第24話 【修復】自己再生するゴーレムは倒すのではなく「回路を直す」
電弧の消えた静かな通路をしばらく進むと、ヨシトたちの視界は、急に開けた。
そこはドーム状をした、石造りの巨大な空洞だった。
天井には、気の遠くなるような年月をかけて増殖したであろう燐光苔が群生し、淡く、それでいてどこか病的な青白い光を広場へと投げかけている。
広場の中央には、行く手を阻むように一体の石の巨像が立ちはだかっていた。
鈍く、しかし重厚な石と砂で出来た肌。
二メートルは越えているであろう、その巨躯は、ただそこに立っているだけで周囲の空気を圧迫している。
その向こう側には、さらに奥へと続く唯一の通路とその奥には石の扉が見えるが、巨像が動かない限り、一歩も先へは進めそうにない。
「……来るぞ。シルバー、構えて!」
ヨシトの鋭い叫びと同時に、沈黙を守っていた巨像の瞳に、不吉な紅い灯が灯った。
地響きを立てて巨像が動き出す。
シルバーは迷うことなく地を蹴った。
一瞬の閃光。
シルバーの愛剣が描いた鋭い軌跡は、巨像の胴体を袈裟斬りに切り裂いた。
だが、カタルシスは訪れない。
切断された断面から、魔力を含んだ砂が溢れ出し、磁石が吸い寄せられるように、一瞬で元の姿へと戻ってしまった。
「……何という再生能力。これでは、私の剣は意味をなさない」
シルバーが焦燥を滲ませ、再び剣を構える。だが、ヨシトは違った。
彼は恐怖に震えるどころか、むしろ食い入るように巨像の『断面』を凝視していた。
シルバーが切り裂いた瞬間の、ほんのわずかな隙間に見えた内部構造に職人の眼力が宿る。
「……違う。シルバー、ゴーレムは砂と岩のモンスターであり、同時にロボットでもあるんだ。これくらいの【自己修復】機能は持ってて当たり前なんだよ……問題はそこじゃない」
ヨシトの目には、巨像の外面など映っていない。見えているのは、断面の奥でカチカチと虚しく空回りし、摩耗し続けている小さな歯車だけだ。
「……あそこだ。管理回路が物理的に歪んで、防衛命令だけが無限ループしてる。本来なら案内役のはずのあの子は、自分が壊れていることさえ認識できずに、ただ侵入者を排除するという初期命令に振り回されているだけなんだ」
ヨシトは腰の道具鞄に手をかけた。
中にあるのは、なんの変哲もない、使い古された修理道具の数々だ。
「シルバー、三十秒だけでいい。あいつの両腕を封じてくれ。それだけでいい」
「正気ですか、主様! あの中に飛び込むというのですか!」
「壊れている物を見過ごすのは、僕の気持ちが許さないんだ……行くよ! 」
シルバーが咆哮と共に、巨像の豪腕を剣で受け流し、その体勢を崩す。
そのわずかな隙を、ヨシトは見逃さなかった。二メートルを超えるゴーレムの暴風の中へ、ヨシトは吸い込まれるように滑り込んだ。
巨大な胸部の隙間に、愛用のバールを突き立てる。
砂の体を強引にこじ開けたその先には、真っ赤に加熱し、悲鳴を上げている魔導回路がむき出しになっていた。
「可哀想に、ずっと苦しかったろ。待ってて、楽にしてあげるから」
ヨシトは灼熱の回路に躊躇なく手を伸ばした。
「今、助けてあげるからね……【リペア】!」
ヨシトの掌から、静かな青い光が溢れ出した。
その光は、暴力的だった巨像の魔力とは対照的に、慈しむように内部へと浸透していく。
歪んでいた歯車が、本来あるべき溝へと滑り込み、火花を散らしていた魔導線が、血管が繋がるように静かに結びついていく。
途端、世界から音が消えた。
ヨシトの鼻先数センチメートルまで迫っていた巨像の拳が、完璧な静止を見せた。
赤い瞳の光が和らぎ、代わりに深い琥珀色の輝きが宿る。
巨像の口部から、排熱のような砂煙と共に、無機質な音声が漏れた。
「……カイロ、正常化。……個体識別、カンリョウ。……ゴシュジンサマノ、知友ト、ニンシキ。……アンナイ、シマス」
巨像はゆっくりと立ち上がり、元の攻撃性が嘘のように静かな足取りで奥の通路へと向き直った。
「……あら、急にいい子ちゃんになったわね」
ベルが不思議そうに首を傾け、ヨシトは安堵の溜息をつき、煤けた手を服で拭う。
「どうやら、本来の機能を取り戻したみたいだ。僕たちを敵じゃないと判断してくれたんだね」
「主様の神の技術、もはや魔法やスキルを超えて芸術の域です……」
シルバーは感嘆の声を漏らし、鞘に剣を収めた。
だが、ヨシトはどこか胸の奥に違和感を感じていた。修復した際、あの回路の奥底に触れた瞬間、古い『優しさの記憶』のような感情が流れ込んできたような気がしたからだ。
巨像は振り返ることなく、淡々と深部へと歩みを進める。
その先に待つのは、王国の歴史から抹消された財宝が眠る宝物庫……そして、『ベルの過去』へと繋がる扉だった。




