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天啓を得た侯爵令嬢の婚約破棄  作者: 有栖 多于佳


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3/5

婚約、同時に破棄準備

レクスリア王国は今激震に見舞われていた。

賢王として大陸に名を轟かせていた国王が、新大陸で独立を果たしたばかり、ヒヨコと言ってもいいくらいの若い国、コメリカ共和国の大使夫人に懸想して、両国の軍事同盟締結セレモニーで国王自らが操縦するセスナに夫人を乗せて飛び去ってしまったのである。


国王はコメリカ共和国の領地である南の島に降り立つと、亡命を世界に向けて明言したのだった。


世紀の恋、王冠をかけた恋と連日各国の新聞やラジオはその話でもちきりだった。


レクスリア王国は引くに引けなくなり、国王の生涯入国拒否、王籍だけでなく国籍剥奪、個人資産凍結を速やかに宣言して、その弟が新しい国王に、その一人娘が王太女となったのだった。


王太女は既にレクスリア王国のかつての国王の庶子が興した公爵家に嫁いで二男一女を得ていたので、その公爵家を親族へと相続させ、夫を次期王配として王籍へ戻ったのだった。


そんな混乱の王国にあって、スペンティアラ家は別の騒動が起こっていた。


この世紀の恋を1年も前に明言し、しかも詳細までピタリと言い当てたのが、両親と離れて領地で暮らしている嫡女サリアであったので、この話を直接耳にした家庭教師たちとメイド、護衛騎士から聞き取りをして、結果、家令がひどく頭を悩ませるのだった。


「ジューク、悩まないで。お祖母様も愚息は気にしなくて良いと言っていたのだから、報告なんてしなくて良いわ。どうせしたところで気にも止めずに机に据え置かれるだけよ」

サロンから庭を眺め、優雅な手付きでお茶を楽しんでいたサリアが慰めの言葉を寄越した。


「お嬢様、少しお話を伺っても?」

「ええ、当然よ。お祖母様もジュークには言っておきなさいって仰っていたし。そうね、わたくし付きの4人と一緒に話しましょうか。皆を応接室に」


サリアがそう言えば、家令は執事の一人に皆を呼ぶようにと告げたのだった。


応接室に集まり、メイドのルーシーがお茶を配り終えて壁際に立った。

入口には護衛のジャミロが立っていた。一人掛の椅子に座ったサリアの目の前の、左右のソファに家庭教師たちが座り、ルーズベルトの横に家令が座った。


「さて、なんでも聞いて」

部屋をぐるりと見回してサリアが声をかければ、一度家庭教師たちと家令が目線でやり取りをした後、ルーズベルトが声を上げた。


「お嬢様、一年前の国王交代のお話、私は本気にしておりませんでした。しかし、お嬢様の言われた通りのことが実際に起きた。もう、これはお嬢様が仰るように天啓を得たとしか思えません。未来を見たと言うお話をもう少し詳しく教えて頂けないでしょうか」

「エレノア様、あ、いや前当主様が現れたと言うのは本当でございますか」


ルーズベルトの話が終わるかどうかに被せるように、家令が質問をしてきた。


「ええ、本当よ。お祖母様がジュークには私のことを頼んであるから、これからのこともジュークを頼りなさいと仰っていたのよ。何でも聞いて」

サリアの言葉に、ジュークはウッと息を呑んで、目を潤ませた。


「お嬢様のお話だと、来年には嫡男となられるセドリック様がお生まれになるのでしょうか」

サリバンが言葉を出せない家令から引き継いで問いかけた。


「そうよ、もうすぐ母の懐妊の話が届くのじゃないかしら」

「では、悲惨なその先を教えて貰えますか」

なんでもないように長男誕生の話をしたサリアに、ルーズベルトが遠慮も無しに問うたので、目の前に座っていたサリバンと隣の席の家令がグッと眉間を寄せて睨み付けた。


「まあまあ、そうよ先生の言う通り、悲惨な未来を見せられたのだもの。ぜひ全貌を聞いて頂戴。そして、どうしたらその未来を変えられるかの知恵を貸して欲しいの」

その様子を可笑しそうに見回して、サリアが話し始めたのだった、壮絶で悲惨な未来の話を。


厳しい領主教育を生まれてからたった一人、親からも親戚からも離されて領地で受けてきたサリア。

しかし10才の時、年の離れた弟が生まれて全てが狂ってしまった。


年を取ってからの子、しかも男児の誕生に両親は浮かれて大事に大事に王都の邸で育てるのだった。

そこには、2つしか年の変わらない妹もいて、彼らの中には4人家族と言う意識が当然のように出来上がったのだろう。


とは言え、もし万が一息子が亡くなるようなことがあっては困ると、サリアへの領主教育はそのままに、年を重ねるごとに代官としての仕事を大幅に割り当て働かせるだけ働かせていた。


