第29話 【予言】真実を確かめるため、僕は実家の「父に会う」決意をする
地下遺構から持ち帰られた財宝の山は、王城の広間に眩いばかりの光を振りまいていた。
だが、その祝祭の喧騒から切り離された王の間には、何とも言えない気まずい沈黙が流れている。
王は上座に座り、並べられた家宝の一つである古びた燭台を指先で弾きながら、苦々しい表情を浮かべた。
「ヨシトよ……正直に言おう。あの遺構からこれだけの物が戻ってきたことは喜ばしい……だが、あそこにある魔女の部屋を見たのなら、この話もしておくべきであろう……私も王家の伝承としてしか知らぬ事ではあるのだが……」
王は大きなため息をついた。
ヨシトの膝元では、私はただの可愛い猫ですという顔をして丸まっているベルがあくびをしている。
「大魔女ルナ・ベルフェゴール。五百年前まで、この国の近くに住んでいたと伝えられている。数千年に及ぶ我が王家の長い歴史において、これほど扱いづらい女はいなかったと言う」
「強大な魔力を盾に、歴代の王を顎で使い、気に入らなければ城の庭園をすべて紫色の毒キノコに変えたこともあったらしい」
「大昔の王などは、彼女の機嫌を損ねて丸一日カエルの格好で政務を執らされたという。王族にとっては、まさに歩く恥部だ」
ベルの耳がぴくりと動いた。
王の話はさらに続く。
「だが、彼女は我が国の『困った隣人』でもあり、友でもあった。王家がいじめられ、散々な目に遭わされる一方で、国に危機が迫れば彼女はその圧倒的な魔力で外敵を塵に変えた」
「傲慢で、勝手で、しかし誰よりも頼りになる……。そんな、良くも悪くも不思議な共存関係が長らく続いていたのだよ」
「……まあ、五百年前に突然その姿を消してしまったらしいのだが……その理由について、正確な記録は残っておらぬ」
「ニャー」
ベルが、この上なく白々しい、猫なで声を上げた。
ヨシトはその鳴き声に込められた「後で覚えてなさいよ、このヒゲ面バカ王」という殺意を察知し、冷や汗を拭った。
だが、王の顔から苦笑が消えた。
急激に温度が下がったような冷徹な眼差しが、ヨシトに向けられる。
「……しかし、近年になって王家の記録から、興味深い記述が見つかった」
王は立ち上がり、壁に掛けられた一枚の古びた地図を見つめながら話し続けた。
「五百年前、この国に絶望を振りまいたのは、ルシフェール一族に恐ろしい異端者が生まれたことが原因だったらしい」
「本来、ルシフェールという一族は、我が王家に代々仕えてきた最高峰の修理士家系だった」
王はそこで一度、ヨシトを見た。
「ヨシトも知っての通り、その一族こそ、貴公の一族だ」
ヨシトは息を呑んだ。
「彼らは壊れた城壁を撫でるだけで元通りにし、折れた聖剣を全盛期よりも鋭く研ぎ澄ます。王家が最も信頼し、重用してきた一族だったのだ……だが、その中に、あまりにも異質な才能を持った者が現れた」
ヨシトは心臓が激しく脈打つのを感じた。
自分の一族が、かつては王に最も信頼されていた一族だった。
「その者は『【リペア】修理する』という行為の限界に満足しなくなった。治せるのであれば、世界を作り変えることもできるのではないか……その狂った発想が、彼を怪物に変えたのだ」
「彼は一族を裏切り、王都の一部を跡形もなく別の物質へと書き換え、理を歪めた。それが、ルシフェールの『【リペア】修理』から大きく逸脱した禁忌の力――『【リビルド】再建築』だ」
王の言葉が、ヨシトの脳裏に鋭く突き刺さる。
「王国軍は、その裏切り者を追った。そして、その戦いには魔女も関わっていたらしい」
「だが、当時の記録は失われている部分が多く、何が起きたのか、そのすべてを知る者はもういない……ただ一つ確かなのは、その戦いの後、魔女が姿を消したということだ」
「……その異端者さえ存在しなければ、彼女も消えることはなかったのかもしれぬ。何より、あの一件でルシフェールの名は恐れられ、一族が人目を避けて暮らすようなことにもならなかっただろう」
王の手は、微かに震えている。
「王家には家訓がある。『ルシフェールは、必ず再び現れる』と……奴は一度始めた【リビルド】を、決して諦めない。私はその再来に備え、魔導士や勇者を揃えてきた」
「だが、ヨシト。貴公も見たであろう。彼らのような平和ボケした魔法では、あの世界の理を書き換える力には立ち向かえん」
王の瞳には、縋るような期待が宿っていた。
「だからこそ、ヨシト。私利私欲に走らず、ただ物を治し、慈しむ……ルシフェール本来の、正統なる心を受け継ぐ貴公の技術こそが、いつか訪れる災厄を食い止める、唯一の鍵になるのだ」
ヨシトは、言葉を失った。
王が待ち望んでいるのは、世界を救うための修理士としての自分。
だが、王が最も恐れている裏切り者の影もまた、自分の血の繋がった一族なのだ。
足元では、ベルが冷めたような、しかしどこか見定めるような視線でヨシトを見上げていた。
「……ヨシト、しばらくこの城で英気を養うが良い。貴公の力、私が責任を持って守ろう」
王の期待は、呪縛となってヨシトに降り注ぐ。
自分が背負っている血の正体を知るために。
そして、王のその話を聞きながらヨシトは、森の奥で今も一人、古びた工房を守り続けている父親の顔を思い出していた……。




