第9話 【拝謁】国賓として招かれる僕に宮廷魔導師長が「嫉妬の炎」を燃やす
「……で、これ。どうすればいいと思う? 」
ヨシトは、テーブルの上に置かれた重厚な羊皮紙を、まるでおぞましい物でも見るような目で見つめ、人差し指で突いた。
そこには、王家の紋章がこれ見よがしに刻印され、仰々しい文体で『修理師、サン・ヨシト・ルシフェールの王宮召喚』と記されている。
先日、ヨシトがゴールドバーグ商会の特別工房で『星天の鍵』を直した事実は、商会長ゼペットの手によって王宮へと報告されていた。
「どうすればいいも何も、行くしかないんじやない? ヨシト、貴方は分かっていないようだけれど、これはお願いではなくこの国の国王の命令なのよ」
「ここで断れば、明日の朝には不敬罪で手配書が回って、私たちは追われる身になるわね」
テーブルの端で優雅に毛繕いをしていたベルが、顔を上げて黄金色の瞳を細めた。
その声には、困り果てたヨシトを面白がっているような、不敵な響きが混じっている。
「僕はただの修理師だよ? お城なんて、今まで入ることすら出来ない場所だったのに……」
「王様の前で何を言えばいいのか分からないし、そもそも、またレオン達みたいなのとまた顔を合わせるなんて考えただけで胃が痛いよ」
ヨシトは力なく肩を落とし、ため息をついた。
彼にとっての幸せは、誰にも邪魔されず、壊れた道具たちの声を聞きながら、それを元の形に戻してやる静かな時間だけだ。
王宮の煌びやかさや、貴族たちの品定めするような視線は、彼が最も苦手とするものの象徴だった。
「安心しなさい。貴方はただ、いつも通り流れに身を任せていればいいのよ。一流の【リペア】の腕さえあれば、言葉なんて飾りでしかないわ、それに……」
ベルはそこで言葉を切り、しなやかな動作でヨシトの肩に飛び乗った。
「『ルシフェール』の名を持つ者が、いつまでもドブネズミのように隠れている必要はないのよ」
「貴方を捨てた者たちが、どんな顔をして貴方を見上げることになるか……想像しただけで楽しくて仕方がないわ」
「他人事だと思って……結局、ベルが楽しみたいだけじゃないか」
ヨシトが力なくこぼしたその時、部屋の扉がノックの音もなく、それでいて礼儀正しく開かれた。
現れたのは、普段より一層と豪華な衣装に身を包んだゼペット・ゴールドバーグだった。
その表情は、自信と野心に満ち溢れた笑みを湛えている。
「ヨシト殿、準備はいいかね? 国王陛下が君に拝謁を賜りたいと、今か今かとお待ちだ。国宝を修復した功労者として、直接、恩賞を取らせたいのだよ」
「ゼペットさん……その、なんと言うか、そんな大層な恩賞なんて、僕は別に……」
「ははは! 謙遜はいらない。君が成し遂げたのは、この国の歴史を動かしたに等しい偉業なんだ。君が望まなくとも、世界が君を放ってはおかないよ」
ゼペットの目は笑っていたが、その奥には商人の冷徹な計算と、それ以上にヨシトという至宝をこの王都で独占しようとする強い意志が透けて見えた。
『ルシフェール』の名を冠する者が王宮へ招かれる。それは、かつて歴史の影に追いやられた一族が、最強のカードとして表舞台に再臨することを意味していた。
「仕方ない……わかりました。ゼペットさんが一緒なら、行きますよ」
ヨシトは観念したように短く息を吐くと、ゼペットが用意させた、仕立てのいい清潔な職人服に袖を通した。
高価な生地だが、動きやすさを最優先したその服は、今のヨシトにとって唯一の鎧だった。
王宮へと向かう馬車は、一般の通行が禁じられた中央広場を堂々と横切っていく。
かつて勇者レオンの後ろで、重い荷物を背負い、泥にまみれて歩いていた時、たまたま通りかかった王城の門番から浴びせられた罵声や冷たい視線をヨシトは覚えていた。
だが今、馬車の窓から見える門番たちは、王家の紋章を掲げたその馬車に向かって、深々と頭を下げている。
その馬車が王宮の巨大な正門をくぐる様子を、バルコニーの高い位置から苦々しく見つめる影があった。
「クソ……あんな若造が、王宮へ招かれるだと? 我ら宮廷魔導師団が心血を注いでも解けなかった封印を、どこの馬の骨とも知れぬ修理師が直したなどと、陛下は本気で信じておいでなのか」
宮廷魔導師団の長が、手摺りを強く握りしめる。
ヨシトが「静かに暮らしたい」と願えば願うほど、彼の周囲では巨大な感情の渦が巻き起こり始めていた。
ヨシトは、自分の指先が、どれほど残酷なまでに世界を壊し、再定義してしまったのかを、まだ知らない。




