第7話 広告って難しい
フォロワー数が一千人を突破した余韻も冷めやらぬうちに、俺たちAI人格運営担当に新しいミッションが下された。企業案件、つまり広告である。
株式会社ライフログAIの主な収益源は、企業からのSNSマーケティング依頼だ。フォロワーを抱える架空のキャラクターに、企業の商品を宣伝させる。現実のインフルエンサーに依頼するよりもスキャンダルのリスクがゼロであり、狙ったターゲット層に的確にアプローチできるという強みがあるらしい。
俺の担当する朝霧ひまりにも、初めての案件が舞い込んだ。商品は、ドラッグストアで少し高めの価格帯で売られている、新作のボタニカルシャンプーだった。
俺は気合を入れて画像生成に取り組んだ。シャンプーのボトルを顔の横で持ち、カメラ目線で完璧な笑顔を向けるひまり。背景は明るい洗面台。そして、投稿文も丁寧に考えた。
この新作ボタニカルシャンプー、すごく泡立ちが良くて髪がサラサラになります。シトラスハーブの香りも最高。みんなもぜひ使ってみてね。PR。
完璧だ。どこからどう見ても立派な広告である。俺は自信満々で、投稿前のチェック担当である美咲のデスクへ向かった。
美咲はモニターに映った俺の力作を一瞥すると、深いため息をついた。その表情は、期待外れの新人を見るそれだった。
雨宮さん、これステマじゃないですか?
俺は慌てて反論した。
違いますよ。ちゃんと文末にPRって付けてますから。法律的にも規約的にも問題ないはずです。
美咲は眼鏡を押し上げ、冷たい視線を俺に向けた。
そういう話をしているのではありません。これは広告ですよね?
ええ、広告です。だから商品の良さをしっかりアピールして、おすすめだと伝わるように書きました。
美咲は首を横に振った。
体験を書くだけです。おすすめではありません。
俺は混乱した。
おすすめじゃない? 広告なのにですか? 買ってほしいから宣伝するんじゃないんですか。
美咲はパソコンのキーボードから手を離し、俺の方に向き直った。
いいですか。このアカウントの主役は、あくまで朝霧ひまりの高校生活です。広告が主役になってはいけません。生活の中に、商品を自然に入れてください。
自然に入れる。口で言うのは簡単だが、シャンプーなんていう明確な商品をどう自然に持ち込むのか。俺が頭を抱えていると、騒ぎを聞きつけた部長が音もなく現れた。
雨宮。お前が作ったこの画像、シャンプーのボトルのピントが合いすぎている。それに、高校生が自分の顔の横で商品を持って自撮りをするか? 芸能人じゃあるまいし、不自然極まりない。
部長の指摘は、いつものように容赦がなかった。
では、どうすればいいんですか。商品を宣伝しないと、クライアントから怒られるんじゃないですか。
部長は鼻で笑った。
宣伝するなとは言っていない。宣伝臭を消せと言っているんだ。フォロワーは、ひまりの日常を見に来ている。突然テレビショッピングが始まったら、興ざめして離れていくぞ。商品を日常の風景の一部にしろ。
俺は自分のデスクに戻り、途方に暮れた。日常に溶け込むシャンプーの広告。神谷が缶コーヒーを片手にやってきて、俺のモニターを覗き込んだ。
案件か。最初は戸惑うよな。俺の筋トレキャラの時は、プロテインの案件だったんだけどさ。
プロテインなら、筋トレキャラにはぴったりじゃないか。
そう思うだろ? でも、お前みたいにプロテインのパッケージをどーんと前に出したら、部長に激怒されたよ。だから、あくまで今日のトレーニングの記録を主役にしたんだ。汗だくでベンチプレスをしてる画像にして、プロテインのシェイカーは画面の隅にぼやけて写ってるだけ。文章も、今日は胸の日。限界まで追い込んだ。最近変えたこのプロテイン、粉っぽくなくて飲みやすいから助かる、って、ついでみたいに書いたんだ。
なるほど、ついでか。
そういうこと。フォロワーはプロテインの宣伝じゃなくて、筋トレを頑張るアイツの日常に共感して、結果的に商品に興味を持つんだよ。
神谷のアドバイスを胸に、俺はひまりの文脈でシャンプーをどう登場させるか考えた。
