四肢全体ではないがそれぞれの関節より先と、もう少しで心臓が露出するほどの肉と骨を失った。それを元通りに治す薬はエレオノーレの薬屋でもリンゼは見たことがない。大体そんな薬とそれを造る腕の薬屋がいれば王宮に召し上げられている筈だ。
溶かされた事で負った傷は始末が悪い。単純に肉を失っただけならば再生は可能だが、手指でも四肢でも溶け落ちれば再生は不可能だ。
切断されたならば、その切断されたものと傷口を一片のズレなく押さえ、上等な傷薬を掛けるか飲むかで元通りに動く可能性は低いものの接合は可能ではある。
「まぁ秘伝のお薬のお陰ですかね。一応聞きますけどどこか痛いとか変な感じがするとかはありませんか?」
無い、とか細い声でリンゼが答えた。未だに信じられぬ様相で己の手指を眺めている。
「それはよかった。私もあの薬を人に使うのは始めてなんです。お師匠様から効果は聞いていたんですが少々不安でして。何か変な感じがしたらいつでも言って下さいね」
それと、と前置きしてエレオノーレはもう一人の命の恩人をリンゼに紹介する。
「こちらはアルフォンスさんです。リンゼを助けるのに協力して頂きました」
「大した事はしてないですけど」
「いえいえ、十分です。そちらも大丈夫ですか? 傷は塞がってるみたいですけど薬を大量に飲んでいたみたいですしふらついたりとかは」
「特には」
エレオノーレがそう聞いたのはアルフォンスの視線が定まっていないからだ。恐らく本人は気付いていないのだろうが、千鳥足ではないものの足元がおぼつかず、その目は何を映しているのかと思う程に揺れている。どうみても傷薬の飲みすぎによる薬酔いだ。傷薬の成分の中には昂ぶっていれば気付かない程には誘眠効果と酒酔いに似た酩酊効果もある。薬をがぶ飲みしたようだから恐らく眠気も相当にあるだろう。それが緊張から開放された今になって来たようだ。
幸いと言うべきかその成分によって得られる眠りは浅く短い。日が落ちるぎりぎりまでは睡眠を含めた小休憩を取ってもいいかもしれない。そう判断したエレオノーレはアルフォンスに座る様に促しながらもリンゼを膝枕する。
そのまま一時間、二時間とゆっくりと時が流れていく。リンゼはエレオノーレの膝に大人しく頭を預けて再び寝入ったようだ。アルフォンスも座った瞬間に倒れてそのまま大の字で眠りについた。つい数時間前に冒険者になったばかりという彼に今日の体験は酷だっただろう。付いてきてくれる事、逃げ出さない事をいい事に無理難題を押し付けてしまった。落ち着いたらお礼をしようとエレオノーレは思う。
ぼんやりと空を見上げる。夕日が顔を出すには程遠いが昼時というには過ぎている、そんな時間。思い出したように腹の虫が鳴った。
動いたせいか、腹が減ってしまった。エレオノーレは少食で食事を摂る手間も惜しむ程の面倒臭がりだが減るものは減る。何か食料となる木の実、もしくは獲物でも取りに行きたいところだが、膝枕をしているため動けない。だから小鳥でも誘き寄せ、絞めて発火剤と燃料油で焼いて食おうかと思った時、膝の上から僅かに堪えたような笑い声が響いた。
「起きてたんですか」
「腹の虫が鳴くちょっと前にね」
二度寝しようと思った矢先に、とリンゼは笑いながら腰に下げているアイテムポーチを探った。
手に取り出した物は少々形が崩れているものの、人差し指を二本合わせた長さに指二本分の厚みがある携帯食料だ。全部で三本。紙で包装されたそれを全てエレオノーレに差し出す。
「はい。こんなのしかないけどどうぞ」
「ありがとうございます。でもリンゼはいいんですか?」
「お腹空いてないしね。これは命の恩人であるあんたが食べるべき。ま、知っての通り味の保障は出来ないけど」
受け取りながらエレオノーレはリンゼの顔色を見る。
僅かにだが血色が戻っている。それなりに回復はしたようだ。だからこそ栄養は摂取せねばならない。無い場所から四肢を再生させたのだ。それは本来血肉の糧となる栄養を全身から掻き集めて再生させたと言う事だ。再生に必要なものは栄養だけではなく魂も関わっているが、割合は栄養の方が大きい。
