天啓
レクスタリア王国の王都から東側を広く領地としている建国から連なる由緒正しい貴族の一族、それがスペンティアラ家であり、一族を取りまとめるのは、この国の大宰相にしてグラント公爵家の当主アスター・スペンティアラで、サリアの父はその弟として従属爵位であるランズターン侯爵を相続し、国政を担う兄に代わって領地を治めていた。
ランズターン侯爵レジナルト・スペンティアラと宮廷伯の娘であったキャサリンは政略結婚し、その長女として生まれたのがサリアであった。
サリアの2つ下に妹のセリアも生まれて、母キャサリンは妻の務めを早々に果たしたと言えた。
欲を言えば男児が望まれる所ではあるが、そうは言っても女性にも相続権があり、度々女王が治める治世もあるこの国では、跡継ぎが女であることは目くじらを立てるほどでもない、そんな風潮である。
サリアは、金髪碧眼の両親から生まれたけれども、その髪は赤毛で瞳も碧と言うよりはブルーグレーだった。その色は、レジナルトの母の色味そのままであったのでサリアの祖母である彼女は誕生した日にはとても喜んだ。
次に生まれた妹のセリアは、両親そのままの色味である金髪碧眼で、伯父の家の子供2人も同じ色だったので、スペンティアラ家でサリアだけが祖母の色を継いでいたが、セリアが生まれる前に祖父母共に亡くなってしまっていたので、サリアの記憶には残っておらず、一族が会した時にも一人だけ色味が違うとなんとなく疎外感を感じつつ成長していった。
ランズターン侯爵家は、広大な領地の領都に壮大な邸を所有していてそこに常駐して領地運営に取り組んでいたが、子供を2人生み終えたと考えた母は長年住み慣れた王都での生活を希望したので、王都のタウンハウスに両親とセリアが住み、嫡女であるサリアは領都の邸で領主教育を受ける為、長年スペンティアラ家に仕えている優秀な使用人たちによって育てられることになったのだった。
当然、大宰相として国政にあたっている一族の公爵当主とその家族も王都に住まい、領地にいるスペンティアラ家の者は、幼いサリアただ1人。サリアだけが人身御供のように田舎に据え置かれた、そのような状態であった。
時々、それは多く見積もっても、年間に10日ほどだろうか、父の侯爵が領地の状況を視察にやって来て、その時に嫡女であるサリアの教育の進捗を教育係や乳母、侍女などの使用人から聞く位のものだろうか。
本当にまれに、母親であるキャサリンが同行することもあれば、伯父がやってくることもあったけれども、サリアにとってはたまに来る客人、それ以上の感情など育ちようも無かったのだった。
その日、サリアはいつものように厳しい教育係のルーズベルトから授業を受けていた。
出された問いは難しく、答えに至る道筋も見出だせなかった。
うーんうーんと悩み考えあぐねているその時に、子供特有の甲高い奇声が上がったのを耳にした。
その声は女児のもので、そう言えば昨日から両親と共に初めて妹がやって来たのだったなと、サリアがその存在を思い出した。
何度も何度も大きな奇声が上がっているので、気になったサリアは離席して窓辺へと移動した。
普段はそんなことをしない優秀な生徒であるサリアの行動をルーズベルトが咎めようと眉間に皺を寄せているのにも気がつかずに、自室の窓から外を眺めたサリアの目に、キンキラ輝く金髪頭の少女がバラの花咲く庭先で父に高く抱き上げられて遊んでいる様子が見えた。
「ん、ん、サリア様。勝手に離席をして。私は許可しておりませんが」
ルーズベルトが厳しい声色でそう告げたが、サリアは全く反応しない。
いつもは全く手のかからないサリアが、窓辺から離れず無視をしたことに驚いて、彼女の横まで行ってもう一度、
「サリア様、席にお戻り下さい」
そう厳しい声をかけた。
しかし、真横から注意を受けても顔を上げるでも無く声に反応するでも無い様子に、さすがにおかしいと思って肩に手をかけると、
「いやあああああああああああああああ」
と大きな悲鳴を上げて白目を剥き泡を吹いてそのまま意識を失って倒れたのだった。
「お、お嬢様、サリアお嬢様、お嬢様大丈夫ですか!誰か、誰か医者を!」
