第8話 友達も作ります
朝霧ひまりのSNSアカウントが順調に育っていく中で、俺はある重大な欠陥に気がついてしまった。タイムラインをスクロールして過去の投稿を振り返ると、ひまりは常に一人なのだ。自撮り、風景、手元のアップ。たまに他人が写っていても、それは通行人や名前のないモブキャラの背中だけ。
設定資料の第三ページ、交友関係の項目にはっきりと「友達三人」と書かれているにもかかわらず、だ。
俺は急いで美咲のデスクに向かった。
美咲さん、ひまりの友達三人をそろそろ登場させないと、フォロワーに、ひまりちゃんって実は学校でぼっちなのでは、と疑われかねません。
美咲は同意し、すぐさまサブキャラクター制作会議が開かれることになった。
会議室には俺、美咲、同僚の神谷、そして当然のように修正の鬼である部長が揃っていた。
たかがサブキャラの友達三人に、わざわざ会議を開くんですか、と神谷が呆れたように言うと、部長が持っていたバインダーで机を叩いた。
たかがサブキャラだと。友達の質が主人公の解像度を決めるんだ。ひまりがどんな子たちとつるんでいるかで、彼女自身のスクールカーストや性格の裏付けが変わってくる。類は友を呼ぶという言葉があるだろう。友達を見れば、ひまりがどういう人間かがより立体的にフォロワーに伝わる。絶対に手を抜くことは許さん。
こうして、いい年をした大人四人による、存在しない女子高生三人の命を創造する神々の会議が幕を開けた。
まず一人は活発な運動部。バスケ部の夏海。ひまりが吹奏楽部で文化系なので、動と静のバランスを取るためだ。日焼けした肌に、ショートボブ。声が大きくて、少しガサツだけど友達思いという設定。
もう一人は真面目な優等生。図書委員の結衣。ひまりは数学が苦手という設定なので、テスト前に勉強を教えてくれる存在が不可欠だ。黒髪のストレートで、少し大人びた雰囲気を持つ。
最後の一人は、流行に敏感なミーハー女子。莉子。彼女がいれば、休日に話題のカフェへパンケーキを食べに行ったり、ショッピングに行く理由付けがしやすくなる。企業案件の際にも、莉子が持っていたから気になって買った、という自然な導線を作ることができる。
名前、身長、髪型、性格、ひまりからの呼ばれ方。すべてがホワイトボードにびっしりと書き込まれていく。俺たちはまるで、娘の将来を真剣に話し合う家族のようだった。
夏海の髪の長さはショートボブだ。ひまりがセミロングだからシルエットが被らないようにしろ、と部長が指示を飛ばす。
結衣の眼鏡は、あまり派手なフレームだとアニメのキャラクターっぽくなりすぎるので、細身のシルバーか、べっ甲柄の目立たないものにしましょう、と美咲が冷静に補足する。莉子の制服の着こなしは少しルーズにして、第一ボタンは開けておく設定で統一しよう、と俺も提案した。
文字としての設定が決まれば、次は画像生成だ。しかし、ここで俺はAI画像生成における最大の壁、いや地獄にぶち当たることになった。複数人の同時生成である。
一人なら完璧に描ける最新のAIも、三人、四人と画面内の人数が増えると途端に情報量が飽和し、破綻をきたすのだ。
最初に出力された画像を見て、俺は悲鳴を上げた。
うわあっ、夏海の腕が三本ある。しかも結衣の顔がのっぺらぼうになってるぞ。
隣で覗き込んでいた神谷が吹き出した。
おいおい、莉子とひまりの髪の毛が融合して、一つの巨大な生命体みたいになってるじゃないか。ホラー映画のクリーチャーかよ。
笑い事ではない。AIは文脈を理解しているわけではなく、ただ確率的にピクセルを配置しているだけだ。四人の特徴を完全に分離して一枚の絵に収めるのは、至難の業だった。俺はプロンプトを細かく区切り、キャラクターごとに座標を指定し、部分描画の機能を駆使して一人ずつ慎重に出力していく。
さらに、背後には腕を組んだ部長が立っており、容赦ないツッコミが飛んでくる。
四人が並んだ時の身長差がおかしい。設定ではひまりが百五十八センチ、夏海が百六十五センチだ。この画像では夏海が巨人に見えるぞ。やり直し。