「私よりリンゼが食べるべきですね。――私はこれで」
そう言って一本を受け取り、半分に折る。半分を己の口の中に放り込み、もう半分はリンゼの口に突っ込んだ。
「初めて食べたんですが意外と美味しいですねこれ。ぱさぱさして口の中の水分なくなりますけど」
「まぁ粉を固めて作ってるらしいからね。水分取られるのはしょうがないかも。でもこれが美味しいって言う人は始めて見たかな」
「分けの分からない正体不明の野草や虫を食べるよりはマシですね」
いやぁ修行時代は地獄でしたと笑いながら言うエレオノーレを見てリンゼは僅かに血色が戻った顔を引きつらせた。
エレオノーレは木に寄りかかって目を閉じて休み、リンゼが膝枕されたまま携帯食料を食べる中、リンゼは囁くように言った。
「助けてくれて、ありがとね」
「友達ですから」
微笑み、目を瞑りながらもその視線は瞼越しにリンゼを確かに捉えている。なんだか母親に見られているようなむず痒い物を背筋に感じたリンゼはやや頬を赤らめながらも気になっていたことを聞く。
「あたしさ、あんたに抱き抱えられてあそこから出た事はおぼろげに覚えてるんだけどその後の事全く覚えて無くて……どうやってスライムから逃げられたの?」
どうやら自分が痛みから我を忘れ、自殺しようと狂乱したのは覚えていないらしい。無理もないかとエレオノーレは思う。エレオノーレが過去に傷薬で味わった事のある治癒の反動の痛みと言えば、火竜のブレスを受けてほぼ全身と言って良い程の火傷から回復した時だ。身体の皮膚や末端がほぼ炭クズに近い状態からエレオノーレは傷薬をがぶ飲みして助かったのだが、その時も意識はあったものの暴れまわる程に錯乱した。
その時の痛みは何とも筆舌に尽くしがたい。全身の皮を引ん剥かれて塩や香辛料を擦り込まれた方がまだマシとも思える程だ。勿論エレオノーレも自傷に走ったが、彼女は先代に押さえ付けられて事なきを得た。
「まぁ逃げる事も可能でしたけど、ローパーもスライムも殲滅しておきました。逃げ帰ってる最中に知らない誰かが襲われても寝覚めが悪いですし」
「――冗談でしょ?」
リンゼは何も知らない。覚えていないのだ。エレオノーレが万夫不当の戦士である事も、その外見から計れないほどに強大な力と豊富な戦闘経験を持つ事も。
エルフの女性で戦う術と言えば種族の特性による強力無比な〝神術〟か弓だ。〝神術〟は言わずもがな、弓も風精の加護とそれに後押しされた風の〝神術〟で風に乗せ、視認すら厳しい速度で盾や鎧を掻い潜って隙間から身体に突き立つ程の操作性を誇る。
だがエレオノーレは〝神術〟は使えない。その現場はリンゼも見た。〝命力〟を精霊がまるで無いもののように無視し、受け取らない光景だ。
故に〝神術〟が使えず、それに伴って技術と〝神術〟を合わせた強力な弓術も使えない。一般に知られている通りの身体能力、時には子供にすら速度や力で負けるエルフ女性が戦う術など何もないはずなのだ。
「まぁ私は少々訳ありでしてね」
これを見ててください、とエレオノーレは近くにあった拳大の石くれを拾った。丁度エレオノーレの掌に乗る大きさのものだ。五指を曲げて握りこめばひんやりとした自然の冷たさが伝わる。それをエレオノーレは、
「えい」
握り砕いた。
「――――」
リンゼが言葉を失う。槌を使って砕いたならまだ分かる。だが素手で、それも握って砕くなどどんな力自慢の種族でも出来ない。一部の魔物や魔獣ならば出来そうだが、人型種族では地の〝神術〟を使わない限り不可能な所業である。
「……あんた実は〝神術〟使えるとか……?」
「いいえ。別のものは使えますけどね」
まぁ今は使ってませんがと言って、続ける。
「私は八歳の頃に拾われて、お師匠様、あ、先代の事です。その人に連れられて九歳になる頃にはもう何か武器握って戦ってたんですが」
「――は?」
リンゼの二回目のぽかんとした表情を、エレオノーレは過去を思い出すように瞼を閉じていたので気付かない。
