第12話 【新生】ゴミ捨場の古剣、研ぎ直したら「美少女精霊剣士」になりました
「……ねえベル、これを見てよ。なんだか、見ていて胸が痛くなるんだ」
王宮から飛び出し、追手の目を眩ませながら国境沿いの寂れた宿場町まで辿り着いた一人と一匹。
ヨシトは、街道の隅にあるゴミ捨て場に屈み込み、煤にまみれた一本の鉄の棒? を拾い上げていた。
それは、もはや剣の形すら留めていない。
中ほどから無残に曲がってしまっている、長年雨風にさらされて赤錆びた、『古剣の残骸』だった。
「ただのゴミよ、ヨシト。そんなものを拾ってどうするの。今はもっと、私たちのこれからを心配しなさいよ」
「あなたは、王様の名誉を蹴って逃げてきたのよ?指名手配されててもおかしくないんだから」
ベルが呆れたように尻尾を振るが、ヨシトの目は、職人の偏執的な光を宿したまま動かない。
「いや、この子はまだ死んでないよ。誰かに気づいてほしくて泣いているような気がするんだ」
「王宮の宝物庫にあった豪華などんな物よりも、この子には、もっと誠実な輝きを感じるんだ」
ヨシトは、泥を拭いながらその折れた断面をそっと撫でて無意識に、右手に力を込めた。
今の彼には、死にかけたベルを救ったあの時の熱が、自分の中に脈々と流れている感覚があった。
この理不尽な世界で、打ち捨てられたこの子の無念を、僕が繋ぎ止めたい。
「頼む、蘇ってくれ……【リペア】! 」
叫びにも似た祈りと共に、視界が真っ白な光に包まれた。
今までに幾度も感じた膨大な熱量が、ヨシトの右腕から古剣へと流れ込む。
ヨシトの脳内では、折れた断面がミリ単位で噛み合い、錆が剥がれ落ち、本来あるべき白銀の輝きを取り戻していく光景が、恐ろしいまでの精度でシミュレートされていた。
光の中で、折れていた刀身が、まるで見えない神の指先が粘土をこねるように、急速にその姿を取り戻していく。
煤は一瞬で蒸発し、現れたのは星屑を散りばめたような、見たこともないほど高潔な美しさを持つ『白銀の剣』だった。
だが、異変はそれだけでは終わらなかった。
溢れ出した光の粒子がヨシトの目の前で凝縮し、一つの実体を持った影を成していく。
それは、透き通るような銀髪と凛とした翡翠の瞳を持つ一人の少女だった。
純白のドレスのような鎧を纏った彼女は、実体化すると同時に、ヨシトの前で優雅に膝をついた。
「……目覚めました。私の、真なるマスターよ」
「え……? 剣が女の子に……? というか今、僕のことマスターって言ったの?」
呆然と立ち尽くすヨシト。
少女は、ヨシトの震える手をそっと両手で包み込み、自らの額をそこに押し当てた。
「私は聖遺物、聖なる『剣の精霊シルバー』。数百年の間……いえ、わからないほどの年月、私のコアは欠け、誰にも修復することはできませんでした」
「ですが……今、貴方の御手が、私の存在をあるべき姿へと書き換えてくださったのです」
その光景を見ていたベルの髭が、ピクピクと不機嫌そうに跳ね上がった。
「ちょっと待ちなさいよ。なによそのマスターって。 ヨシトを最初に見つけて、ここまでプロデュースしてきたのは、私なんだからね? 」
「ぽっと出のナマクラ刀の精霊風情が、厚かましく自己主張しないでくれる? 」
ベルがヨシトの肩から飛び降り、シルバーの前に立ち塞がる。
だが、シルバーは冷徹なほど美しい微笑を浮かべたまま、一歩も引かない。
「貴女こそ、小さな獣の姿で主様に甘えるとは。主様を真に守護し、その御手を汚させぬために存在するのが、私の唯一の役目なのです。……退きなさい、高貴なる主様の隣は、私の定位置です」
「なっ……! 獣って言ったわね、この鉄屑! ヨシト、こんな女、今すぐ元のゴミ捨て場に戻してきなさい! 性格が悪すぎるわ!」
「まあまあ、二人とも……。 せっかく剣も綺麗に直ったんだから、みんな仲良くしようよ」
困惑するヨシトをよそに、二人の間には激しい火花が散っている。
シルバーはベルを視界から外すようにして、ヨシトへ一歩踏み込んだ。
「神とも言える修復術を使うお方。貴方の力は、もはや単なる修理ではありません。世界の理そのものを【リペア】する主です。……さあ主様。私にお手を」
「貴方が望むなら、この国の王都すら一太刀で平らげ、新たな楽園を築いて差し上げましょう」
「そんな物騒なことは望んでないから! 僕はただ、ゆっくり寝られる場所を探して、静かに仕事がしたいだけなんだ」
慌てるヨシトの言葉を、シルバーはまるで最上の愛の告白を受けたかのように受け止めた。
彼女の頬は朱に染まり、翡翠の瞳には恍惚とした熱が宿る。
「……ああ、なんという至福。数百年もの間、消滅を待つだけだった私に、再び意味を与えてくださった。主様、私をどのように使っていただいても構いません。 薪を割るのも、不埒な輩を斬るのも、すべては貴方のご指示一つ。……まずは、主様の休息を邪魔する者を、私が排除しておきましょう」
「え、排除って……? 」
ヨシトが聞き返す暇もなかった。
シルバーが軽く指を動かすだけで、背後にある巨大な岩山が音もなく真っ二つに割れた。
断面は鏡のように滑らかで、絶対的な切断の痕跡が刻まれている。
「ちょっとヨシト! 放置してると、この女、何でも真っ二つにしちゃうわよ! 私という最高のパートナーがいるのに、こんな破壊神みたいな怪力バカ女、必要ないでしょ! 」
ベルがヨシトの足元で必死に自己アピールをするが、シルバーは平然とヨシトの背後に寄り添い、その白銀の髪を彼の腕に絡めた。
「主様、次はどちらへ? ……この騒がしいドラ猫を置いていくなら、より足取りも軽くなるかと思いますが」
「なんで私が置いていかれるのよ! アンタがどっか行きなさいよ! 」
剣の精霊と謎の黒猫、最強の二人の間に挟まれ、ヨシトは深く溜息をついた。
「……とりあえず、どこか泊まれるところを探そうか。このままだと、宿場町自体が消えてしまいそうだから」
自分が直した一本の剣が、彼の栄光の軌跡への大事な礎となることをヨシトはまだ知らない。
自由を求めて王宮を脱出した職人の旅は、一気に世界の中心へと巻き込まれ始めていた。




