第32話 【天然】「頭の上に鳥の巣」天然ゴーレムに魔女と精霊は完敗
町並みを抜け、実家の工房を包む深い森へと足を踏み入れた一行は、木漏れ日が差し込む開けた河原で、束の間の休息を取ることにした。
ヨシトがポチの背中から重い荷物を降ろし、足に絡まった蔦を払ってやると、ポチは「ギギ……」と満足げな音を立てて、ドシンと腰を下ろした。
ただ自然の一部としてそこに佇むポチの姿は、ヨシトの『リペア』によって角が取れ、やはり周囲の風景に馴染んでいる。
ふと、一羽の小さな青い鳥が、どこからともなく飛んできた。
その鳥は警戒する様子もなく、ポチの岩の肩にちょこんと着地した。
それを合図にしたかのように、二羽、三羽と、森の鳥たちが次々と集まり、ポチの腕や頭を止まり木にして、穏やかな囀りを始める。
「……何よ、あのバカポチのアピール。あざといわね、絶対自分のこと可愛いと思ってやってるでしょ!」
ヨシトの膝の上で休んでいたベルが、片目を開けて忌々しそうに呟いた。
前日の『可愛い対決の敗北』が、尾を引いているのか、鳥たちに囲まれて聖者のような神々しさを放つポチが気に食わないらしい。
「まあ、そう言うなよ。ポチには殺気も何もないから、自然の動物たちには、ただの心地よい岩に見えるんだよ」
「ふん、私だってその気になれば、森の女王として動物たちに崇められるわよ。ヨシト、見てなさい! 」
ベルはヨシトの膝を蹴って立ち上がると、ポチから少し離れた切り株の上に移動し、これ以上なく優雅な姿勢で座り直した。
彼女は全身の魔力を極限まで抑え込み、作り笑いをして自称『慈愛に満ちた聖母』のようなオーラを放ち始める。
だが、現実は残酷だった。
ベルが瞳を閉じて鳥を待つたびに、パチッ……と彼女のイライラから漏れ出た【電撃魔法】の微細な火花が静電気となって毛先から飛び出す。
鳥たちはベルに近づこうとするどころか、その不穏な気配を察知して、一斉に羽ばたいて逃げていった。
「……どういうことよ! なんで逃げるのよ!」
「ベル殿、貴公は我が強すぎるのです。騎士たるもの、戦いの最中であっても呼吸を整え、万物と同化せねばなりません。鳥の一羽も止まらぬようでは、真の武は務まりませんぞ」
シルバーは大剣を傍らに置き、悠然と地面に座ると、瞑想のポーズを取った。
彼女の周囲には、澄み渡る剣気の静寂が広がる。しかし、その静寂はあまりに鋭すぎた。
鳥たちにとって、シルバーは静かな岩ではなく研ぎ澄まされた刃に見えたに違いない。
近くの枝に止まろうとした鳥が、シルバーの放つ威圧感に首を傾げ、即座に飛び去った。
「シルバー。キミも無理だよ。キミから出てるのは安らぎじゃなくて『殺気』だよ……」
ヨシトの指摘に、シルバーは「……おかしい。呼吸は完璧なはずなのですが」と、眉間に皺を寄せて考え込む。
それを見たベルが「あんたの方が鳥を追い散らしてるじゃない!」と噛みつき、二人はいつの間にか、どちらが先に鳥を止まらせるかという不毛な勝負に没頭し始める。
ベルは媚びるような優しい鳴き声を出し、シルバーは彫像のように硬直して身じろぎもしない。
だが、二人が争えば争うほど、鳥たちはポチの周りへと避難していく。
結局、一時間近く格闘した末に、ベルの肩に止まったのは一匹のカナブンだけであり、シルバーの頭には枯れ葉が虚しく落ちただけだった。
「……はぁ。もういいわ。鳥なんて、焼き鳥にする以外に価値はないもの」
「……同感です。野生の鳥に礼節を期待した私が愚かだった」
二人がすっかり意気消沈して、ポチの元へ戻った時のことだった。
「……ねぇ。二人とも、これを見てよ」
ヨシトが呆れたような、しかし感動したような声で、ポチを指差した。
二人が視線を向けた先には、信じられない光景があった。
ポチは相変わらず微動だにせず座っていたが、その岩の頭の窪みには、いつの間にか小枝や枯草が丁寧に編み込まれていた。
それだけではない。
二羽の小鳥が甲斐甲斐しく泥を運び、ポチの頭上で完璧な『鳥の巣』を完成させようとしていたのだ。
ポチは、自分の頭が鳥の巣になっていることなど全く気にする様子もなく、ただ鳥たちが作業しやすいように、絶妙な角度で頭を固定している。
「……巣……? 止まり木を通り越して、マイホームにされてるじゃない……」
ベルの声が震えていた。もはや、可愛さだのオーラだのというレベルではない。
ポチは自然界において、完全に『大地の一部』として信頼されていたのだ。
「レベルが違いすぎる……。ポチ殿、貴殿はもはや、我らとは違う次元に到達しているのか……」
シルバーは膝をつき、ポチの圧倒的な包容力に敗北を認めた。ヨシトは笑いを堪えながら、ポチの肩を叩いた。
「これ、実家に着くまで壊さないように歩かなきゃな。ポチ、頼むよ」
ポチは「トリサン……カワイイ」と短く、どこか誇らしげに関節を鳴らし、頭の上の小さな命を揺らさないよう、極めて慎重に立ち上がった。
その後ろを、プライドを粉々にされた魔女と騎士が、言葉もなく、とぼとぼと追いかけていくのだった。