「〝神術〟も使えないですしその当時は一般的なエルフの女の子の身体しか持ってなかったんで、まぁ当然何度も獣、魔獣、魔物に殺されかけるわけです。終いには泣き言言って家出しようとしたんですが」
「いやあの」
何か突っ込まれる気配があったがエレオノーレはスルーした。
「家出る前に捕まってどろどろした紫色の物が入ってる大きな薬壷に叩き込まれたんです。お師匠様曰く、故郷に伝わる門外不出。お師匠様の一族しか作る事も持ち出す事も出来ないお薬で、効能は身体を頑丈にして古今無双の怪力や速度を得られるとか。要は身体能力増強剤ですね。リンゼを助けたお薬も、そのお師匠様が独自に開発した物です。そればっかりは私とお師匠様しか作れません」
「あんたの師匠何者!?」
声を荒げ、リンゼが突っ込んだ。エレオノーレは眉根を寄せて悩み、
「とても怖い天才薬師。とても強い戦士。とても凄い〝神術師〟。――とても優しい家族、ですかね」
「優しい、のか……?」
リンゼもエレオノーレと同じように眉根を寄せる。八歳の子供に戦わせる養い親。本人から聞かなければリンゼは義憤を覚えただろう。エレオノーレが何の恨みも浮かべず、苦笑にも似た笑みを表情に作っていなければ実際憤りの声の一つや二つ上げたかもしれない。
「まぁお師匠様は魔物ですが」
「魔物かよ! どうやってヴァーレに入った!」
ヴァーレに限らず、一部の無法地帯を除いて人の住む場所に魔物や魔獣を入れる事は厳禁だ。高位のそれらならば人の言葉を解し、意思を通わせる事も可能だが、簡単に人を殺せる力を持ったそれらを人の営みに関わらせる事は基本的に忌避されている。
「東方にいる鬼、という魔物らしいです。人との違いは頭の角しかありません。お師匠様の角は二本でしたけど、髪に沿う様に生えていて、角が細く、小さくて色が髪色と同じ黒だったのも幸いして髪に埋めてしまえばそうそうばれませんでした」
万が一のためにいつも帽子被ってましたけどね、と続け、
「そんな危険を冒してヴァーレに居た理由も、親しい仲だった先々代に頼まれて薬屋の主をしていただけみたいです。でも暇で暇でしょうがない。旅に出たいけど跡継ぎがいない。だけど子供も作る相手もいない。子供がいないなら拾えばいいじゃない、そんな流れで私が跡継ぎになりました」
「……なんだか凄い人、いや、魔物ってのは分かった。あんたの名前のイチトセはその先代の苗字?」
「ですね、一応養子の関係です」
「世界って凄いわぁ……」
それなりに世の中の事を知ったつもりのリンゼだったがやはりまだまだ経験が浅いと心の内で思う。好奇心の強い猫の獣人らしく、未知の世界に憧れて故郷を飛び出し、銀糸にまでなったがまだ知らない事は大量にある。例えば死の淵にいた己を救い出した薬。
「ねぇ、あたしを治した薬ってどういうのなの?」
リンゼのその質問に、エレオノーレは己に非が無いにも関わらず、まるで責められているかのように眉尻と耳を下げた。
「あぁ、申し訳ありませんが材料も製法もお教え出来ません。こればっかりは秘薬の域を超えていて私の代で終わらせるようにとお師匠様から言われています。痛みに耐えられる、と言う事が前提になりますけどやり方次第では不老不死にもなれますから」
「ふぅん……悪用でもされたら大変って事か。ていうかそれも痛いんだ? あたし全然痛かった記憶ないけど」
「あぁ、リンゼは一時的ですけど痛みで狂っていましたからね。自殺しようと頭打ち付けてましたよ。それをアルフォンスさんに止めて貰っていたんです」
狂っていた。そんな己が知らない事実を告げられてまたリンゼの息が止まる。
「お店で売っている物と痛くする原材料は違いますけどね。お店のはコロナ草っていう物で痛くなります。これは神経に作用する物で、やり方や成分の抽出法にもよりますけど基本的には痛覚を刺激します。痛くする理由はヴァーレにいるからには知っていると思いますので省きますね。これは家に伝わる家訓、要約すると他の人と同じものを使いましょうと言う事と、私自身も自戒も込めて同じものを使っています。なので痛くない傷薬は私のお店にはありません。他所なら治癒効果は一段も二段も落ちますが痛くない薬もありますけどね」
