第22話 もうすぐ投稿禁止
三月の終わり、春の暖かさが感じられるようになった頃、株式会社ライフログAIのオフィスには、慌ただしさとどこか静かな覚悟が入り混じった空気が漂っていた。朝霧ひまりのアカウントがフォロワー一万人を突破し、絶好調の盛り上がりを見せる中、私たちはついにこのプロジェクトの終わりを告げる決定的な通達を受けることになった。
朝一番の全体会議で、部長は硬い表情でホワイトボードの前に立っていた。オフィスの空気は引き締まり、誰もが静かに部長の言葉に耳を傾ける。
全員、よく聞いてくれ。本日は、朝霧ひまりをはじめとする全AI人格アカウントの運用に関する、最終の終了日についての伝達だ。すでにあらかじめ承知している通り、このプロジェクトは企画の立ち上げ当初から一年間限定の実験的契約としてスタートしていた。そして、それに加えて未成年のSNS投稿を全面的に禁止する新法案の施行時期が前倒しされたことにより、我が社が運営してきたすべての未成年キャラクターアカウントは、今月末をもって完全停止となった。
部長の言葉に、フロアの誰も驚く者はいなかった。
そう、この一年間という期限は、私たちがこのプロジェクトを立ち上げた最初の日から全員が知っていたことだった。高校二年生の春から始まり、三年生へと進級するこのタイミングこそが、最初から予定されていた終わりの時なのだ。未成年のSNS投稿禁止という現実の法律の壁が重なったことで、その幕引きのスケジュールが確実なものになったに過ぎない。
神谷は自分のデスクでコーヒーカップを置き、静かにうなずいた。
分かってるさ。最初から一年だけの命だって承知の上で、このひまりを育ててきたんだからな。法律の規制が厳しくなる前に、綺麗な形で完結させられるなら、それはそれで悪くないさ。
神谷の言う通りだった。私たちは、終わりが見えないままダラダラとキャラクターを続けさせるのではなく、あらかじめ決められた一年間という期限の中で、最高の物語を紡ぎ切るためにこの仕事を引き受けたのだ。
美咲は自分のデスクから資料を抱えて歩いてきて、穏やかな笑みを浮かべた。
そうね。終わりが最初から決まっていたからこそ、私たちは妥協せずにここまで走り抜けられたのよ。中途半端に引き延ばしてキャラクターが崩壊するよりも、一番輝いているこの瞬間に綺麗な幕を下ろすことこそが、私たちがやるべきプロの仕事だわ。
美咲の言葉に、私も深く同意した。
新人研修の時に初めてひまりの制服のシワを調整した日から、文化祭で大バズりした夜、修学旅行の部屋の光の処理に頭を悩ませた日々、そしてフォロワーが一万人を突破して焼肉を食べに行ったあの夜まで、すべての出来事が「一年間という限られた時間」の中で輝いていた。終わりが決まっていたからこそ、その一瞬一瞬が愛おしく、全力を注ぐことができたのだ。
会議が終わったあと、オフィスは再びそれぞれの作業スペースへと戻っていった。残された時間はもうわずかしかない。会社から言い渡された猶予の中で、私たちはこの架空の少女の物語をどのように着地させ、フォロワーたちに何を伝えるべきなのか。
自分のデスクに戻った私は、ひまりのアカウントのタイムラインを開いた。そこには、いつものように温かい日常の投稿が並び、フォロワーたちが何気ないコメントを寄せ合っている。画面の向こうの人々は、このアカウントがもうすぐ法律によって永遠に更新されなくなることなど、まだ知る由もない。
ひまり、お前と過ごせる時間もあとわずかだな。
私は小さく呟いた。最初から分かっていたこととはいえ、いざその終着点が目の前に迫ってくると、胸の奥からこみ上げてくる熱いものを抑えることはできなかった。画面の中で微笑むひまりの姿は、相変わらず圧倒的な実在感を放っている。
残りわずかな日数の中で、私たちがやるべきことはただ一つ。最後まで最高の一枚を出力し、最高の一文を紡ぎ出すことだ。投稿が禁止されるその日まで、私たちの作る青春の最後の一ページに向けて、ペンを走らせる手が止まることはなかった。




