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第4話 【戦慄】既存の魔法じゃない!?「伝説の商会長」が震える

「馬鹿な、これは普通の修復魔法などではない……? 素材そのものの『因果』自体を書き換えているとでも言うのか……? 」


 目の前で起きた圧倒的な奇跡を前に、老紳士ゼペット・ゴールドバーグは、絞り出すような声で呟き、ただ驚愕するしかなかった。


 悪路による摩擦熱で赤茶色に焼け、無残に歪んでしまっていた魔導合金の軸が、今は磨かれた鏡のように周囲の風景を映し込んでいる。


 ヨシトの……それは、ただ撫でただけ。


 詠唱も魔法陣も、魔力の残滓すら感じさせないそのスキルは、ゼペットがこれまで出会ってきたどの宮廷魔導師の業とも異質で、むしろ別の何かのようだった。


「全て直しておきました。……これで王都まで問題なく走れるはずです。金属の歪みも全部取っておいたので、前より乗り心地も良くなっていると思いますよ」


 【リペア】を終えた、ヨシトは手早くフードを深く被り直した。

 彼にとって、これは今夜の宿代を稼ぐための、ちょっとした仕事に過ぎなかったのだ。


「ふん、何をボー然と呆けているのかしら、この腑抜けたジジイは」


 ヨシトの肩の上で、黒い毛並みを誇る猫ベルが、あくびで伸びをしながら追い打ちをかける。


「その子はね、どんな物に対しても、本来あるべき以上の姿を呼び起こせる、世界で唯一無二の才能を持つ【リペア】の技術者なのよ。


 ……さあヨシト、お礼を貰ってさっさと行きましょうよ。私はすごくお腹が空いているの。今夜は食堂の泥水みたいじゃない、ちゃんとした黄金精霊のスープが飲みたいわ」


 ゼペットの目が更に驚愕し、見開かれる。

 猫が喋ったことに対してなのか、それともこの黒猫が放つ圧倒的なオーラに当てられたのか。


 大陸一の商会長として数多の修羅場を潜ってきた彼が、数秒間、完全に言葉を失った。


「待ちなさい! ……あ、いや、待ってくれ、君」


 お礼も貰わずに逃げるように立ち去ろうとするヨシトの背中に、ゼペットはなりふり構わず大きな声を張り上げた。

 普段の彼なら、見ず知らずの若者にこれほど必死に縋り付くことなど、万に一つも有り得ない。


 だが、長年のゼペットの商人としての直感が、全身の産毛を逆立たせて叫んでいたのだ。

 この若者を逃せば、一生の後悔どころか、この世界の至宝をドブに捨てることになると。


「礼を、相応の礼をさせてくれないか。……いや、まずは君の名前を教えてくれないか」


 ヨシトは足を止め、困ったように頭を掻いた。

 彼の目立ちたくない、静かに暮らしたいという本能がブレーキをかける。


 だが、肩の上でベルが、ヨシトを促す。


「名乗ってやりなさい、格好いいじゃない。それに、この金持ちジジイからは高く取れそうだしね」


 ヨシトは少しの沈黙の後、意を決してゆっくりと振り返った。


「……サン・ヨシト・ルシフェール。ただの、しがない修理師です」


「ルシフェール……だと? 」


 その瞬間、ゼペットの表情が驚愕から戦慄へと変わった。


 その名は、かつてこの国が畏怖し、そして同時に最高と称えた、『伝説の職人一族』の姓だった。

 王冠を作り、神殿の門を直し、歴史そのものを叩き上げ、王族すらも一目置く存在である一族。


 その最後の一人が、歴史の表舞台から消えて久しい。その禁忌に近い名前を持つ青年がここにいる。


「……そうか。イヴ・ヨハンの……あの天才と言われる男に息子がいたのか」


 ゼペットはあまりの衝撃に、その場に釘付けになっていた。

 彼がハッと我に返ったときには、ヨシトはすでにベルと共に街道の先へとスタスタと歩き出している。


「……あ、おい! 待ってくれ! 」


 ゼペットは慌てて馬車から飛び降りると、老体とは思えぬ足取りでその背中を追いかけ始めた。

 それは、ヨシトの新しい運命が、音を立てて回り始めた合図でもあった。

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