第7話 【神技】修復不能な「伝説の国宝」を当然のように修理する
「……これ、ですか? ゼペットさんが僕に直してほしいっていうのは……な、なんなんですか? これ……」
ここは、王都にあるゴールドバーグ商会の総本部。
その最深部にある、幾重もの魔法障壁に守られた特別工房で、ヨシトは目の前の圧倒的な威圧感を放つ塊を見て首を傾げた。
そこには、形こそ鍵のようではあるが、全体を禍々しい赤錆と、何層もの強力な封印魔法の残滓に覆われている不思議な物体。
しかし、それは見た目には鉄屑にしか見えないという、なんとも不思議な代物だった。
「これは、かつてこの王都の初代国王が神から授かったと伝承されている『星天の鍵』だ。王宮の宝物庫を統べる唯一の鍵なのだが、500年前の王都の大戦での火災以来、あらゆる鑑定士や魔道士たちが修復不能と断じてきた伝説の遺物なのだよ」
ゼペットは、うっとりと宝物を見るような目でその鉄屑を見つめている。
「これを直すことができれば、現在閉ざされたままの王立魔導宝物庫へ続く王宮最深部の扉が開くんだ。中には王家の宝の数々、そして王家の門外不出の秘密が眠っていると言われているが……」
「どうだね、ヨハン・ルシフェールの息子、ヨシトよ。君の目には、この古代の遺物がどう映るかね?」
ヨシトは無言でその鉄屑に歩み寄った。
いつもなら、これほどのレベルの固着してしまった破損を見れば「無理だ」と諦めていただろう。
だが、今の彼の視界には、錆の隙間から漏れ出す凄まじい力、この鍵の本来あるべき姿の残像が、溢れ出るような脈動として見えていた。
「……ベル。これ、鍵が泣いてるよ。早く外側のガラクタをどかして本来の自分の力を解放してくれって」
「あら、私もなんだかこの鍵に見覚えがあるような? ? ……でもまあ良いわ。ヨシトには、この遺物の奥の声が聞こえるのね。それが一流職人の証よ、とてもいい傾向だわ」
ヨシトの肩で、ベルが黄金色の瞳を細める。
「ヨシト。これは単なる鉄屑じゃないわ。人々の『願い』という概念が幾重にも練り込まれた、とんでもないパワーの結晶体よ。普通の職人が叩けば跳ね返されるか、鍵自体が砕け散ってしまう。けれど、今の貴方なら……」
「うん、自信はないけどやってみるよ」
「蘇ってくれ……【リペア】ッ! ! 」
ヨシトが右手をかざした瞬間、工房の温度が上がり、周りの空気が一気に引き絞られた。
ヨシトの指先から、今までとは比較にならないほどの熱が止めどなく溢れ出し、錆びついた金属の奥底へと力強く潜り込んでいく。
《……個体識別を確認しています……。対象:王家の神話級遺物『星天の鍵』》
《存在定義の崩壊を確認。――因果律を遡り、構成物質の再定義を開始します》
真っ白な光が、その『鉄屑』だった物を包み込んだ。バキバキと、空間そのものが軋むような音が響く。
何層にも重なった呪いのような錆が、光の粒子となって剥がれ落ち、その下から眩い星の海を切り取ったような透明な蒼い輝きが眩しく溢れ出した。
「な……魔法の残滓を、全て直接自身の手で書き換えているのか……そんな物理法則を無視した事が人間に可能なのか! ? 」
言葉を失い、ゼペットが絶句する。かつて宮廷魔導師たちが総掛かりでも傷あと一つつかなかった時間の錆が、ヨシトの掌の上で雪解けのように消え去っていく。
光が収まった時、ヨシトの掌には、一分の曇りもない、神々しく脈動する『星天の鍵』が鎮座していた。
「……直った。これでまた、使えるはずです」
ヨシトはいつものように、少し照れくさそうに笑って鍵をゼペットに差し出した。本人は汚れを落として、欠けているところを繋ぎ直した程度の認識だ。
だが、その鍵が放つ圧力は、もはや一つの小国家に匹敵する魔力源となっていた。その瞬間、王都全土を微かな震動が襲った。
百年間閉ざされていた運命の扉の鍵が、ヨシトの指先一つで再び息を吹き返したのだ。




