第18話 【挫折】新技「リペアバースト?」非戦闘職の僕は、シルバー頼み
「……主様、この奥です。水を汚す、不浄な心臓の音が聞こえます」
シルバーの低い声と共に、重厚な石門がゆっくりと左右へ分かれた。
その先に広がっているは、本来ならば水晶のように透き通った水を湛えている地底湖はずのだった。
だが、今のそこにあるのは、腐敗臭を放ち、どろどろと不気味な紫色の粘液の海だ。
「……ひどいな。これは、あまりにもひどすぎる」
ヨシトは絶句した。湖の縁には、粘液が生き物のようにこびりつき、大地の濾過機能を物理的に目詰まりさせている。
「ヨシト、ここから先は死の領域よ。あのドロドロとした水に触れただけでもダメージになるわ!」
肩の上で、ベルが鋭い声を張り上げる。ヨシトはその警告を聞きながら、湖の中央に目を凝らした。
静まり返った湖面が、不自然に盛り上がっている。
粘液の層を突き破るようにして現れたのは、あまりに巨大な水棲怪物『クラーケン』だった。
「……いた、大きなクラーケンだ。 本来なら海に住んでる怪物だけどこんな所に住み着いているなんて……あいつが、この汚れの元凶のようだね」
ヌルリ、という嫌な音を立てて、水面から丸太のような太さの触手が何本も突き出される。
それがこの水源を占拠し、自らの毒液で塗り潰している正体だった。
「ねえ、ベル。 ちょっといい事を思いついたんだけど……ベルが魔法を使えるのを見て、僕も負けてられないと思ったんだよね」
「嫌な予感しかしないわね。何よ、こんな時に」
「最近、【リペア】の使い方が分かってきた気がするんだ。物の構造が視覚的に分かるっていうか……。 これ、逆に応用すれば、あいつの肉体の構造をちょっとバグらせて、弱らせる位はできるんじゃないかなって」
ヨシトは工具鞄から、使い込んだ大型のスパナを颯爽と引き抜いた。その目は、なぜか異常な自信に満ち溢れている。
「主様、危険です。お下がりください。あのような不浄なモンスターは、私が一瞬で……」
「待って、シルバー。……ここは、僕に試させてほしいんだ。 僕もいつまでも二人に頼っているだけじゃ、職人として成長できない気がするんだよね」
「ベル、シルバー……まあ見ててよ、名付けて【リペアバースト】だ! ! 」
ヨシトは、自分に気づいて触手を振り上げたクラーケンに向かって、果敢に突っ込んでいった。
バシャリ、という音と共に、巨大な触手が頭上から振り下ろされる。
ヨシトは必死に横へ飛び込み、泥まみれになりながらも立ち上がった。
「そこだッ!」
ヨシトは、触手の関節にあたりそうな、肉が盛り上がった部分にスパナを叩きつけた。
同時に、体内にある魔力を一点に集中させ、一気にスパナへ流し込む。銀色の光がパッと弾けた。
「……どうだ!」
ヨシトは期待に胸を膨らませて結果を待った。しかし、クラーケンの反応は、彼の想像とは絶望的にかけ離れていた。
触手は、ほんの一瞬だけピクリと止まった………だが、それだけだった。
次の瞬間、光に触れた部分からさらに濃い紫色のヘドロが「プシュッ」と、噴き出し、ヨシトの顔面を直撃した。
「……えっ」
「グオォォォ……?」
クラーケンは、苦しむというよりは、むしろ「何かされたか?」と不思議そうに巨大な眼を瞬かせている。
そして、自分の体をスパナで叩いた小さな人間を認識した瞬間、その巨躯が激しい怒りに震えた。
ベルが耐えきれずに叫ぶ。
「ちょっとヨシト! 【リペア】のそんな変な使い方で戦えるわけないでしょ!」
「アンタは直すことしかできないんだから、魔物を直したら元気になっちゃうでしょ! バカじゃないの!? あんた救いようのないバカなの!?」
「……う、うるさいなあ! でも、確かにさっきまでよりこの魔物、より元気になってるような……」
「あんたみたいな弱っちい理論家ほどタチが悪いものはないわね! 」
二人が罵倒し合っている間もクラーケンは待ってくれない。
激怒した魔獣は、十数本の触手を鞭のようにしならせ、一斉にヨシトへと叩きつけた。
「うわああっ! 」
ドォォォォン! と凄まじい衝撃音が響く。ヨシトはまともに防ぐこともできず、洞窟の壁際まで吹き飛ばされた。
「痛たたたた……。骨、折れてないよね、これ」
全身ドロドロの紫まみれ。スパナはどこかへ飛んでいき、作業着はボロボロだ。
ヨシトは、這々の体で立ち上がりながら、入り口で静かに待っていたシルバーへ、情けない視線を向けた。
「……シルバー。 ごめん、やっぱり……お願いします……」
待っていましたとばかりに、それまで彫像のように動かなかったシルバーが、銀色の瞳を鋭く細める。
「承知いたしました。……崇高なる主様の実験を邪魔したあの忌まわしき肉塊を塵一つ残さず消滅いたします」
シルバーがゆっくりと白銀の剣を抜く。
その瞬間、洞窟内の空気が一変したヨシトの間抜けな【リペアバースト】とは比較にならない圧倒的な本物の『力』の気配が空間を支配していく。