一息置いて、
「リンゼに飲ませた薬、その材料の中で同じような効果を持つものがあります。増幅するのは痛みだけじゃないんですがきっとそのせいですね」
エレオノーレが思い浮かべるのはその材料を保有する獣。白く輝く体毛を持ち、その荘厳な外見から神聖獣として名高い一角獣だ。
その一切の穢れが無く、生命力に溢れた純白の角は、一角獣が天命で死したときだけ人の手に渡り、杖や腕輪に加工される。
〝神術〟を行使する時、精霊に〝命力〟を渡す際に角を使った装飾品を仲介とすれば何倍も、品質が良ければ何十倍にも〝命力〟が増幅される。人間でありながら村一つを簡単に消し去れる威力の〝神術〟を放つ事が出来る。
また、砕いて粉末状にして飲めば一時的ではあるものの、装飾品にした時を遥かに上回る増幅効果。それに加えて精神が高ぶり、神経系が強化される。鷹の様に遥か遠くまで見渡せる視覚。犬のように微細な匂いまで判別出来る嗅覚。ウサギの様に衣擦れすら逃がさない聴覚。口に近づけただけで揮発するものから毒物を簡単に見分ける事の出来る味覚。目に見えぬ虫が這う感覚すら分かる触覚。肉体強化の作用はないものの超人となる事が出来る。デメリットは不快な感覚、痛覚を筆頭としたものまで増幅してしまうこと、それは世にいる〝神術〟を主として戦う〝神術師〟や品質のいい薬の開発に勤しむ薬師の垂涎の品だ。
基本的に清らかな乙女。つまり処女を好む一角獣はエレオノーレからしてみれば只の処女好きの獣にしか感じられなかったため、一撃で殴り殺して角をへし折ってしまったのだが。
「――痛くない薬のレシピはないの?」
思考停止から復帰して最初に出した言葉はそれだった。何を言おうとかこれを聞きたいという思いがリンゼにはあったが、最初に口をついて出たのがこれであった。
「リンゼを助けた薬にはありません。でも普通の傷薬にはありますよ。ただ封印に近い扱いです。それに改良を加えた今のものと比べると治癒効果が下がっているのでこの先作る事は無いと思います」
「――寝る!」
唐突に、今までの流れを叩き切ってリンゼが声高らかに宣言した。
言いたい事はあれど、喉の奥で言葉が大量に詰まって呼吸すら出来なくなりそうだったのだ。ついでに獣人全体の気質で物事をあまり深く考えない事もあって僅かな時間に仕入れた、仕入れてしまったともいう情報の多さに考える事を拒否し、リンゼは睡眠に逃避する。
「はい、お休みなさい。日が暮れる前には起こしますね」
そう言った数分後にはリンゼは眠りについていた。やはり消耗が大きいのだろう。帰ったら栄養たっぷりの何かを食べさせて早々に睡眠を取らせなければならない。
目の前の街道を路面の凹凸に跳ねた馬車の車輪が不規則な打音を響かせて、速度緩やかに通っていく。その荷台から見た顔が見えた。
共に食事を取ったり宿を共にするほどの親しい仲ではないが、修行時代に何度か組んで戦った事のある者たちだ。
その中で一人がエレオノーレに気付き、笑って手を振った。どうやら覚えていたらしい。彼らの使う薬は己の店で補充されるものなのだから当然かとエレオノーレは思う。
一人が気付けば複数の者が気付く。それらが狭い馬車の中ならば全員が気付くのも当然であった。エレオノーレと共に戦った事のある者たちがそれぞれなりに挨拶を送った。
たまに目に入る、視界を害する程ではない眩い輝きは金糸のものだろうか。挨拶を送るものは銀糸と金糸だけで、銅玉はエレオノーレだという事は分かったがきょとんとしていた。
輝きは銀より金が多かった。冒険者ではないにせよ、エレオノーレが戦いの場から遠ざかっていたその年月で、彼らは銅玉から銀糸へと、または銀糸から金糸へと登り詰めたのだ。
それらを見て、考え、馬車が見えなくなるまで行った頃にエレオノーレは一つの思いを固めた。




