レクスリア王国のその後
黒い車で走り去ったサリアは、王都の北にある港から大型客船に乗り込んだ。
そこには領地でサリアを慈しみ育ててくれた家令を始め、メイドや護衛、庭師、料理人と邸の顔馴染みが出迎えてくれた。
勿論、ルーズベルトとその甥『ノヴァ商会』会頭以下事務官として派遣されてきてくれていた優秀な彼らも多数乗船していた。
「お待ちしておりました、サリア様。後から女官を辞職して各地の商会へと訪ねて来る者たちもおりますから、今後まだまだ人数は増えていくと思いますが。当面はこのメンバーで新天地へと向かいます。いえ、心配には及びません。かの地ではもう何年も前からサリア様が来られることを想定して、準備しておりましたから」
ルーズベルトの横で同じ色味の若い男がゆっくりと頷きながら話しかけた。
「ロバート、ご苦労様。色々世話をかけたわね。これからもよろしくお願いね。皆も共にあってくれて嬉しいわ。これからも宜しくね」
サリアの挨拶が終わった、丁度その時に汽笛がぽっぽーと鳴らされて、ゆっくりと船が出港していったのだった。
婚約を結ぶ席で、サリアは女王と二人向かい合っていた。
「サリア、お前がエレノアから天啓を得たと言うのは本当か」
女王が人払いをしてまで聞きたがったこと、それが祖母エレノアのことであった。
祖母エレノアは女王の叔父の婚約者に王命で決められていたのだが、海を挟んだ隣国からの婚姻の打診を受けて婚約を解消した経緯があった。
当時は大陸に新勢力が台頭してきて、国家間の緊張状態が今とは考えられないほど高まっていた時期であったので、大国との結び付きを考えれば貴族として異論はないものだったが、公爵家の力を削ぎたい王宮に蔓延る悪意が、エレノアに有りもしない不貞だの散財だのと言った罪状を掲げて王国中の貴族が集まる大夜会での婚約破棄宣言と断罪であった。
多くの貴族令嬢なら青ざめて震えて泣き濡れるのが当然であるが、エレノアは鼻で嗤って、罪状の穴を一つ一つあげ連ね、逆に王族とそれに群がる中央貴族の不正を暴いて見せた。
そして、婚約破棄を受け入れて、スペンティアラ家の女公爵として一族の当主となることをその場で国王に認めさせて、領地へと引っ込んだのである。
その後、エレノア女公爵が王家主催の行事に顔を出すことは一度もなく、夫の公爵代理が王都での業務の全てを引き受けていたのだった。
その話を家令から聞いて知っていたサリアは、女王に慎重に答えた。
「陛下、わたくしが8つの年に亡くなった祖母と話したと言うのは事実ですが、証明は出来ないのですが」
その答えにうんうんと頷いて女王は、
「エレノアには先見の力があった。これは当時私の祖父から聞かされた話だ。
総領娘のエレノアを王妃にと請うにはそれ相当の理由があると言って。
私は彼女から直接『良く良く帝王学を学ばれよ』と言われた。当時は王位継承権の低い私に何を言っているのだと思ったが、その通りになった。
叔父には、『貴方は女難の相が有るわね、まあ自業自得な所も有るし、しょうがないわね』なんて言っていて、初対面から険悪だったがね。かの方は彼女の力を眉唾と言って信用していなかったから。だが、思い返せば確かに女難の相、娶った王女は護衛騎士と密通していたし世紀の恋の相手はハニートラップ要員だったのだから。生んだ王子もその出自がハッキリしないのだから隣国へ送り返すしかなかったしな」
そんな話をしたのだった。
それからサリアは祖母から伝えられた女王への伝言を告げた。
「『出来るだけ、出来るだけ貴女が長く長く王位に就いていなさいよ。貴女が去ったら国の権威が失墜し国体が揺らぐのだから頑張ってね、マーティ』そう言ってましたけれど。王太子殿下の妃になるのは私ではなく妹のセリアです。直ぐに年子で王子を生むそうですよ」
女王は長くながーく息を吐いて、
「本当に、本当にそう言ったの?あの、お花畑キャサリンそっくりなセリアが王妃だなんて!」
顔を手で覆って天を仰いだのだった。
アルベールとサリアの婚約は破棄され、その後セリアと直ぐ様婚約を結び直した。
その一年後、デビュタントを終えたばかりのセリアは純白のウエディングドレスを纏って結婚式を行った。
その腹には既に子が宿っていたのだった。
「ハネムーンベイビーですって!誕生の発表を遅らせたのね。とても新生児に見えないのだけれど」
新聞に載った甥の写真を見ながらサリバンに話しかけた。
「それはそうでしょう。本当の誕生日を告げたら王太子殿下は成人前の少女に無体を働いたことになってしまいますもの。デビュタントの翌週に結婚式なんて初めて聞きましたわ」
サリバンが片方の眉を器用に上げて嘲笑して言った。
「あの不貞の間はまた模様替えされたのかしら」
「ええとてもラブリーに替えられたと聞いておりますわ」
サリバンの隣には、元女官のジュリアが同じような顔で答えた。
「まあまあ、アルベール様ってストライクゾーンの広いこと。妖艶な愛人と幼妻って男性の理想なのでしょう?」
サリアがルーズベルトに問いかけると、
「ん、ん。それはどうでしょうか。レクスリア王国での王太子殿下の支持は非常に低いそうですよ。祖国の未来が暗いのは些か悲しいですね」
そうはぐらかされた。王太子とルーズベルトはだいたい同世代なのに。
「大丈夫よ、レクスリア王国は女王陛下の御代が長く続くのだもの。アルベール殿下が王位に就く頃、私はもうお祖母ちゃんになってるわよ」
サリアの言葉に部屋の者がみなが顔を見合わせて笑った。
「サリア様がお祖母ちゃんなら私たちはもう生きておりませんね、それなら心配ない」
サリアがあの応接室で語った世界は、身分制度が前時代的な遺物となる世界であった。
古い因習に囚われず自己の幸福を願って良い時代が来る、その言葉を指針に新大陸へ渡った。
当然経済の中心地はコメリカ共和国へと移り、この地は力と富に沸く地となったが、反対に大帝国と言われたレクスリア王国、その周辺国も含めて旧大陸は影を落としていた。
大貴族だったスペンティアラ家も例外ではなく、穀物や土地よりも金、現金が優先される社会に浪費することしか興味の無かった両親は領主代理を首になったと言う。
代わりに領地へと向かった公爵家の次男も領地振興が上手くいってないようだ。
王太子妃となったセリアはまだ気がついてないが、その内嫌でも思い知るのだろう。
あの蛇のようなアルベールの執着を纏った夫人がセリアをその愛欲沼に引きずり込んで弄ぼうと目を細めて狙っていることを。
しかし、カリアもまた気がつかないのだ、そう言う前時代的な男女の駆け引きと醜聞に国民が拒否反応を起こし、いずれ自分の首を絞めることになることを。
長い長い未来のレクスリア王国が向かう混沌。
それを知るのは、サリアと女王の二人だけ。
『頑張ってマーティ』そんな祖母の無責任なエールを胸の中で送って、サリアは新聞を畳むのだった。
サリアの祖母エレノアの話の短編を投稿致しました。そちらも併せてお読みいただければ幸いです。