真後ろに倒れてきたサリアを支えて顔を見れば、血の気を失った真っ白な顔色で声に反応もない。
メイドが駆け寄り服を緩め気付け薬を嗅がせるも意識は戻らず、護衛が部屋を出て医者を呼びに行った。
その前の大きな悲鳴を聞き駆けつけた家令と侍女長が部屋に入ってきて、
「ルーズベルト先生、いかが為されました?」
「お嬢様が、突然、悲鳴を上げて意識を失って倒れてきました。早くドクターを」
そんなやり取りの後、サリアは寝室に運ばれ医師の診察を受けたのだった。
大騒動を聞き付けて、さすがに両親もサリアの元へと駆けつけて、意識を失ったその姿を見たのだった。
母のキャサリンにすれば生んだだけの娘であるが、嫡女としては優秀で将来が楽しみだと夫も当主の義兄も褒め称えられて鼻高々であったのだが、久しぶりに対面した娘は、意識を失い、青白い生気の無い顔で今にも死んでしまいそうで、強い衝撃を受けた。
「さ、サリア。先生、サリアはどうしたのですか」
診察を終えた医師ににじり寄って問いかけるも、
「何かしらの発作が起きたのでは無いでしょうか。意識が戻るまで何とも言えません」
そういう曖昧な回答であった。
「な、なんということだ」
「ああ、どうしてこんなことが。貴方、貴方がサリアに酷いことをしたんじゃありませんの?」
頭を抱えた父と、突然イキり出して家庭教師に詰め寄る母。
「な、何を仰います!とんでもありません。いつも通り授業をしておりました。
その証拠に壁際にはメイドも護衛も控えてました。ぜひ聞き取りを為さってください。
サリア様は庭からの閣下たちご家族が上げる奇声に興味を持たれ、窓辺で閣下とセリア様が遊ばれている様を目にされて、それから突然、悲鳴をあげられ倒れたのでございます」
ルーズベルトは自分のせいにされるのは心外だと、何度目かもわからない状況説明を繰り返したのだった。
サリアは、両親と妹の姿を窓辺から見た瞬間、走馬灯のように多くの状況が脳内を駆け巡っていった。
その圧倒的な情報量に脳が耐えきれず、シャットダウンするかの如く意識を失った。
3日3晩意識は戻らず悪夢に魘されて、4日目の朝、パチリと目を覚ましたのだった。
「お嬢様、サリアお嬢様!おわかりになりますか?」
幼いサリアを大事に支えて来てくれたメイドのルーシーが声をかけた。
「お、お水」
「はい、すぐに。お医者様も呼んで参りますね」
水を飲ませて額の汗を拭い、意識のあるのを確認して医者を呼びに出ていった。
誰も居ない部屋でのっそりと起き上がり、部屋を見回したサリアの顔つきは、とても8つの少女のものとは思えない大人びたものであったが、まだそれを知る者はスペンティアラ家には居なかった。
医師の診察を終えて、目覚めたと聞かされた両親がサリアの元へとやって来た。
「サリア、良かった心配したぞ」
「サリア、ええ本当に。お母様に顔を良く見せてちょうだい、もう大丈夫なの?」
窓から入る陽光にキンキラ輝く目映い金髪の夫婦をサリアは黙って見つめていた。
黙っていたけれども、サリアの心中、かつて無い程の批判が脳内で繰り広げられていた。
お母様、ほぉ、お母様ねえ。
私の誕生日に代筆でバースデーカードを送ってくれる、お母様。
あなたに会ったのってこれで何度目かしら?こんな顔をしてたのね、全く記憶に無かったわ。
心配したのは、跡継ぎが居なくなるからかしら?
優秀な嫡女と本家でも覚え目出度いって前から言われていたものね、生んだだけで自分の手柄だと思っていたのね。
私の他にも跡継ぎ居るじゃない、たった2つしか違わない妹が。
初めて対面した姉に対して挨拶すらもまともに出来ず、親の後ろに隠れてぐずぐずするだけ。
叱りも躾もせずに頭を撫でて、
『あら恥ずかしいのね、はにかんで。お姉さんなのだから、サリアあなた可愛がってあげるのですよ』
なんて、偉そうに指図して。名も名乗らぬ無礼者をなぜ、私が歩み寄り世話をすると思うのかしら。
あれはもう6つ。
その年には私は淑女教育だけでなく既にルーズベルト先生から領主教育も受けていたわ。
そう思えば、あれはあのままで良いのかしら?
