第23話 一年を振り返る
四月の足音が聞こえる頃、株式会社ライフログAIのオフィスでは、朝霧ひまりのプロジェクトの総括と、これまでの軌跡を振り返る作業が進められていた。
最初から一年間という期限が決まっていたこのプロジェクト。そして未成年のSNS投稿が法律によって禁止されるというタイムリミットが重なったことで、私たちは新しい投稿を続けることができなくなる。だが、それはすべての終わりを意味するわけではなかった。
なあ雨宮、ちょっとこれを見てくれよ。
隣の席から、神谷が自分のモニターを指さしながら声をかけてきた。そこには、一年前に投稿された記念すべき最初の写真が映し出されていた。制服のシワが少し不自然で、画質も今と比べれば荒削りだったその一枚。あの頃は、ただ手探りで架空の少女を演じさせ、どうにかして実在感を持たせようと必死になっていた。
懐かしいな。初めての投稿のときは、こんなにフォロワーが増えるなんて思いもしなかったよ。
俺がそう言うと、神谷はふっと笑った。
そうだな。でも、俺たちがここまで必死にやってきたのは、ただ新しい投稿を続けるためだけじゃないだろ。新しい投稿はできなくなるけど、これまでの過去の投稿分はすべてそのままアーカイブとして残り続ける。それこそが、俺たちが最初から狙って積み上げてきたものなんじゃないのか。
神谷のその言葉に、俺は深くうなずいた。
そうだ。新しい投稿は止まる。しかし、これまでに私たちが作り上げてきた百五十ページを超える設定資料の数々と、そこに紐づく数え切れないほどの日常の断片、そして何万人ものフォロワーたちと共有してきた思い出のタイムラインは、消えることなくネットの海に残り続ける。
いつでもそのアカウントを開けば、ひまりはあの放課後の教室の窓際にいて、夕日を浴びながら少し照れくさそうに笑っている。夏海や結衣や莉子たちと笑い合った日々の記憶も、クリスマスのイルミネーションの輝きも、受験勉強の深夜の焦りも、すべてが色褪せることなくそこに保存され続けるのだ。
美咲が資料の束を抱えながら、穏やかな足取りで私たちのデスクにやってきた。その表情には、やり切った者だけが持つ晴れやかな笑みが浮かんでいた。
神谷くんの言う通りよ。私たちは、その瞬間の流行を追うだけの使い捨てのアカウントを作ったわけじゃない。一年間という限られた時間の中で、誰かの心の中にずっと残り続ける永遠の青春をアーカイブとして刻み込みたかったのよ。だから、投稿ができなくなるからといって悲しむ必要はないわ。
美咲の言葉に、オフィスにいた全員が静かに同意した。
部長もいつの間にか自分の席から立ち上がり、私たちを見渡しながら低い声で言った。
規約の変更や法律の施行によって新規の書き込みは停止される。だが、我々が構築した世界観の密度と、フォロワーたちの心に刻まれた記憶は消えん。過去の投稿がアーカイブとして残り続ける限り、朝霧ひまりは永遠に生き続ける。見事な仕事だったな。
部長のその言葉は、この一年間の苦労のすべてを肯定してくれた気がした。
俺は自分のモニターに向かい、ひまりのアカウントの最初から最新までのタイムラインをゆっくりとスクロールしていった。上から下へ、下から上へと流れる画面には、一人の少女が確かに生きて、成長してきた足跡が美しく刻まれている。
初めての買い食い、文化祭の喧騒、修学旅行の夜、フォロワー一万人突破の歓声、そして受験に向けた真剣な横顔。そのすべての瞬間が、まるでアルバムのページをめくるように鮮やかによみがえってきた。
投稿はできない。しかし、過去の投稿分はすべて残り続ける。それを狙って、私たちは細部にまでこだわり、一ミリの妥協も許さずにこの世界を作り上げてきたのだ。消えていく儚い幻ではなく、いつまでも誰かの心の中で息づく記録として、ひまりの物語をそこに残すために。
残り少なくなった時間の中で、私たちは過去の投稿を一つずつ見返し、自分たちが作り上げてきた奇跡のような一年間の重みをかみしめていた。窓のないオフィスは相変わらず静かだったが、そこには確かな達成感と、温かい満足感が満ちていた。
いよいよ迎える最後の瞬間へ向けて、私たちは静かに、しかし誇らしげに最後の日々を過ごしていた。




