第23話 【共鳴】魔法を電池に「協力プレイ」で電磁トラップを無力化
扉の向こう側に広がっていたのは、王宮の華やかさとは対極にある、静寂に包まれた巨大な空間だった。
壁面に埋め込まれた発光石が、一行の侵入を感知して微かに瞬き、青白い光が果てしなく続く下り階段を照らし出す。
「ベル……これ、何処まで先があるの? 下まで歩くのは相当な時間がかかりそうだね」
ヨシトが階段の先を覗き込み、気の遠くなるような深さに溜息をついた時、傍らにあった巨大な鉄の箱が目に留まった。
複雑な彫金が施されたそれは、かつての王族が使っていたであろう『魔導昇降エレベーター』だった。
「ベル、ちょうど良いものがあるよ。これで下まで降りられないのかな?」
「……たぶん、無理ね。完全に魔力の流れが途絶えているわ。長い間、誰も手入れをしていないんだからしょうがないわよ」
ベルが鼻を鳴らすが、ヨシトは既に昇降機の裏側にある制御盤の蓋を開けていた。
中には、蜘蛛の巣のように張り巡らされた銀の線が、経年劣化で黒ずみ、あちこちで断裂している。
「いや、回路自体は生きてるよ。ただ、この魔導線が切れてるだけだ。ベル、ちょっとこの蓋を押さえててくれる」
ヨシトは腰の道具袋から細いペンチと、予備の導線を取り出した。
彼は断裂した箇所の被膜を丁寧に剥き、新しい線と固く結びつけ、接点の汚れをヘラで削り落としていく。
それは、【リペア】とは無縁の、泥臭くも精密な単なる『修理』だった。
「よし……これで繋がったはずだ。ベル、すごく弱い電撃をこの端子に流してみてくれるかい? 」
「はあ? 私の魔法をそんな電池代わりにするなんて、良い度胸ね。かつての大魔女の記憶が泣いているわよ……」
ベルは不服そうに耳を伏せ、露骨に嫌そうな顔をして文句を並べる。
だが、ヨシトに「ベルの繊細な魔力コントロールじゃないと、この回路は焼き切れちゃうんだ。頼めるかな?」と真っ直ぐな瞳で見つめられると、彼女の尻尾がわずかに、誇らしげに揺れた。
「……ふん、まあ、大味なアンタじゃどうしようもないものね。仕方ないわね、見てなさい」
ベルが前足をかざすと、指先からパチリと青白い火花が飛んだ。
ヨシトが直した回路に電気が通った瞬間、死んでいた鉄の箱がガコン、と大きな音を立てて震え、滑らかに駆動音を響かせ始めた。
「動いた! 流石だよ、ありがとう大魔女ベル!」
「当然よ。アンタの修理が正確だったから、私の繊細な魔力が無駄にならずに済んだのよ」
少し得意げに胸を張るベルを乗せ、昇降機は一行を乗せて深淵へと降りていく。
だが、最下層に到着して扉が開いた瞬間、さらなる困難が待ち構えていた。
前方から響くのは、耳を裂くような激しい放電音と、青白い電弧が不規則に飛び交う異常な空間だった。
「……何、これ? 道が完全に塞がってるじゃない」
通路の壁一面に埋め込まれた魔導盤が暴走し、強力な磁場と電撃が壁一面を覆い尽くしている。
シルバーが剣を抜こうとするが、その手が磁力に引かれてわずかに揺れた。
「主様、近づかないでください。この空間、金属を持つ者を吸い寄せ、焼き尽くす罠となっています」
シルバーの言葉通り、不用意に近づけば一瞬で感電死するか、磁力で壁に叩きつけられる。
だが、ヨシトは目を細めて壁の魔導盤の動きを観察した。
「ベル、あれを見て。放電の周期が一定じゃない。右から三番目の魔導盤が歪んで、隣に干渉してるんだ。僕がハンマーで叩いて位置を戻すから、その瞬間にベルの電撃で逆向きの磁場を作ってくれないか?」
「……正気? 少しでもタイミングがズレれば、アンタが黒焦げになるわよ」
「ベルの魔法制御なら信じられるよ。君の腕なら絶対に外さないだろ?」
ヨシトの信頼に満ちた言葉に、ベルは「ったく、人使いが荒いんだから……」とぼやきながらも、黄金の瞳に鋭い集中を宿らせた。
「……今だ!」
ヨシトが絶縁体で覆われた特殊なハンマーで、歪んだ魔導盤の端を鋭く叩いた。
火花が散り、一瞬だけ放電が途切れる。
その刹那、ベルの指先から極細の電撃が放たれ、魔導盤の中枢へと突き刺さった。
バチリ、と一度だけ大きな音が鳴り、通路を覆っていた電弧が嘘のように消失した。
壁に吸い寄せられたシルバーの剣も、本来の重さを取り戻す。
「……ふう、流石だね。完璧だったよ、ベル」
「当たり前でしょ。アンタの無脳に付き合えるのは、世界中で私くらいなものなんだから」
ベルは鼻を高く鳴らし、満足げに喉を鳴らした。ヨシトはそんな相棒の頭を優しく撫で、ハンマーを腰に戻す。
一行の前には、今や静まり返った地下遺構のさらなる深部が、静かにその口を開けていた。