はい。
窓からの光の当たり方が四人でバラバラだ。夏海には右から光が当たっているのに、隣の結衣には左から光が当たっている。これでは合成写真を通り越して心霊写真だ。環境光を統一しろ。
はい。
制服のスカートの丈。莉子は流行りに乗って少し短め、結衣は校則通り。そういう細部の違いでキャラクターを描き分けろと言っているだろうが。なんで全員同じ長さになっているんだ。
ただでさえひまり一人の制服のシワ一つで半日持っていかれるのに、それが四人分である。計算量は四倍どころではない。一人を修正すれば別の誰かが崩れ、光を直せば背景が歪む。俺の脳内コンピューターは完全にオーバーヒート寸前だった。神谷が横で、俺のキャラは基本ソロで無心に筋トレしてるから楽でいいわ、と笑っているのが無性に腹立たしかった。お前の筋肉もそのうち四本腕にしてやろうか。
徹夜明けの朝日がオフィスに差し込む頃、俺の目は血走り、意識は朦朧としていた。しかし、画面の中にはついに、一枚の奇跡的な画像が完成していた。
放課後のファストフード店。テーブルの上に無造作に置かれたフライドポテトと、飲みかけのカラフルなジュース。笑い合う四人の女子高生。中央でピースをするひまり、その肩に腕を回して大きく笑う夏海、呆れたように微笑みながらポテトをつまむ結衣、そしてスマホのインカメラで自分たちの様子を撮影している莉子。
光の加減、それぞれの身長差、制服の着こなしの違い、手元や指先の不自然さのなさ。どれも完璧だ。どこからどう見ても、放課後を満喫するリアルな高校生たちの、何気ない日常風景だった。
俺は震える指で投稿文を打ち込んだ。
テスト終わったー。いつもの四人でファストフードなう。結衣に数学教えてもらったおかげで今回は赤点回避できたかも。夏海はポテト食べすぎだし、莉子は相変わらず自撮りばっかり笑。みんなお疲れ様。
送信ボタンを押す。その瞬間、俺はデスクの上に突っ伏した。
数分後、スマートフォンの通知が滝のように流れ込んできた。
ひまりちゃんのお友達、初めて見た。みんな個性的で可愛い。
いつもの四人組って感じがしてて尊い。高校生活楽しんでるね。
赤点回避おめでとう。結衣ちゃん様々だね。次は夏海ちゃんの部活の試合の投稿も見たいな。
フォロワーたちは、突如として現れた三人の友達を、何の疑いもなくひまりの日常の一部として受け入れてくれた。それどころか、彼女たち自身のファンになりそうな勢いだ。
美咲が温かいコーヒーを俺のデスクに置いてくれた。
お疲れ様。すごく自然でいい写真ね。フォロワーも、ひまりがちゃんとお友達と青春しているのを見て安心したみたいよ。これでアカウントの幅がぐっと広がるわ。
部長も無言で俺のデスクのそばを通り過ぎる際、俺の肩をポンと一度だけ叩いて自席へ戻っていった。彼にとっての最大の賛辞である。
友達を作る。現実世界でも決して簡単なことではないが、AIの世界で友達を作るのは、それとは全く別の次元で死ぬほど大変だった。
だが、画面の中で楽しそうに笑うひまりと三人の友達を見ていると、俺まで高校時代に戻って、放課後の他愛のない時間を過ごしているような、不思議なほど温かい気持ちになった。
俺が徹夜で作った、データだけの偽物の親友たち。でも、ひまりにとっては、かけがえのない青春の1ページなのだ。
次は休日に四人で遊園地に行く設定ですかね。お揃いのカチューシャとか着けさせて。
俺がコーヒーをすすりながら呟くと、美咲が冷たく言い放った。
遊園地。屋外の複雑な背景に、四人の動的なポーズ、さらに日差しの変化やアトラクションの影の落ち方を計算して生成するのよ。死ぬ気でやりなさいよ。
俺は自分の不用意な発言を激しく後悔した。友達が増えるということは、つまり、日々の修正地獄の労力が四倍になるということなのだ。俺の思いつきが、自らの首を絞めていく。俺のAI高校生活は、ますます過酷さを極めていくのだった。




