第15話 【暴走】爆走するトロッコ、目的地は「断崖絶壁の上」の水源地
「カチッ! 」という硬質な音が、薄暗く静まり返った格納庫の中に響く。
ヨシトが、噛み合わせがズレていた 、真鍮の歯車を、本来のあるべき位置へと押し戻した音だ。
「上手く行ったみたいだ。これで、このトロッコは間違いなく動くはずだよ」
ヨシトがトロッコの中で満足げに額の油を拭った………その直後だった。
ドロリと澱んでいた車体各所の魔導回路が、目を開けるような鮮烈な青に染まる。
沈黙していたはずの鉄の巨体が、まるで深い眠りから叩き起こされた獣のように、芯から震え始めたのだ。
「……あらブルブル振るえてるけど、この子なんだか、ちょっと元気になりすぎじゃないのかしら? 」
ヨシトの肩に乗ったベルが耳をぴんと立てた瞬間、「シュゥゥゥッーーー! 」という凄まじい排気音が上がり、格納庫の重い扉が、太古の制御システムによって自動的に跳ね上がった。
「主様、危ない! 」
シルバーが叫び、トロッコの中で修理していたヨシトの背中に飛びつくようにトロッコへ飛び乗る。
その直後、ガツン! と腹に響くような衝撃と共に、三人を乗せたトロッコは爆発的な加速でレールの上を滑り出した。
「わああああっーーー! ? ま、待って、まだ試運転もしてないのに! 」
「ちょっとヨシト! 早く止めて! なに、これ、停止ボタンはどこにあるのよ! 」
ベルがヨシトの首元にしがみつき、慌てながら必死に叫ぶ。だが、ヨシトは猛烈な風圧に顔を歪めながら、操作盤を必死に指でなぞった。
「ダメだ! レバーが固着してるんじゃない…… トロッコのシステム自体がが『水源地へ行く』っていう太古の命令を、そのまま実行し始めちゃってるんだ! 【リペア】で完璧に直しすぎたせいで、プログラムまで全盛期のまま目覚めちゃったんだよ! 」
トロッコは轟音を響かせかせながら格納庫を飛び出し、商都ゼムの運河をまたぐ高架レールへと躍り出た。
眼下に広がるゼムの街並みが、凄まじい速度で後ろへ流れていく。
街の人々が驚愕して見上げる中、小さな黒猫と、白銀の髪をなびかせた少女、そして必死に身を低くする職人を乗せた鉄の塊は、そのまま垂直に近い角度でそびえ立つ北の連峰へと突き進んでいく。
「ふん、小賢しい。止まらないというなら、私がこの軌道ごと斬り伏せて……」
「シルバー、やめて! 走ってる最中にそんなことしたら、僕たちごと崖下に真っ逆さまだよ!」
ヨシトの必死の静止に、シルバーは渋々、抜きかけた剣を鞘に戻した、レールはもはや雲を突き抜け、切り立った断崖絶壁の縁を這うように続いている。
少しでも車輪が浮けば一巻の終わりという死の疾走。
だが、ヨシトの指先は、恐怖よりも先に『鉄の悲鳴』を感じ取っていた。
「……ベル、シルバー、しっかり掴まってて! 車輪の軸受けが熱を持ち始めている。この速度に耐えられるように、走りながら調整すしなきゃいけない!」
「この、とんでもない速さで走りながら【リペア】するつもりなの! ? アンタ、正気なの! ?」
ヨシトはトロッコから身を乗り出し、激しく火花を散らす車輪の連結部に手を伸ばした。
暴風の中で命綱もなしに、ただ自分が直した機械を壊れさせたくないという、職人としての狂気だけが彼を突き動かしていた。
「もうひと踏ん張りだよ……頑張ってくれ、お願いだ……【リペア】ッ! 」
ヨシトの手から銀色の熱が流れ込み、悲鳴を上げていた車輪が、一瞬で滑らかな回転を取り戻す。
トロッコはさらに速度を上げていく。そしてついには雲海を突破した。
視界が開けた先に見えたのは、山頂付近にポッカリと口を開けた、不気味な霧が漂う水源地への洞窟の入り口だった。
「……もうすぐ、着くぞ! みんな衝撃に備えるんだっ!」
ヨシトの叫びと共に、トロッコは最終目的地である水源地入り口の洞窟へのプラットホームへと突っ込んでいくのであった。