当然、社交などは後回しにされ、デビュタントを行ったのは、非常識にも妹のセリアと同時期であった。


それと言うのもセリアのデビュタントの話が王都のスペンティアラ公爵家での集まりの席で話題に上った折に、兄である公爵から

「ところで、セリアのデビュタントをすると言うのなら姉のサリアはどうした、いつデビュタントをしたのかわしには記憶が無いのだが」

と、言い出したことで、両親が『あ!』と思い出したからであった。


いくらなんでも、姉のデビュタントを忘れておいて、妹だけ社交デビューするなんて虐待を疑い兼ねない、そもそもお前、領主代理なのだが領地には行っているんだろうな、と厳しい追求を受けて、結局10年も行ってないこともバレてしまった。


「し、しかし、サリアは我が家の代表としてそつなく領地の仕事を行っております!」

とキリリとした顔で言い返した事で、兄の逆鱗に触れ、


「バッカもーんが!ではその領地の仕事を一手に引き受けている、成人もとっくに越えている娘のデビュタントも行ってないのはどう言うことなのだ。お前、やはり虐待をしているんではないのか。

お前がそんなでは領地の管理はもう任せておけない、息子のジェイムズを向かわす。お前たちは王都の邸から出るな、謹慎していろ!」


そんなやり取りがあり、その後、公爵とその次男ジェイムズが領地にやって来て久しぶりにサリアと対面することになったのだった。従兄弟のジェイムズと会ったのはこの時が初めて、彼は初めて領地へと足を踏み入れたのであった。

任せているとは言え、公爵としても領地を省みていないのは兄弟で大差ないのだが。


そこで対面したサリアは、王都の同世代の令嬢よりも余程きっちりとした淑女としていたし、領地の使用人たちは娘を、嫡女として努めているサリアを両親が蔑ろにしていることに憤慨していたので、いっそう大切に扱かれて、公爵が危惧していたような虐待されて痩せ細っていたり、みすぼらしい容姿で据え置かれているようなことは無かった。

なんなら、キラキラと輝くように磨かれていて、正直美しさでは他を圧倒していた。


それでいて、領地の状況を聞けば、打てば響くよろしく、全て流れるような完璧な答えが返ってきて、一緒に領地を見て回れば、領民たちから慕われているのが短い時間でもわかるほどであった。


「父上、なぜ叔父上はサリアを放置しているのでしょう。このまま彼女が侯爵位を継いで領地の代官を務めないと、領民は納得しないでしょう。私が今更この地に入ったとして受け入れられるとは到底思えない。

それならばサリアに寄子の貴族から婿を取って治めさせる方が余程良いと思うのです。

私も妻子も父上の命令ならば従いますが、ここまで領地に尽くしてきたサリアを押し退けてまでと言うのは気が引けます」

ジェイムズが率直な意見を領地からの帰りの馬車で告げると、公爵は苦い顔を浮かべて、

「そう思うのが普通だ。ところが、あの馬鹿は息子のセドリックに継がせたいと言い出す始末、どうしょうもない愚か者よ」

眉間に皺をこれでもかと言うほど寄せて言い捨てた。


「え、え、セドリックはまだ8つじゃないですか。セドリックが成人するまでサリアに領地を管理させると言うことですか。その頃にはサリアは25じゃないですか。デビュタントもさせず、次期侯爵の地位も取り上げてどうする気なのですか。酷くないですか、叔父上はサリアを恨んでいるのですか、なぜ」


驚くジェイムズが信じられないと首を振っている所に更に、

「侯爵を息子のセドリックに継がせて、領地はこのままサリアが代理として管理すればいいと言いおった、馬鹿かと怒鳴り散らしてくれたが、あいつの言い分は決して理解出来るものではないのだ。ずっと領地に置いてやるのだからサリアは幸せだと宣った、キャサリンもな。夫婦でどうしようもない」

公爵から聞かされた話の何一つとして理解できないジェイムズは空を仰ぎ見て、

「父上、サリアを我が家に引き取りましょう。それで家からどこか良縁を繋いでやらねば可哀想でなりません」

そう言う息子に、

「だからお前がこの地を治めるのだ。もうあの家には何一つ任せることが出来ない。サリアは家から公爵令嬢として嫁がせる。あんな逸材を腐らしてはおけん。単純に人としても許し難いしな」

そう言って、結局、ランズターン侯爵位は次世代は本家で継ぐことが決定されてしまった。


サリアはデビュタントを公爵令嬢として2年遅れで果たし、社交界へと飛び出した。

領地に隠されていたスペンティアラ家の謎の令嬢サリアはその聡明な美しさにレクスリア社交界は沸き立ったのだった。


同時期にデビュタントしたセリアは、美しく着飾ったサリアを羨んで、どこそこで

「お姉様、お姉様。そのドレスどちらで?お姉様ばかり公爵家に養女に行ってズルいわ。私だって同じ姪なのにお姉様ばかり贔屓されてズルいズルい」

と幼子のように言い出して、サリアも公爵家も困り果てた。


きちんとした貴族家は取り合わないか、冷めた目で見ていたが、相手は時の宰相の公爵家なので、政敵も多く足を引っ張ろうと、知りもしないサリアの悪意に満ちた噂を流す者も現れた。

