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天啓を得た侯爵令嬢の婚約破棄  作者: 有栖 多于佳


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4/5

アルベールと言う男

領地の邸に、領主よりも広い執務室をこしらえて、サリアは着々と逃亡準備に取りかかった。

家庭教師のサリバンもルーズベルトも最早その領分は、サリアカンパニーの幹部のようである。


領地では王都だけでなく各国の情報を知るのも遅いと、ルーズベルトは率先して情報分析官のような立場を取り、サリアの天啓による情報とそれによって起こり得る世界情勢の変化を嬉々として予想してはレポートを上げてきた。


サリバンは王都の伯爵家の出身で、元々は王宮で女官になるはずであった。

しかし、ある子爵家のさもない令嬢がサリバンの職を突然かっ拐ってしまったのだった。

後日、よくよく調べれば彼女はある高位貴族のお手付きで、愛人として囲われるより王宮で働きたいと強請って入官したのだった。

しかし、サリバンも高位貴族の子女であるし、優秀だと言う声を聞いて王宮側から請われて女官に就くことにしたと言う経緯があった為そのままにする訳にもいかず、宰相の取り計らいで破格の給金を約束されてサリアの家庭教師になったのだった。


図らずも王宮や王都に住まう貴族に嫌悪感すら持つサリバンは、サリアの話を聞いて自分が受けた不条理な扱いを思い出して、全面的にサリアの味方となった。

そして、王宮での情報をいち早く入手すべく、仲の良かった貴族令嬢たち、現在はみなどこそこの夫人となっているので、社交界に蔓延る玉石混淆な噂話を広く深く入手するようになったのだった。


「サリア様、来年セドリック様がご誕生になって、その翌年にまた国王が代わられるのですか?」

サリアの執務室で、並べた机から顔を上げてルーズベルトが問いかけた。


この執務室には、サリアの机を頂点に、ルーズベルトと家令の机が左右に置かれ、ルーズベルトの隣にはサリバンの執務机が置かれていた。家令側には、小さな応接セットと給湯場所も完備されていて、ルーシーはここに侍っていることが多く、入口には護衛のジャミロが立っているのがデフォルトである。


ルーズベルトの問いに指折り数えたサリアが

「再来年じゃないかしら?確かその年、セドリックもその流感にかかったとかで母が騒いで、あの共和国で作られた入手困難な高価な薬を父が伯父に頼んで買い求めたとか、そんな話があったわ」

思い出すかのように天井を睨みながら答えた。


「では、ズバリその流感の特効薬はあるのですね!それを先んじて入手しておけば潤沢な資金が得られるのでは」

ルーズベルトが珍しくお金に目の色を変えている様子に、サリアは不思議に思って聞いてみた。

「ルーズベルト先生、あなた家業の商屋の金金と言う家風が嫌で学者になったのでは?商売をする気なの?」


「サリア様、確かに金金と何かにつけて金優先な我が家の家風が嫌で勉学に進んだ身とは言え、先立つものがなければ勉学に打ち込むことも出来ぬ、これも真実です。サリア様が自身でここから巣立つためには、必ず先立つ物、つまり金が必要なのです。


確かに、ここでの生活費に手をつければ直ぐに準備が出来ますが、その後の足もつきますし、下手したら横領の冤罪を受けるやもしれません。それに当たらないように自由に使える金を得ることが、まず第一となります。


サリア様の名を隠して、別の者を立てた商屋を持ちませ。その為にも、先立つ資金を用意しませんと」


ルーズベルトは優秀な学者としてレクスリア王国の王立大学で博士号を持つ程の実力者であったが、平民である出自を理由に教授職が得られなかった。

そしてサリバンと同じように宰相から依頼を受けて、サリアの家庭教師になったのだった。


「そうね。わたくし、何れこの国を出ていきますのよ。出て行かねば都合良く使い捨てられてしまいますもの。どの国にしようかと思いましたけれど、あの共和国なんかどうかしら?」


「そうですね。若い国ですし、爵位が無いのが魅力ですね。サリア様の仰るとおりでしたら、これから新しい産業はその国で次々に生まれて来るのでしょう。では、先行してわたくしルーズベルトが、かの国で下準備を致しましょう。暫く海を渡って宜しいか」


