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AIお仕事日誌 ~高校二年生になってください~  作者: せんちゃん


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第21話 実在感95点

二月の半ば、厳しい寒さが続く中、株式会社ライフログAIのオフィスでは、四半期に一度の全社キャラクター評価会議が行われていた。ホワイトボードには、各チームが担当するAIアカウントの「実在感スコア」がずらりと並べられている。

実在感スコアとは、そのキャラクターがどれだけフォロワーの生活に溶け込み、本当に実在しているかのような錯覚を与えられているかを数値化したものだ。コンプライアンスの遵守、設定の整合性、そして日常のノイズの再現度など、数十項目の厳格な基準をもとに算出される。

俺の担当する朝霧ひまりのアカウントは、前回の七十点台から一気に跳ね上がり、今回の評価でなんと「九十五点」を記録していた。

会議室の空気が一瞬でざわめいた。九十五点という数字は、過去に我が社が運営したどのキャラクターをも凌駕する、史上最高値だった。

前方で腕を組んでいた部長が、いつもの冷徹な視線を和らげ、小さくうなずいた。

九十五点か。見事な数字だな。朝霧ひまりは、もはや単なる設定されたデータではない。何万人ものフォロワーにとって、間違いなく同じ空気を吸い、同じ悩みを抱えるクラスメイトとして確立されている。雨宮、お前のこれまでの執念深い微調整の成果だ。

ありがとうございます、と俺は小さく頭を下げた。隣の席に座る神谷が、お前すげえなと羨ましいような、しかしどこか誇らしげな視線を向けてくれた。美咲も、よくやったわねと優しい笑みを浮かべてくれていた。

だが、九十五点という数字を手放しで喜んでいいのかどうか、俺の胸中には複雑な思いがあった。

会議のあと、自分のデスクに戻り、これまでの投稿履歴を見つめながら考える。残り五点。その五点とは何なのだろうか。完璧に作り上げられた日常、完璧に計算された失敗、完璧に管理された設定。すべてが本物そっくりに再現されているのに、なぜ「満点」ではないのか。

その答えは、案外すぐに出た。

本当の人間には、コントロールできない偶然や、誰にも予測できない不条理が存在する。しかし、俺たちが作るひまりの日常は、どれほどリアルに見えても、最終的には俺たちの手によってコントロールされた枠組みの中にある。五点分の不足、それは「本物の生身の命」という、決して越えることのできない絶対的な境界線だった。

そんなことを考えていると、神谷がひょいと俺のモニターを覗き込んで言った。

なあ雨宮、何難しい顔してんだよ。九十五点だろ? 会社の歴史に名を残すレベルの快挙じゃないか。もっと胸を張れよ。

そうだな、ありがたいことだよ。たださ、最近ちょっと怖いんだよね。フォロワーの反応がリアルすぎてさ。

何が怖いんだよ。人気があるのはいいことだろ。

いや、最近のコメント欄にこんな書き込みがあったんだ。『ひまりちゃん、もしかして俺の通ってる高校の隣のクラスにいない? 今日、それっぽい子を見かけた気がする』ってさ。

神谷はそれを聞いて、最初はきょとんとしたが、すぐに声を上げて笑った。

おいおい、それって最高級の褒め言葉じゃないか。お前が作り上げたひまりが、架空の存在を超えて、フォロワーの脳内で「実在のクラスメイト」として錯覚されてるってことだろ。都市伝説みたいなもんだよ。

笑い事じゃないさ。俺たちは架空の少女を演じさせているつもりなのに、フォロワーにとっては、ひまりはもう自分たちの世界に生きている人間なんだからな。

その時、美咲が資料を持って俺たちのデスクに歩いてきた。その表情は少し真剣だった。

雨宮くん、神谷くん、ちょっと聞いてちょうだい。実は、先ほど法務とコンプライアンスの部門から、少し注意喚起の連絡があったの。

注意喚起ですか? と俺が聞き返すと、美咲はうなずいた。

ええ。ひまりの実在感が高まりすぎたせいで、一部の熱狂的なフォロワーが、実際にひまりが通っているとされる架空の街や最寄り駅のモデルを探そうとする動きが出始めているの。もし特定作業が行き過ぎると、現実のどこかの街や学校に迷惑がかかる恐れがあるわ。だから、今後のロケーション設定にはこれまで以上に架空の要素を強めて、実在の場所と完全に一致しないように注意しなさいって。

なるほど、と俺は納得した。実在感が高すぎると面倒な問題を引き起こすらしい。

架空の存在でありながら、現実の人間のように愛される。その境界線を絶妙なバランスで保ち続けることこそが、俺たちAI人格運営者に求められる本当のスキルなのだ。九十五点という高いスコアは、その危険な綱渡りをここまで見事にやり遂げた証拠でもあった。

俺は気を引き締め直し、次の投稿の準備に取りかかった。

テーマは、受験勉強の合間に見つけた小さな春の兆し。二月の終わり、まだ寒さの残る校庭の隅で、梅のつぼみを見つけて少しだけ心が軽くなるひまりの姿だ。

プロンプトに細かな条件を打ち込んでいく。梅の木の枝の質感、冷たい風の中でのひまりの息の白さ、そしてほんの一瞬だけ見せる希望に満ちた柔らかな笑顔。

数回の試行錯誤の末、完璧な一枚が出力された。

それは、データで作られた画像であるはずなのに、確かにそこに温かい命が宿っているかのような、圧倒的な実在感を放っていた。

俺は慎重にキャプションを入力した。

校庭の隅を歩いてたら、梅の木のつぼみが少しだけ膨らんでいるのを見つけた。まだまだ寒いけど、ちゃんと春は近づいてきているんだなあ。なんだかちょっと元気をもらった気がする。残り少ない二学期、もうひと踏ん張り頑張ろう。

投稿ボタンを押す。

数秒後、いつものように多くのフォロワーからの温かいコメントが流れ込んできた。梅の木のエピソードに癒されたという声、一緒に春を待ちわびる声。

画面の向こうで微笑むひまりを見つめながら、俺は心の中でつぶやいた。

九十五点。上等じゃないか。満点に届かないそのわずかな隙間こそが、俺たちと、画面の向こうのフォロワーたちが一緒に埋め続けていくべき、無限の物語の余白なのだから。

窓のないオフィスで、俺は次の設定のページを開いた。春はもうすぐそこまで来ている。受験、そして進級という大きなイベントに向けて、俺たちの物語はさらに熱を帯びて進んでいく。

二学期制の高校は非常に少ないため、特定されやすいのに何故かその設定(笑)

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