本当は同世代の令嬢達とのやり取りが私もあれもしているはずの年なのでしょうに、幼女のようだったわね。
「どうした、どこか痛むのか」
じっと両親を黙って見つめる娘を心配してか、はたまた居心地が悪いからか、瞬き多めの眼を向けて父が聞いてきた。
「いいえ」
一言否定するとまたじっとりとした視線を寄越した娘に
「では何かあるか、そのう、言いたいこと、など」
余りに強い眼力に、その色味も相まって、亡くなった強く厳しかった母を思い出して、少しビビりながら問いを重ねた。
サリアは一切目線を外さずに、ゆっくりと、しかし不思議な圧を感じるような声で
「わたくしこの度、天啓を得ましたの」
と言い出した。
「は、何を言い出すのだ。悪い夢でも見たのだろう」
その言葉を鼻で嗤い軽くあしらって、愚か者を蔑むような目を向けた。
しかし、そんな父親の言葉を、それこそ同じように鼻で嗤いながら
「お祖母様が窓辺にわたくしを手招きなさって、ほれ、あそこの窓の横に立たれて。
そしてわたくしに『愛し子我が孫サリア、可哀想に。お前にこの先起こる最悪な未来を見せてあげよう』
そう仰って庭で戯れていた両親と妹を指差したので、その指差す先を見ましたらそこから次々とあらゆる場面が目の前で繰り広げられていったのです。
結局、結末はわたくしがこの家でこのまま唯々諾々と過ごしていくと、最後はスペンティアラ家の面汚しと皆に罵られ、世捨て人として粗末な修道院へと送られ、その状況に心を病み、周りを怨んで憤死してしまったのです。
お祖母様は最後に『サリア、もう愚息の言うことなぞ聞くでない。あなたの幸せだけを追い求めなさい』そう仰いました。
なので、わたくしはこれ以降の領主教育は終了させて頂きますわ」
当然決定事項として高らかに宣言をして、顎を上げた生意気な顔を見せた。
「は、は、はああああ?な、何を、お前は何を言っているのだ。お前がこの家の跡継ぎだろう。
領主教育を受けるに決まっているだろう。
夢を根拠に下らない、母の、お前の祖母の名まで出して何を言っているのだ。勝手を言うな、そんな勝手を許す訳無いだろう!」
想像を絶するサリアの言い草に、父は目を見開いて驚き、次の瞬間激昂した。
「しかし、わたくしのスペアである妹のセリアはその教育を受けていないようですが」
父の激昂なぞまるっと無視して、半目を向けて問いかけると
「セリアは嫁ぐ身だ、お前とは違う」
またも父が大きな声で答えた。
「例えば私が今回このまま死んでいたら、嫡女はセリアに移るのでしょう?その為のスペアなのですから。それなのに、彼女は教育を受けなくて宜しいの?
お祖母様は余りにこの世が辛ければ、連れて行って下さるとも仰って居ましたわ」
その問いかけに、父はウッと答えに詰まり忙しなく目を泳がせていた。
それはもしこのままサリアが目覚めなかったらどうしよう、と、この3日間夫婦で何度も話し合い考えていたが答えが出ずにいた困り事、ズバリそれ!であったから。
「セリアには淑女教育をしているのよ、あなたとは学ぶことが違うだけ」
母が隣から返答した。
「淑女教育ならばわたくしも受けておりますわ。サリバン先生が淑女教育の家庭教師、ルーズベルト先生が領主教育の家庭教師。つまり2倍の教育をわたくしは受けております。スペアは片方で宜しいの?
さてお母様、領主教育を受けたことは?」
「いえ、無いわ。ある訳無いでしょう、私は兄が居ますもの。淑女教育をきちんと受けました」
「ではお父様、淑女教育を受けたことは?」
「私が受けるわけ無かろう、男の私に淑女教育を施す訳がなかろう。当然、私も、公爵の兄も領主教育を受けたに決まっているだろう」
「でしたら、なぜわたくしには両方を?わたくしがもし死んでいたら今から妹に教育を致しますか?
