第27話 【憤怒】宿敵の末裔だったのね!魔女の火炎魔法で「追い回される」
大魔女の部屋を出て地下遺構の出口へと続く長い回廊には、逃げ場のない緊張感が充満していた。
先頭を歩くベルの背中からは、先ほど日記を読み終えた時から更に一段と深い、怒りのオーラが立ち昇っている。
一歩一歩が重く、その周囲ではパチパチと小さな火花が、彼女の意思とは無関係に弾けては消えていた。
ヨシトはその背中を数歩後ろから見つめ、生唾を飲み込んだ。
先ほどベルが読み上げた日記の内容が、頭の中から離れずにいた。
そこに記されていた『ルシフェール』という名の男の、あまりにも身勝手で冷酷な振る舞い。
そして、その名が出た瞬間にベルが見せた、凍りつくような殺意。
ヨシトの脳裏に自分の名が嫌でも浮かび上がる。
それは、ありふれた名前ではない。
自分の家系が周囲から疎まれ、得体の知れない力を持つと畏れられてきた一族の名前。
それが、たった今ベルが読み上げた自分勝手に『世界を作り直そうとした男』の記録と、あまりにも残酷に一致していた。
「……ねえ、ベル」
ヨシトは、爆発寸前の火薬庫を扱うような、極めて慎重な声で呼びかけた。
「……何よ」
ベルは振り返らない。だが、その尻尾の先がぴくん、と鋭く跳ねた。
「あのさ……さっきの日記の話。ルシフェールって名前なんだけど……」
ヨシトは一度言葉を切り、ベルの横顔を恐る恐る覗き込んだ。
「当然……っていうか。やっぱり……大昔の僕の一族の誰か……なんだよね?」
ヨシトの声は、震えていた。
もしそうなら、自分はベルや人間達と戦い世界を破滅に導こうとした張本人の一族の末裔ということになる。
その申し訳なさと、あまりにも残酷な巡り合わせへの戸惑いが、彼の表情を曇らせた。
沈黙が流れた。
シルバーも、何かを察したように足を止め、二人の様子を固唾を飲んで見守っている。
「……当たり前でしょ」
ベルが、ようやく口を開いた。
その声は、驚くほど静かで、しかし芯まで冷え切っていた。
「その、何でも理屈抜きで直してしまう恐ろしい、世界の理すら書き換える傲慢なスキル。【リビルド】ってのも、なんかアンタの【リペア】にそっくりだし……。あんなのがアンタの一族以外に存在するわけないじゃない」
「やっぱり、そうか……ごめん、ベル。僕の一族が、君にそんな……」
「謝って済むと思ってんのぉぉーーーーっ!!!」
突然、ベルの怒りが爆発した。
彼女の全身から、凄まじい勢いで本物の火柱が吹き上がる。
「あんたがルシフェールだって知った時も、嫌な予感はしてたわよ! でも、あんたが私の宿敵の一族だったなんて……今の今まで、記憶が霞んでて結びついてなかったのよ!」
「わあああっ!? ベル、火が! 火が出てるよ!」
「あんたの顔を見てるとね、日記に書いてあったあいつの傲慢な顔を思い出すのよーー!」
ベルは激昂しながらヨシトに詰め寄る。習得したばかりの火炎魔法が、彼女の積年の恨みを燃料にして、手が付けられないほどの猛火へと変わっていく。
「同罪よ! あんたも同罪! あんたがどれだけいい奴だろうが、今は私の家来だろうが関係ないわ!」
「今日だけは……今日だけはあんたのその、呑気にすっとぼけたルシフェール特有のツラを焼き尽くさないと、私の気が済まないのよ! 」
「そんな、僕は何もしてないのに! 」
ヨシトは叫び声を上げながら、出口に向かって脱兎のごとく駆け出した。
「逃がさないわよぉ! おとなしくこんがり焼かれなさい!」
ベルの放つ火球が、ヨシトのすぐ後ろの石床を爆破する。
ヨシトは身を翻し、熱波から逃れようと必死で足を動かした。
「ベル殿! 落ち着いて下さい! 主様に責任は……流石に理不尽……熱っ! 熱い! 私の鎧が溶ける!」
仲裁に入ろうとしたシルバーも、ベルの猛火を浴びて慌てて飛び退く。
「五月蝿いわね、シルバー! あんたもそのルシフェールのクソガキに従っているなら同罪よ! まとめてこんがりグリルにしてあげるわ!」
「とばっちりだ! ? なぜ、私まで巻き添えなのですか!?」
シルバーも加わり、一行は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した帰還路を走り抜ける。ポチだけが、山のような国宝を背負ったまま、困ったように首を傾げていた。
「ゴシュジン……、オコ……ダ。ヨシト……コロサレル……カモ」
ポチの忠告を背に、ヨシトはただひたすら、火を吹く黒猫から逃げ回るしかなかった。
自分が宿敵の末裔であることを、最悪のタイミングで思い知らされたヨシト。
一行は地上への出口を目指し、文字通り命がけの鬼ごっこを繰り広げることとなった。