そんなやり取りを経て、ルーズベルトはあの共和国の商会と取引を行う商屋を作り、自分の婿に行った次兄の子をその頭に据えた。自分も行ったり来たりと、家庭教師では?と思われるような勤務だったが、どうせ王都のスペンティアラ家では誰も気づかないのだった。


そして、翌年からあの大陸から流感に効くと言う薬をレクスリア王国に輸入し始めた。

当然、全く売れない商品であったが、それはそれと、領地の倉庫に溜め置いていた。


来年になれば、言い値で売れるようになるのだからと、サリアたちは誰もかれも思っていて、結局サリアの天啓の通りに流感がレクスリア王国の王都で大流行したのだったが、スペンティアラの治める領地では早くから流感に効く薬が流通していたし、この地を中心に近隣領地にも素早く流通させたので、地方はたいした騒ぎにもならなかった。


逆に、地方の情報など仕入れる価値もないと思って馬鹿にしていた王都の貴族たちは多くが罹患して死人も出てしまった。

そして天啓の如く国王が崩御され、新たに女王が誕生したのだった。

サリア11歳のことであった。


薬の流通で潤沢な資金を得たサリアは、そのお金で新女王が公爵夫人だった時に気に入っていた湖畔地方の別荘地を買って直ぐに売った。天啓でも女王誕生で、その地を訪れるのがブームだったことを思い出したからだ。

そして、ルーズベルトの甥が会頭を務める商屋を『ノヴァ商会』として、あの共和国や大陸の各国に支店を出していった。


領地の仕事は、天啓のようにどんどんと父親から放り投げられ、回されていたが、ノヴァ商会で事務官を雇用し、彼らを商会から派遣して領主邸での職務に当たらせるようにしたので、別にサリアは忙しくも無いし、事務官の勤務に対して商会に支払いが行われるので、仕事を投げられれば投げられるほど、ノヴァ商会の、サリアの資産はどんどん膨れていった。


それを使ってまた投資をして資産が増え、また投資、その繰り返しの日々を何年も行っていたら、天啓よりも余程早く伯父に、と言うか王家に見つかってしまって、サリアの自由時間は15歳で終わってしまったのだった。


王宮では、朝から女王陛下が厳しい顔を宰相に向けていた。

「アルベールの婚約者に宰相の姪を指名する。王命でだ」


「陛下、恐れながら姪のサリアはまだデビュタントもしていない未成年です。殿下との年齢差も10と開いており、どうかと思いますが」


「それは、あれか。天啓を得たと言う姪を一族で囲っていたいと言う欲から出た言葉か。聞いたところによると、両親共にサリア嬢とは没交渉で、彼女は一人領地に置かれて未成年であるのに領地の行政代行を長年務めさせられていたとか。未成年搾取だ、虐待案件だぞ。それを王太子妃として助け出すのだ、文句があるか」


この頃になるとさすがに領地にいる各貴族家からサリアの優秀さを褒め称える声が王都でも聞こえるようになり、それと比例してスペンティアラ家がサリアだけにその責務を背負わせていると非難の声も上がった。


それに驚いた宰相が弟に確認を取ると、8つから会っていないと言う。しかも領主代理の職務すらサリアと使用人任せだったことを知って、謹慎を命じて領地へと赴いてみれば、まだデビュタントもしていない身で領地経営を難なく行っている姿に、その傑物さを感じて自分の養女とすることを決めたのだが、本人が拒否をするのだった。


「あんなお前の優秀さをわからない愚かな両親より公爵家の娘になった方が余程良かろう」

そう言う伯父に、冷たい眼差しを向けながら、

「恐れながら、閣下も領地に足を運んだのは8年ぶりだと存じます。であれば、どちらも同じかと。別に不便も感じておりませんし、わたくしはこのまま領地におります」

そう答えたのだった。


領地の邸の使用人も誰も彼も、当主たる公爵よりサリアを重んじているのが伝わってきて、気まずい思いをして、すごすごと王都へと帰ったのだった。


しかし、今、陛下から王太子妃への打診を受け、その理由を聞いてひっくり返った。


「なんだ、宰相。お前、自分の領地の商会があの流感の特効薬をあの共和国から持ち帰って販売したことで、大流行を防げたことすら知らなかった、と言うの。まさか、お前の母親がサリア嬢に未来を見せたことも知らないのか」


