第19話 【圧倒】「白銀の剣閃」が魔獣を解体、元通りに澄み渡った水
「……全く。 あんた、自分のスキルが【リペア】職人だってこと忘れてない? 案の定、クラーケンにも全然通用してなかったじゃない」
壁際で泥まみれになっているヨシトの横で、ベルが呆れ返ったように尻尾を振っている。
一方のヨシトはといえば、全身を紫色の粘液にまみれにして、愛用のスパナすら失って、ただただ肩で息をすることしかできない。
「わかってるよ……やっぱり無理だったよね ……いけると思ったんだけど……」
ヨシトが弱々しく答える。
その目の前では、自らの主が辱められたことへの静かな怒りを纏ったシルバーが、ゆっくりと湖面へと歩みを進めていた。
「……主様。少し激しい剣技を見せるかもしれません。目を閉じていらした方がよろしいかと」
シルバーの声は、驚くほど平坦だった。
だが、その背中から立ち上る凄まじい圧力は、周囲の空気を押し潰し、洞窟の壁にピキピキと亀裂を走らせるほどだ。
「グオォォォォォォォッ! ! 」
直前に自分を奇妙な術で刺激した小さな人間を叩き潰すべく、クラーケンが狂乱したように吼えた十数本の巨大な触手が、一本の巨大な槍のように束ねられ、音速を超えてシルバーへと突き出される。
それは岩盤をも容易に貫く、文字通りの必殺の一撃だった。
だが、シルバーは避けようともしなかった。彼女は、ただ一歩。
泥濘に満ちた湖面を、まるで鏡の上を歩くかのような優雅さで踏みしめた。
「崇高なる主様の新たなる挑戦を邪魔した罪、貴様のその邪悪な身で自ら購いなさい! 」
銀色の閃光が、洞窟内を真っ白に染め上げる。
巨大な触手が、そして汚泥を撒き散らしていたクラーケンの巨躯が、まるでスライスされた果実のように解体されていく。
シルバーが抜いた白銀の剣は、目にも留らぬ速さで空を斬り、その剣筋の軌道上にあったものすべてを塵へと変えていた。
「……凄っ。 やっぱりシルバーの剣の力ははとんでもないな……やっぱり、最初からお願いすればよかったよ」
ヨシトは口をポカンと半開きにして、その光景を眺めることしかできなかった。
自分が挑み、微塵も通用しなかった怪物が、シルバーが剣を振るうたびに、巨大な肉塊からただの霧へと変わっていく。
「……あんたの馬鹿で、命知らずで、無謀な挑戦とは大違いだわ」
「ごめん……返す言葉もないよ、ベル」
ヨシトがベルの言葉に力なく答える間に、決着はついていた。
シルバーが最後に鋭い一閃を横に薙ぐと、湖の中央に浮上していたクラーケンの本体である巨大な胴体が、一寸の狂いもなく真っ二つに両断された。
巨大なクラーケンは断末魔の叫びすら上げる余裕を与えられず、深淵の主は完全に消滅した。
すると、不思議なことが起こった。
「あ……見て、ベル。あのあたり一面の紫色のドロドロが消えていくよ……」
クラーケンが消えたことで、泉を埋め尽くしていた紫色の粘液が、まるで魔法が解けたかのように急速に透き通り始めたのだ。
岩肌にこびりついていた不浄な汚れも、不思議な速さで元の清らかな水に洗われて消えていく。
シルバーは静かに剣を鞘に納めると、何事もなかったかのようにヨシトの元へ戻ってきた。
「主様、水源の全ての不浄の原因は、断ちました。 ……これにて、地底湖の清掃は完了です」
シルバーに手を引かれ、ヨシトはどうにか立ち上がる。
目の前には、かつての輝きを取り戻し、こんこんと清らかな水を湧き出す『聖なる地底湖』が広がっていた。
「……よかった。 色々あったけど、これでようやく、ゼムの街に綺麗な水が戻るんだね」
ヨシトは泥を拭い、キラキラと輝く水源を見つめた。しかし、ヨシトの心の端に自分の力の不甲斐なさは消えない。
けれど、皆に守られ、守るべきものを守り切ったこの光景だけは、何物にも代えがたい報酬のように感じられるヨシトであった。