そこに、息子のセドリックが次代を継げないことに不満タラタラの母キャサリンも、

「自分ばかり利を求めるような浅ましい娘になってしまって」

とセリアと一緒になって中傷をするものだから、王都に知り合いの居ないサリアは暫くすると、見目は良いけど腹黒令嬢、腹黒悪役令嬢、そんな噂が誠のように広まっていったのだった。


何もしていないのに悪く言われ蔑まれ、そんなサリアに良縁はなかなか見つからなかった。


そこに、曰く付きの事故物件、王太子アルベールとの婚約話が飛び込んできたのだった。

レクスリア王国の亡命した元国王の弟が国王として即位してから、たった3年で流感で呆気なく亡くなってしまい、次はその娘が女王となった。


その長男アルベールも母の戴冠と同時に王太子となったのだが、彼には妃の成り手が居なかった。


彼の父は公爵とは言え、その領地はレクスリア王国の領土の端で数代前には植民地であった場所で、レクスリア王国での貴族としての爵位の格は低かった。


だが婚姻当時は賢王が手堅い国家運営をしていたし、海挟んだ隣国の王女が嫁いできて王子を生んでいたので、王弟の娘であるし間違ってもレクスリア王国の王位に就くことは無いだろうと、彼女の初恋を成就させて、王族には珍しく恋愛結婚だったので、その当時は王国中が真実の愛だとて国民も皆フィーバーしたのであった。

それが何の因果か伯父の世紀の恋によって継承順位が一気に上がり王冠を戴くことになったのだから、神の悪戯か。


彼女の息子アルベールは公爵令息であったが、今や王太子。

彼の婚姻は、王国の中央貴族と縁付いて貰わねばならない、それは王宮内で職務に当たる幹部貴族たちの総意であった。

であったのにアルベールも親の子か、彼も真実の愛に囚われていて気付けば30手前となっていたのだった。


そんな厄介な王太子を宰相である伯父がサリアに有無も言わさず押し付けて、10も年下の姪に妃と言う名の無給メイドお世話係を押し付けるつもりで養女にしたのだった。


ところが、姉のものは何でも欲しい妹のセリアが当然、社交の場でアルベールにちょっかいを出しては何度も騒動を起こし、それなのに、なぜか社交界でサリアが後ろ指を指されてしまうのだった。


またアルベールと長いこと不貞の関係にあった遠縁の子爵夫人カリアがサリアとアルベールが仲を深めないようにと、デートの日を狙ってアルベールを呼び寄せる嫌がらせを何度も何度も繰り返しては、それがまたなぜかサリアの醜聞として広がっていくのだった。


そして、結婚式の1月前に、セリアがアルベールの子を孕んだことでサリアの婚約は解消された。


侯爵令嬢の妊娠、しかも養女に行ったとは言え姉の婚約者、普通であればセリアの身持ちの悪さを責められる場面であるのに、その騒動の中にあって被害者であるサリアが婚約破棄の誹謗中傷の矢面に立たされると言う謎ムーヴ。


さすがに我慢強さ忍耐力に定評のあるサリアであっても、そもそも婚約者を蔑ろにしてそこここで不貞を犯して歩いたアルベールが悪いと、つい本音を口にした、その言葉を切り取って不敬罪に問われ、貴族籍を廃されて、辺境の寂れた修道院へと追い出されたのだった。


修道院の粗末な部屋の窓から空を見上げながら、なぜ生まれて間もなくから真面目に取り組んできた自分がこうして罰を受けなければならないのかと悔やみ、両親妹弟、伯父、そして賞味期限切れの元婚約者に向けて恨み辛みを叫んで、冬のある日に修道院の北塔から飛び降りて死んだのだった。


「と、まあ、酷い話でしょう?一族郎党みな大馬鹿ばかり、王家も愛だの恋だの勝手にやってって感じよ。絶対巻き込まれたくないわ」


サリアの未来の話が想像していた何倍も酷くて、部屋の者たちは言葉を失いサリアを見つめることしか出来なかった。


それでも何とか言葉を搾り出して、家令が

「生前、前当主のエレノア様も同じように王家との婚約を一方的に破棄され、嫡女の地位も傍系に奪われかけたのですが、知謀を駆使して敵を殲滅し王家に恩を売って今のスペンティアラ家の繁栄を築いたのです。

その息子たち、父の侯爵閣下、当主の公爵閣下共に愚行を犯すとは、情けないの一言です。

エレノア様からサリア様の味方でいるようにとご指示を承っております。領地の我ら使用人一同はサリア様を第一にと今日よりいっそう忠誠を誓います」

恭しい態度で頭を下げたのだった。


「じゃあ、この嫌な未来を変える準備を手伝って頂戴。皆の知恵を貸して」

サリアはにっこりと子供らしい笑顔を向けた。


その日、領主の邸の応接間では、夜半過ぎまで長い話し合いが持たれ、その回避するための考察が深まったのだった。


そして、どうせ10年は誰も領地へと来ないのだから、その間にスペンティアラ家から出て暮らせるように支度を始めようと言うことで、結論が出たのであった。










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