「は、なんと!そんな夢物語を陛下ともあろう方が仰るとは、」


「本当に、呆れて物が言えないわ。領地に行ってきたのに自家の使用人にすら信用されていないのね。お前の姪が、サリア嬢が天啓を得てそれによって多くの事柄を成し得たと言う話は、ちょっと使用人に聞けば知れる話。それすら知らないなぞ、その器が知れるわ。


もう良い、直ぐにサリア・スペンティアラを招喚しなさい。王宮に部屋を与え、デビュタントも王家で仕切る。今後サリア嬢は王家の保護下に置かれ、スペンティアラ家は生家と言う存在だけ在れば良い」


そして、もう一度領地に帰って古く母の代から務める家令に真偽を確かめると、冷めた目を向けながら、そうだと答えたのだった。


「なぜ、その旨を知らせてこなかった!」

公爵の叱責に、

「8つの時に昏睡後に目覚めたお嬢様が、セドリック様が2年後にお生まれになるとご両親の侯爵夫妻に直接告げていらっしゃいました。

私たち使用人も、専属医もその場で聞いておりました故、セドリック様がお生まれになった時点で、サリア様が天啓を得たとの話は本当であったと確信致しました。その重要性をご当主である公爵閣下へお伝えするのは、領主代理を務める弟の侯爵閣下であると思うのですが。


実際王家がサリア様の天啓の話を聞いたのは、専属医とその侍従であったはずですが。彼は、少しお話がお好きでしたから。現在は、当家の専属医は退いて頂いております」


淡々と語られる家令の言葉に目を逸らした。

それではサリアの語る未来の話を教えろと何度も聞いたけれど、のらりくらりと躱された。

じゃあサリアに会って直接話を聞こうと向かい合っている、その瞬間、領主邸に重大な知らせがもたらされたのだった。


王宮から豪華な馬車が領地の邸に停まると、勅書を掲げて文官が読み上げた。


それによって否応無く、サリアは王太子の婚約者になることが決められ、宰相である公爵も口出し出来る暇も無く、あれよあれよと言う間に、王家の馬車にサリアを乗せて走り去ったのだった。



アルベール・レクスリア王太子殿下、25歳である。

見た目は王配殿下に良く似ていて、大きな体躯で、王族には珍しく濃い茶色の目と髪であった。


女王もまた女王の母に似た赤毛に茶色の目の落ち着いた色味であったし、父王も女王も王位から遠かったので、その配偶者は余分な揉め事を起こさないように地方の有力貴族と縁づいていたので、アルベールの血筋は間違いなく王家のものであるのだが、中央貴族は口には出さないが格式に劣ると侮っていた。

なので、必ず中央貴族の誰の目から見ても間違いの無い者を妃とすることが至上命題であったのだ。


建国以来の忠臣にして、時の大宰相の姪、侯爵と宮廷伯の娘、サリアを王命まで出して招喚するのも納得な血筋であった。


しかし、ここに当事者の心なぞ、考慮されない。


アルベールには、懇ろな長い付き合いの女がいた、カリア・クレモント子爵夫人である。

彼女の高祖母は、当時の国王の愛妾であった。

成人間もないアルベールが王家主催の狩猟大会に出た際に出会い、遠縁なのを知った。


当時既に子爵家に嫁いでいたカリアであったが、

「私たちには、遠くとも愛欲の記憶が互いの血に宿っておりますのよ」

なんて、ちょっと昼間っから口に出すのもどうかと思うような秘め事をわざわざ衆人環視の下でにこやかに告げて、それにまんまと引っ掛かったのがアルベールであった。


アルベールは当時公爵令息だったので、閨の手解きをカリアから受けたいと言い張って、まんまとその手中に嵌まりに行って絡め取られてしまったのだった。


社交の場では子爵夫人として夫と出席するカリアを嫉妬深い視線で見つめるアルベールの姿が長く社交界の話題となっていた。

初な公爵令息を手玉に取るカリアのことは、やり手とある意味称賛され、どっぷりと不倫沼に身を落としがんじがらめになったアルベールは嘲笑された。


そんな男と婚約を結びたい貴族の娘はおらず、図らずして王太子と言う地位に就いてしまえば、今度は中央の高位貴族令嬢としか縁を結ばせないと言う、重い枷も追加されて、婚約者も出来ぬままだったのである。