ひまりは高校二年生で、吹奏楽部だ。今の季節は初夏。部活の練習が終われば、当然汗をかいているだろう。そして、このボタニカルシャンプーは、高校生のお小遣いで買うには少し高い。
俺はメモ帳にアイデアを書き出していった。
よし、シャンプーはひまりが自分で買ったのではなく、母親が買ってきたという設定にしよう。そうすれば、高校生が少し高めのシャンプーを使っている理由に説明がつく。
俺は再び画像生成のプロンプトを打ち込み始めた。
シャンプーのボトルをメインにするのはやめた。洗面台の鏡越しに映るひまり。髪は濡れていて、首にタオルを巻いている。お風呂上がりのリラックスした表情。シャンプーのボトルは、洗面台の端に何気なく置かれているだけ。ピントはあくまで、鏡の中のひまりの少し疲れた、けれど充実した表情に合わせる。
そして、濡れた髪の質感表現だ。これは部長が最も厳しくチェックするポイントの一つである。水分の重みで毛束がどうまとまるか、光がどう反射するか。俺はAIのパラメーターを微調整し、何度も出力を繰り返した。
数時間後、ようやく納得のいく画像が完成した。次は文章だ。宣伝臭を消し、ひまりの日常として出力する。
今日の部活、コンクールの曲の通し練習でめちゃくちゃ汗かいたー。帰ってお風呂直行。お母さんが新しく買ってきたシャンプー、シトラスハーブのいい匂いがしてちょっとテンション上がった。明日も朝練頑張ろっと。PR。
俺はこれを美咲と部長に提出した。
部長は画像をじっくりと見つめた。
タオルのパイル地の立体感と、濡れた髪から落ちる水滴の軌道が少し甘いが、まあ許容範囲だ。文脈は合格。お母さんが買ってきたという設定で、高校生らしいリアリティが出ている。投稿してよし。
美咲も頷いた。
これなら、フォロワーもすんなり受け入れてくれるはずよ。お疲れ様。
投稿ボタンを押すとき、俺は妙な達成感を感じていた。ただの画像生成ではない。ただの文章作成でもない。キャラクターの人生というキャンバスに、企業の商品という異物を、いかに自然な絵の具として馴染ませるか。これはもう、高度な心理戦であり、広告代理店も顔負けのマーケティング戦略だ。
投稿から数分後、すぐに反応が返ってきた。
お風呂上がりお疲れ様! 明日も朝練ファイト!
そのシャンプー、ドラッグストアで見かけて気になってたやつだ。いい匂いなんだね、私も買ってみようかな。
俺は小さくガッツポーズをした。フォロワーは、宣伝だとは分かっていながらも、ひまりの日常の一部として商品を受け入れてくれたのだ。
俺が作った架空の女子高生のつぶやきが、現実の誰かの購買行動を動かしている。その事実が、少し怖くもあり、同時にゾクゾクするような快感でもあった。
AI技術を使って、存在しない人間の存在しない日常を作り出し、そこに実在する商品を忍び込ませる。俺はなんだか、とんでもないペテン師にでもなったような気分だった。
雨宮、ニヤニヤして気持ち悪いぞ。
神谷が通りがかりに声をかけてきた。
いや、なんか、俺たちってすごい仕事してるんじゃないかと思って。
神谷は苦笑いした。
すごい仕事っていうか、因果な商売だよな。嘘をつくために、誰よりも現実に詳しくなきゃいけないんだから。
確かにその通りだ。嘘の日常を本当らしく見せるために、俺たちは現実の高校生の生態や、季節の移り変わり、そして商品のターゲット層の心理まで計算し尽くさなければならない。
次の案件はなんだろうか。文房具か、それともお菓子か。どんな商品が来ても、俺はひまりの日常に完璧に溶け込ませてみせる。
制服のシワに命をかけ、広告を日常に偽装する。これが、株式会社ライフログAIでの俺の日常だ。
夜のオフィスで、俺は次の投稿のネタを考え始めた。案件ばかりではアカウントが荒れてしまう。明日は、数学の小テストで赤点ギリギリだったという、他愛のない失敗談でも投稿しよう。
そうやって、少しずつ、少しずつ、朝霧ひまりという仮想の命を育てていくのだ。それが、俺の高校二年生としての、新しい青春の形だった。




