第14話 【独壇】誰もが匙を投げた「太古のトロッコ」に命を宿す力
「……主様、やはりあのバルドルとか申す市長とやらは斬っておくべきでした。 貴方にあの程度しか頭を下げぬなど、偉大な主様の素晴らしさを理解していません」
「だから怖すぎるし、物騒だってば、シルバー。……それよりベル、さっきのバルドル市長の話は、本当なのかな?」
市長公邸の奥、厳重に封鎖された屈強な格納庫の前で、ヨシトたちは足を止めていた。
商都ゼムの存続を揺るがし噴水の故障の原因にもなった街の水源の汚染。
その原因を突き止めるには、険しい山脈の頂にある洞窟のさらにその奥にある水源へ向かうしかないらしい。
だが、水源の洞窟に至る唯一の道は、断崖絶壁に敷かれた太古の軌道のみだという。
「この街の命綱である水源が、原因不明の汚染を起こしてしまっているから、それを調べに行ってほしい。でも、水源に行くには、この鉄の塊を動かすしかない、ってわけね」
ベルが目の前の巨大な鉄の物体を仰ぎ見て、呆れかえったように鼻を鳴らす。
そこに鎮座していたのは、古代の匠によって200年前に造られたとされる『自動軌道車』……いわゆる太古の大型トロッコだった。
その無骨な黒鉄のボディは至る所が煤け、複雑怪奇な歯車やパイプが内臓のように剥き出しになっている。
普通の人間には、おいそれとは触ることができなそうな代物だ。
「ヨシト殿、頼む。 街の魔導師たちは皆、これを構造が理解不能な太古の物だと 匙を投げた。 ………だが、君のあの腕なら、この動かぬ遺物を再び走らせることができるのではないか?」
バルドル市長が、祈るような目でヨシトを見つめる。 ヨシトは返事も待たず、吸い寄せられるようにトロッコへ歩み寄った。
彼は素早く膝をつき、車体の下に潜り込んで、指先で冷たい鉄の感触を確かめる。
「……水源の汚染の原因は専門外の僕にはわからないけど、この子が動かない理由ならわかるよ。直すのに少し時間はかかるかもしれないけど」
ヨシトの瞳が、職人特有の鋭さを帯びる。
魔導師たちが魔法の不全を疑ったのに対し、ヨシトに見えていたのは、極めて単純で、かつ残酷な放置の痕跡だった。
「魔法が切れたんでも、何でもないよ。この子はただ、長年の埃が奥の潤滑油を固めて、一番大事な真鍮の歯車がほんの数ミリ、噛み合わせを外しているだけなんだ」
「直せるのね、ヨシト。 ……ふん、あんなに必死に頼み込まれたんだもの。 ここであの市長に恩を売っておけば、後でどんな請求書を 突きつけても文句は言われないわね」
ベルが野心たっぷりに笑う中、ヨシトは既に道具袋から使い古されたレンチと、特製の油を取り出していた。
「……うん。 こんなに素晴らしい造りの芸術品とも言える機械が、ただの整備不良で眠らされているなんて、 職人として放って置くわけにはいかないよ」
「主様、ご安心を。作業中に貴方を脅かす者がいれば、この私がすべて排除いたします。 貴方はただ、ご自身の望むままにその力を振るってくだされば良いのです」
シルバーがずっと立ち上がり白銀の髪をなびかせながら、トロッコの後ろで静かに剣気を放つ。
ヨシトの集中力は周囲の喧騒を遮断し、トロッコに乗り込み魔導回路の中に丁寧に手を伸ばす。
真っ黒な油が頬に飛んでも、彼は気にする様子も全くない。
「あった、あった……よし、ここのはずだ……。頼んだよ……【リペア】! 」
ヨシトの指先から、銀色の熱流がトロッコの心臓部へと流れ込む。 彼にとっては、ただ部品を磨き、正しい位置へ戻すだけの作業。
だが、その一瞬、ヨシトの右腕から溢れ出した修理への執」は、太古の鉄塊を芯から震わせた。
(……この不自然な沈黙を、終わらせる。それが、僕の仕事だ)
カチッ、という小さな、しかし決定的な音が静かな格納庫に響き渡った。
一人の職人と、一匹の猫、そして一振りの精霊。
商都を救うための足を直す、孤独で狂気的な整備が始まった。