父である王配は、深い考えも無しにアルベールが強請ったカリアの閨を許可したことを深く反省していた。

妖艶な悪女に振り回されてみたい、そんな男のほの暗い希望ってあるよね、まあ良いんじゃない?そんな軽い感じで許可した長男が、どっぷり嵌まって他所を見なくなってしまった。

況してや、現在は王太子と言う地位である。貴族の既婚者夫人と懇ろな王太子なぞ国の恥であるし、婚姻も結べないと頭を抱えていた。


妻、今は女王の彼女は初めから反対していたのだ、観衆の前で秘め事のことを口に出すなんて淑女としてあるまじき行為だと。彼女にとっては遠い先祖とは言え、身内の恥にも通ずること。

アルベールに近づかせたくないと言う話を軽くあしらった結果がアルベールを取り巻く現状であったので、年の若い、まだ社交界の話題なぞ知らないであろう、スペンティアラ家の令嬢を何はなくとも王家に取り込まなければと強い思いを持ったのである。



王宮に連れてこられたサリアには、サリバンが侍女として寄り添った。

当然、サリバンの情報網からアルベールを取り巻く状況は完璧に把握していた。


きっと天啓で見せられたような失礼な行動をアルベールは繰り返すのだろう、王太子妃と言うネームタグを欲しい欲しいと、セリアが母に強請って成人前にも関わらず秘密の夜会に忍び込み、アルベールに媚薬を嗅がせて無理矢理事に及んで、サリアから王太子妃の地位を奪うのだろう。貴族令嬢としての価値を早々に失うのに、母はいったい何を考えているのか考えるのも面倒くさい、愚か。


カリアは、婚約者との親睦を深めるその日に、必ず体調不良を訴え、自殺を仄めかし、悲劇のヒロインよろしくアルベールの欲望を煽って邪魔をするのだろう。


浅慮なアルベールは、深い執着を覚える不倫相手と、婚約者の妹に愛を請われている状況に鼻の下を伸ばして喜び、逆にサリアを蔑ろにして、サリアが田舎臭くて不出来であるから愛を覚えないのだなどと言い募い、望まぬ婚約の犠牲者となった自身を不幸だと大袈裟に泣き叫んで、自己肯定するのだろう。


愚か、愚かと嗤ってしまう。


望まぬのはサリアの方である。

お前の母親が、母の女王が王命を出して連れ去ったのだと言うこともわからないのだろうか。


サリアはこの婚約の時に、婚姻契約書に、ルーズベルトの提案に添って天啓では入れられていなかった文言を足した。


『婚約期間は1年間、1年後に婚姻を結ばぬ場合は婚約は白紙となる、また不貞と悪意の遺棄が認められた場合は婚約を速やかに解消することとする』


王宮では、サリアは王太子の婚約者でしかないにも拘らずアルベールの職務の一部が当然のように回されてその職務に当たらされた。

一方、婚約者としての親睦はカリアが妨害を毎回してきて、顔も合わせることも稀である、同じ王宮と言う場所に住んでいるにも関わらずに。


サリバンは、元からの人脈を駆使して王宮の女官にネットワークを築き、宰相も王配も知らぬ間にアルベールの情報を誰よりも手に入れるようになっていた。


だからサリアが婚約をして丁度1年を迎え、結婚式を待つその1月前に、王太子の部屋でカリアが大胆にもアルベールと事に及んで朝まで過ごすことを事前に把握していた。

その部屋は1月後には夫婦の部屋として使用するために、部屋の壁紙から家具に到るまでサリアが選んだ、事になっているものだったから。

実際選んだのは、サリバンとその仲間たちで、それはカリアが好むような意匠のものだった。


そこで、女主人になる、王太子妃となるサリアより先に使用してやろうと言う浅ましい考えでカリアが深夜に忍び込んであんあんとマーキングに励んでいるところに、普段は寄り付きもしないサリアがどうでも良い用事を胸に抱えて、サリバンと王宮の護衛を連れて部屋へと入って、その乱れた二人の姿をきっちりと目撃して、大声で、

「婚約期間中の不貞行為、王太子殿下の有責で婚約破棄致します」

そう叫んだのだった。






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