第31話 【猫難】ゴーレム可愛い「少女の一言」と伝説の魔女のプライド
王都を離れ街道沿いに点在する宿場町の一つに差し掛かった頃だった。
ヨシトは、背後から響く場違いな明るい声に足を止めることになった。
「……ねえ、お母様! 見て、あの黒猫ちゃん! すっごく可愛くて、お利口そうよ!」
駆け寄ってきたのは、母親の裾を握りしめた五歳ほどの少女だった。
彼女が指差しているのは、ヨシトの肩の上でこれ以上なく不遜な態度で座り込んでいるベルだ。
ベルの耳が不快そうにぴくりと動く。
だが、少女はそんな気配など露知らず、瞳を輝かせてベルを見つめていた。
「おにいさん、その猫ちゃん、私にちょうだい! 私、どうしてもこの子が欲しいの!」
ヨシトは引き攣った笑いを浮かべ、隣を歩くシルバーと視線を交わした。
少女の母親が慌てて追いかけてきて頭を下げているが、少女の熱意は収まる気配がない。
(……ヨシト。さっさと追い払いなさいよ。じゃないと、このガキを黒焦げにするわよ)
ベルがヨシトの耳元で、地獄の底から響くような低い声で囁いた。外見こそ愛らしい黒猫だが、その内側にあるのは魔女の恐怖そのものだ。
背中の毛が逆立ち、喉の奥からは猛獣のような唸り声が漏れかけている。
「……ねぇシルバー、聞こえたかい? 黒焦げにするって……ベルがめちゃくちゃ言ってるんだけど……」
「はい、聞こえました。……外見に騙されるのは世の常ですが、この子は命知らずにも程がある」
ヨシトとシルバーは、少女に聞こえないよう口元を隠し、コソコソと囁き合った。ベルは常に、プライドを傷つけられることを何よりも嫌うのだ。
「あの、お嬢ちゃん。この猫はちょっと……特殊というか、すごく気性が荒いんだ。この子を飼うのは凄く難しいと思うよ?」
「そんなことない! こんなにツヤツヤで、お目目も綺麗なんだもん。私が毎日美味しいミルクをあげて、一緒に寝てあげるの! ね、お願い! 抱っこさせて!」
少女の手がベルの頭に伸びようとした瞬間、ベルの額に青筋が浮かぶのが分かった。
彼女にとって『ネコ扱い』は屈辱の象徴だ。
今にも魔法が炸裂しそうな一触即発の空気。
ベルは極限まで抑えた声でヨシトに告げた。
(ヨシト。今すぐ何とかしなさい。さもないと、このガキごと、この町を更地にしてから実家に帰ることになるわよ)
「……わ、わかったから! 待て待て、ベル、落ち着けって!」
ヨシトは冷え切った汗を拭いながら、必死に話題を逸らそうと周囲を見回した。
その時、少女の視線が、ヨシトの背後に控えていた巨大な石の塊……ポチへと移った。
ポチは、先ほどから頭の上に小鳥を乗せて、感情など存在しない無機質な岩の顔でのっそりと体を揺らしていた。
だが、ヨシトの【リペア】によってツヤツヤとして、どこか丸みを帯びだしたそのフォルムは、不思議な愛嬌を醸し出していた。
「……あれ?」
少女の動きが止まった。
彼女は、ベルへと伸ばしかけていた手を引っ込め、ポチの足元へとトコトコと歩み寄る。
「……おっきい。おっきくて、なんだか……ぷにぷにしててきな粉餅みたいで美味しそう」
少女はポチの岩の手を、小さな手でそっと撫でた。
ポチは子供の動きに反応して、子供を気遣いながら両手で優しく握手した。
「わあ! この子、動くの!? お母様、見て! 黒猫ちゃんより、この岩のゴツゴツさんの方がずっと可愛い! 私、この子を飼いたい!」
……沈黙が流れた。
シルバーは堪えきれずに顔を背けて肩を震わせている。ヨシトもまた、笑いを堪えるのに必死で頬を引き攣らせていた。
「ぷっ……ベル。聞こえた? 黒猫より、岩のゴツゴツの方が可愛いってさ」
「……クッ……ハハハハ、確かにポチは主様が普段から【リペア】を怠らないので、可愛さではベル殿の完敗のようですね」
「なっ……ななな、何ですって! ?なによ、 このセンスの欠片もないガキが! 私を差し置いて、そのただの石ころを選ぶというの!? 冗談じゃないわよ! 誰がどう見たって、私の方が可愛いに決まっているでしょ!」
ベルはヨシトの肩の上で立ち上がり、少女に向かってこれでもかとポーズを連発した。
だが、少女の心はすでにポチに奪われていた。
「お母様、このゴツゴツさん、お庭に置いたらカッコいいよね! 抱っこは無理だけど、上に乗せてくれそう!」
ポチは少女の言葉に応えるように、器用に片膝をついて、少女が乗りやすいように背中を差し出した。
少女は大喜びで歓声を上げている。
「……ふん! 媚びを売るのが上手いわね、この石ころモンスターは! 勝手になさい! ミルクでも何でも、その岩に飲ませてやればいいわ!」
ベルは吐き捨てるように言うと、プイと横を向いてヨシトの胸ポケットの中に潜り込んでしまった。
「……ベルひょっとして、本気で怒ってるの?」
「うるさい! さっさと歩きなさいよ! あんなガキほっといて、あんたの実家にさっさと行くわよ! !」
ヨシトはポチの背中から少女を降ろし、母親に軽く会釈をして再び歩き出した。背後では、少女がいつまでも「バイバイ、ゴツゴツさーん!」とニコニコと手を振っている。
「……まあ、丸く収まって良かったじゃないか。ベルのプライドはボロボロだけどね」
「全くです。ポチ殿の意外な才能に救われましたね。……しかし主様、あのポチ殿の【リペア】、少し丁寧すぎなのではないですか」
ヨシトのポケットの中から、時折「……信じられない、最悪だわ」という忌々しそうな囁きが漏れてくる。
実家への道はまだ半ばだが、一行の結束は、皮肉にもベルの敗北によって少しだけ和らいだのだった。