わたくしが領主教育を受け始めたのは3つの時からだと記憶しておりますが妹はもう6つ。
お父様は伯父様と同じ教育を受けたのでしょう、スペアですもの。であれば、セリアにも同じ教育が必要なのでは?」
サリアが両親を見据え、淡々と言い返した。
娘のその態度が癪に障ったようで
「セリアには必要有りません。もしそうなったら、領主足るキチンとした伴侶を得れば良いのですから。あなたが口出しすることではありません」
と、母がヒステリー気味な声で力強く言い切った。
「そうですか。なら、わたくしにもキチンとした伴侶とやらを得れば良いのでしょうね。それとも、私には得られないのですか?そのキチンとした伴侶とやらは」
小首を傾げて顎に指をあて目を細めてみせた顔つきは、とても8つの子供とは思えない迫力のあるもので、父も母もグッと喉が詰まって二の句が継げなくなった。
そんな両親の様子なぞ気にも止めずにサリアは大人びた口調で
「どうせ後2年もすれば弟が生まれるのです。さすれば嫡女から下ろされて、今度は家門の為になる家へと嫁ぐようにと言われるのです。長子が優先相続であるこの国で。今みたいにあれこれと言い訳とも言えないような屁理屈をたくさん言い並べて。
その時になったら『嫡女教育もしてありますから領主としての執務も行えます』なんて嫁ぎ先に言うのでしょう?それを理由に私を娶る家ならば、選ばれた伴侶とやらは当然、貴族家の当主としては教育も貴族の矜持も、些か足りない方でしょう。
だって多くの女性は領主教育なぞしてなくても嫁いで行くのですものね。
わたくしの日々の努力を軽く見て親の権利を振り回す、お父様、そんな未来なぞ、ご遠慮申し上げますわ」
話す内容の是非は兎も角、キッパリと言いきり、威圧的な深い笑みまでして見せた娘に背筋に冷たい汗が流れ落ちた。
それは幼い時に母に叱られた時の感覚と同じようであった。
娘の表情をよくよく見れば、その顔は社交界でよく見かける侮った相手に向ける表情だと気がついて、しばらく両親共に固まって黙り込んだ。
娘の話を反芻していれば、聞き捨てならない事柄があったことに気がついて、
「なんだ、その言葉遣いは。お前の教育はどうなっているんだ!」
父が拳を握りしめてまたもや大きな怒鳴り声をあげたのだった。
「お父様、気にされるのは言葉遣いなの?それ以外は気にならないのかしら不思議ねえ」
父の怒声なぞ気にもかけずにサリアは呑気な感想を述べた。
しかし、母はサリアが言った男児誕生と言う単語を拾って、
「え?ほんとうに?」
と小さく呟いたので、
「本当ですよ。再来年の夏には元気な男の子が生まれますわ。
お二人の色味そのままを持って生まれるのです、金髪碧眼のセドリック・スペンティアラが」
サリアは神殿の巫女のように予言めいて告げたのだった。
この人の変わったようなサリアの姿に恐怖を覚えて、再度診察をさせたが別に病気は発見されず、寧ろ医師からは、幼い時から両親から離されて教育を詰め込まれた為のストレスによるものではないかと忠告を受け、遅れてきた反抗期も重なっているのではないかと家庭教師たちも使用人たちも口々に言うので、結局、サリアの領主教育は中止されることになった。
居心地が悪くなったからか、翌日には両親とセリアは王都に帰り、また領地ではサリアだけが残された。
けれども別に状況が変わった訳では無いし、教育より情緒を育てるようにとの指示もあり、子供らしい時間を持てるようになったのだった。
「ルーズベルト先生、領主教育には興味が無いのですが、何か将来に役に立つようなお勉強はしたいと思いますの」
「そうですか。では、語学と算術は必須ですね。後は、社会情勢を知るようなことでしょうか」
目覚めてから急に大人びて、自分の意見を言うようになったサリアに対して、ルーズベルトは戸惑いながらも厳しい教育を止めて人間形成を目指すように寄り添うようになった。
以前からサリアに親身になって仕えていた淑女教育担当のサリバンとメイドのルーシーは、
「本当に前当主様から未来の天啓を得たのですか?」
なんて聞いて来るので、
「ええ、そうよ。色々これから起こることを教えて貰ったわ。
皆に信じてもらえるように、では何か言っておきましょうか。
え~とね、来年、この国レクスタリア王国の、国王陛下が代わるのよ」
そんなサリアの四方山話を、部屋の角で見守っていたルーズベルトの耳にも入ってきたので、
「サリア様。そんな国王の崩御を告げるのは不敬ですよ!お止めください」
と厳しい言葉で注意した。
「あら、先生ったら崩御なんて言ってませんわ。陛下がご自身でセスナを操縦して駐レ大使夫人を乗せて南の島へと出奔してしまうのですわ。世紀の恋、王冠をかけた恋と連日新聞を賑わすのです」
サリアの言い出したとんでもない話に、その場にいた者たちは、
「まあまあ、それは巷で人気の恋愛小説のような物語ですわね。しかし、まだ8つのお嬢様には恋愛小説はちょっとお早いので読むのはお止めくださいませ。すこーしおませさんが過ぎますわね」
なんて苦笑して決して信じていなかった。
のだが、一年後にサリアが言ったことそのままの王室スキャンダルが起きて連日新聞紙面を飾ったので、これは笑い事では済まされないと、ルーズベルトから家令へと話が上がり、サリアから詳しい話を聞くことになったのだった。




