第8話 【拒絶】君は「剣に嫌われている」勇者からの修理依頼を叩き斬る
「……ねえ、ヨシト。あなたは、自分がどんな事をしたのか分かっているのかしら? 自分のおかした大事件を自覚できているの? 」
王都でも屈指の最高級宿舎の一室。
ベルが窓の外を眺めながら、呆れたように、けれど、どこか愉しげに尾を揺らしながらヨシトに話しかける。
ヨシトが誰にも修復不可能と言われた『星天の鍵』を修復して数日の時間が経過していた。
「え……? 大事件……? いや、僕はただ、錆びて動かなくなった鍵を【リペア】しただけだよ」
ヨシトは朝食の焼きたてパンをぼんやりと頬張りながら、心底不思議そうに首を傾げる。
彼にとって、それは道に落ちているゴミを拾う事や、詰まった排水溝を掃除するのと大差ない感覚だったのだ。
「それが凄いことだって言ってるのよ。……ほら、言い終わる前に噂を聞いてやって来た様よ。騒がしい連中がね」
その直後、ヨシトたちの部屋の扉が、ノックの音もなくドカドカと乱暴に跳ね開いた。
案の定、現れたのは、怒り狂って顔を真っ赤にした『勇者レオン』と、青ざめた表情の『魔導士ミア』である。
そして、その後ろで冷や汗を流しながら、必死に彼らを止めようとしている気の毒なゼペットの秘書たちだった。
「おい、ヨシト! ! お前、こんなところで何をしているんだ! 」
レオンのヒステリックな怒声が室内に響く。
彼の腰にある聖剣は、今や抜くことすら躊躇われるほど刀身が歪み、表面には不吉な亀裂が走っている。……つまりは、ボロボロだった。
「……あ、レオン。わざわざ会いに来てくれたの? 久しぶりだね、何か用かな?」
「ふざけるな! 今まで誰も修理できなかった国宝の『星天の鍵』が直ったと噂を聞いた。そして、それを直したのはゼペット会長の横にいた、お前だという情報もあるんだ!」
レオンは怒り心頭で、ヨシトの首根っこを掴まんばかりに激しく詰め寄った。
「その奇跡、本当はゼペット会長の秘蔵の魔道具によるものだろう? お前はただ、ぼんやりと横で鞄持ちをしていただけのはずだ」
「そうに決まっている! それならその道具を、今すぐオレの聖剣に使え! さもなくば、お前を詐欺野郎として衛兵に突き出してやるからな! 」
ヨシトはパンを飲み込んで、静かにレオンを見た。かつてなら、その剣幕に縮み上がっていただろう。だが、今の彼には分かる。
レオンの剣が放つ、悲しげな『悲鳴』が。
そして、それを無視して己の虚栄心を満たそうとする、この勇者と名乗る男の醜さが。
「……道具なんかは使っていないよ、レオン。『星天の鍵』は確かに僕が【リペア】で直したんだ。それに、君のその剣はもう、僕には直せない」
「なんだと……! ? 貴様、ヨシトのくせに生意気だ、オレ様に逆らうつもりか! ?」
「違うよ。その聖剣が、もう君に使ってほしくないって言ってるんだ。君が剣に感謝もせずに力任せに振るうたびに、この子は泣いてるんだ」
「……だから、僕の手は……【リペア】の力は、この子の心には届かないんだ」
ヨシトの言葉には、怒りも復讐心もなかった。
ただの「事実」を告げる職人の静謐さがあった。
「な……っ!」
「……さあ、あなた達の相手は時間の無駄よ。お帰りはコチラ、素敵なヘナチョコ勇者様」
肩の上で、ベルの黄金色の瞳が恐ろしい圧力を放ちながら怪しく光る。
その瞬間、レオンとミアは、目に見えない巨大な重圧に押し潰されるような恐怖を感じた。それは、ベルが放つ、圧倒的な謎の威圧感だった。
「……次はないわよ。ヨシトの時間は、貴方たちのようなガラクタの為にあるんじゃないの」
自分たちが何に敗北したのかも分からぬまま、震えながら部屋を後にする勇者たちを見送った後、ヨシトはまた、静かにパンの残りを口に運ぶのだった。




