第30話 【揉事】「魔女と剣士の争い」で半壊した家を直すヨシト
「しばらくこの城で英気を養うが良い」という王の言葉で、ヨシトは数日間、王宮の贅沢な一室に閉じ込められていた。
大理石の床や豪華な寝具に囲まれる生活は、彼にとって直すべき場所のない完成されすぎた死物に囲まれているような居心地の悪さしかなかった。
自分が背負っている血の正体を知りたい。
森の奥で古びた工房を守り続けているはずの父親に問い質すために。
ヨシトは引き止める王の制止を強引に振り切り、城門へと向かった。
王は呆れ果てながらも、せめてもの餞別として大量の金貨が入った袋を軍資金として無理やり持たせた。
「……待っててくれ、父さん」
春の陽光の下で、ヨシトは大きく息を吐いた。
だが、再会への決意とは裏腹に、一行の歩みは驚くほど遅かった。
原因は、ポチのふらついた足取りだ。
ポチは目の前を舞うチョウチョに夢中になり、右へ左へと千鳥足でふらふらと歩き回っていた。
「遅いわよ、ポチ……チョウチョなんて追っかけないの! あんたのせいで私のティータイムが削られるのが分からないの?」
ヨシトの肩に乗ったベルが、苛立ちを隠そうともせずに尾を振った。
ベルは小刻みに跳ね、ポチの頭を肉球で叩きながら追い打ちをかける。
「さっさと歩きなさいよ。これ以上遅れて、日が暮れたら、あんたをバラバラにしてお花畑の土にしてやるから」
ポチが悲しげに「ギギ……」と関節を鳴らした瞬間、シルバーが足を止めた。
「……ベル殿言葉が過ぎる。ポチは純粋に自然を愛でているだけだ。それに彼は、ただの荷物持ちではない」
「あら、鉄くず精霊風情が私に意見するつもり?
ポチを仲間なんて思ってないわよ。素直でカワイイから置いておいてあげてるだけの、ちょっとおバカなゴーレムでしょ」
ベルがヨシトの肩から飛び降り、シルバーの目の前で着地した。
その体から青白い火花が散る。
「バカなゴーレム? 彼は主の願いに必死に応えようとしている。貴殿にはそれが分からないのか」
「分からないわね。役に立たないモンスターに価値はないわ。……私のやり方に文句があるなら、そのなまくらで私の魔法を切り裂いてみる?」
「……望むところだ。その貴公の思い上がった心を、我が剣で正してくれよう」
シルバーが抜剣し、刃から放たれた【斬撃一閃】の圧力が空気を裂く。
ベルも全身に膨大な【電撃魔法】を纏わせ、小さな体から凄まじい稲妻を放った。
「ちょ、二人とも、やめ……」
ヨシトの制止は、轟音にかき消された。
ベルの雷光とシルバーの真空の刃が激突し、爆発的な衝撃波が広がった。
二人は互いの攻撃を相殺したが、その余波は街道沿いに建っていた一軒の古びた民家へと直撃した。
凄まじい破壊音と共に民家の半分が崩落し、土煙の中から住人の老婆が飛び出し、近くの大木に寄りかかって腰を抜かして座り込んだ。
「……あ、ヤバ……」
「………不覚……」
ベルが魔法を解き、シルバーが剣を収める。
二人の顔に隠しようのない動揺が走った。
ヨシトは深くため息をつくと、無言で崩れた民家の前まで歩み寄った。
「人がいないみたいで良かったよ……本当に、君たちは……」
ヨシトは震える手を半壊した壁にかざした。
「……【リペア】」
瓦礫となった木片が時間を巻き戻すように宙を舞い、折れた柱は断面同士が吸い付くように結合した。
ヨシトのリペアは、元の状態にあった歪みや腐朽さえも取り除き、完成直後の理想的な姿へと元通りにしていく。
わずか数分。
そこには以前よりも頑丈で、美しく整えられた家が建っていた。
ヨシトは額の汗を拭い、険しい表情で二人を振り返った。
「ベル、シルバー。……僕は一族の真実を知るために実家へ帰る途中なんだよ。これ以上どうでもいい事でケンカするようなら、僕は一人で行くよ。ポチを連れてね」
「……ごめん、ヨシト。熱くなりすぎたわ」
「……面目ございません。反省いたします、主様」
「……行こう。二人ともこれ以上、僕の手を煩わせないでよね」
ヨシトはそれ以上責めず、荷物を整え直した。
ヨシトの背中を、二人はバツの悪そうな顔で追いかける。
家の持ち主の老婆は、庭先で洗濯物を干す手を止めたまま、口をぽかんと開けていた。
そして、何事もなかったかのように歩き去っていく一行の背中を、呆然と見送るのだった。




