第10話 【玉座】魔法なんていりません「職人の力」で王家の椅子を再生
王宮の謁見の間。
天井まで続く巨大な扉が重々しい音を立てて開くと、そこには左右に居並ぶ貴族たちと、最奥の玉座に鎮座する国王の姿があった。
そしてその手前には、ヨシトを敵視する宮廷魔導師たちが、杖を構えて威圧的な列をなしている。
「こんにちは、……あ、あの……呼ばれてやって来ましたサン・ヨシト・ルシフェールです」
静寂を切り裂いたのは、ヨシトの緊張感に欠けた、あまりにも普段通りの挨拶だった。
周囲の貴族たちが「無礼な」「礼儀も知らんのか」と口々に眉をひそめる。
列の先頭にいた老齢の宮廷魔導師団長が、これ見よがしに鼻で笑い、王の前へと進み出た。
「陛下、やはりただの無知な若造にございます。
国宝『星天の鍵』を直したというのも、何らかの奇術……あるいは禁忌の道具を用いたに違いありません。陛下、騙されてはなりませぬぞ」
「禁忌の道具……? いえ、そんな大層なものは持っていません。ただ、あの鍵がひどく歪な形に摩耗して、悲しそうだったので錆を落として手入れをしただけです」
ヨシトが至極当然のことのように答えると、魔導師団長は顔を真っ赤にして声を荒らげた。
「道具が悲しそうだと! ? 貴様、この神聖な謁見の間で出任せを! ならば証明してみせよ!」
「この、過去の国王より伝わりながらも五百年前の戦火で焼け爛れ、今やただの朽ち木と化した『玉座』を! 貴様のその指先で直してみせろ! 」
彼が指し示したのは、国王が座っている椅子……ではなく、その部屋の隅に置かれた、ボロボロに朽ち果てた『大昔の国王の玉座』だった。
かつては国を統べる権威の象徴であったはずのそれは、今やあちこちが欠け、表面は煤け、木材は乾燥して今にも崩れ落ちそうな、無惨な姿を晒している。
ゼペットが何か言いかけようとしたが、それより早くベルがヨシトの耳元で囁いた。
「……ヨシト、やって上げなさい。【リペア】職人の仕事っていうのは、言葉で説明するもんじゃないでしょ? 」
ヨシトは、その朽ち果てた椅子へと近づいた。彼はもう、周囲の罵声も、団長の嘲笑も見ていなかった。
ただ、目の前の椅子が負っている『物理的な欠陥』の数々を、職人としての冷徹な眼差しで捉えていた。
(……表面の乾燥、接合部の剥離。それに、内部に残っているのは煤か。これじゃあ、座るどころか触れるだけで崩れるのも当たり前だ。……可哀想に、これ程の名品を、こんな状態で放置しておくなんて)
ヨシトの目には、玉座としての権威ではなく、ただあまりにも無残に壊れた一級の道具としての姿だけが映っていた。
彼は無言で、腰のポーチから使い古された磨き布と、小瓶に入った自作のオイルを取り出した。
「……【リペア】」
ヨシトの手が、カサカサに乾いた木材の表面に触れた。彼にとっては、単なる修理の始まりだった。
表面の煤を払い、油を差し、継ぎ目を叩いて噛み合わせる。職人としての、極めて日常的で、それでいて狂気じみた集中力がその指先に宿る。
その瞬間、謁見の間が凍りついた。
ヨシトが布で拭うたびに、煤けていた漆黒の木材は、まるで水を吸ったかのように瑞々しい光沢を取り戻していく。
剥がれかけていた彫刻は吸い寄せられるように元の場所へと噛み合い、脱落していた宝石は、彼が指で押し込むだけで、まるで最初からそこにあったかのように強固に固定された。
ヨシトが本来あるべき形を指先に込めるだけで、朽ち果てていた素材が、その尊厳を取り戻していくのだ。
磨き上げられた玉座から放たれる圧倒的な美しさが謁見の間を埋め尽くし、あまりの完成度に、野次を飛ばしていた貴族たちは言葉を失った。
「ば、馬鹿な……! ? 魔法で繕ったのではない……スキルのみで、これほどまでの輝きを……。素材そのものが、息を吹き返しているのか……! ? 」
魔導師団長が腰を抜かして叫ぶ中、ヨシトは眩しそうに目を細めながら、少しだけ満足そうに呟いた。
「……よし。これでようやく、椅子として使えるはずです。座り心地も、本来あるべき状態に戻しましたから」
静まり返る謁見の間。
跪いたのはヨシトではなく、彼の圧倒的な【リペア】の前に言葉を失った、王宮のすべての人々だった。
そして国王は、蘇った玉座の、吸い込まれるような黒い光沢に打たれたように、ゆっくりと立ち上がった。
かつて勇者パーティで役立たずと罵られ、泥にまみれて道具を直していた男が、たった数分の修理で、この国の誇りをみごとに繋ぎ直してしまったのだった。




