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AIお仕事日誌 ~高校二年生になってください~  作者: せんちゃん


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第2話 高校二年生になってください

第2話 高校二年生になってください

都心の雑居ビル、その一室が株式会社ライフログAIのオフィスだった。面接当日の朝、俺はクローゼットの奥から引っ張り出した黒のスーツを着ていた。大学卒業以来、数年ぶりに袖を通したジャケットは、今の俺の体型には少し窮屈だ。肩回りが突っ張るような違和感を感じながら、俺は指定された住所のビルを見上げた。外見は古びた雑居ビルだが、中に入れば、そこは最新の技術と冷徹なまでの効率が支配する空間だった。受付嬢などという華やかなものは存在しない。エントランスには無機質なカードリーダーが設置されているだけだ。

インターホンを押すと、すぐに電子ロックが解除された。オフィス内は静まり返っており、並べられたデスクの数だけモニターが光っている。開発者たちは無言でキーボードを叩き、モニターの向こう側で動く「誰か」を管理しているのだ。空調の低い唸りと、微かなサーバーの排熱音が、この場所が普通のオフィスではないことを物語っていた。

雨宮さんですね。こちらへ。

パーテーションの向こうから現れたのは、面接のメールを寄越した美咲だった。ショートカットに知的な眼鏡、そして隙のない身のこなし。彼女は俺を奥の会議室へと案内した。ホワイトボードには、「春の制服のしわと光の屈折率」「桜の開花データと投稿のタイムラグ」といった、一見すると何のことか分からない専門的なメモがびっしりと書かれている。ここが、あの求人を出した会社の中枢なのか。俺は圧倒されながらも、パイプ椅子に深く腰を下ろした。

面接は、極めて事務的かつ、深く本質を突くものだった。美咲は、俺の履歴書など最初から見ていないかのように、俺の「人間観」を問うてきた。AI技術が飽和し、誰もが完璧な生成物を作れる時代において、なぜ「人間」が介在する必要があるのか。俺は、これまでのAIクリエイターとしての経験を総動員して答えた。技術は嘘をつかないが、物語には揺らぎが必要だ。完璧すぎるAIの出力には魂が宿らない。不完全さこそが、SNSにおいて人を惹きつけるフックになる。美咲は、その答えを聞いて、薄い唇をわずかに緩めた。

採用です。今日から、あなたには弊社の契約社員として、朝霧ひまりの運営を担当してもらいます。

あまりに淡々とした宣告だった。驚きよりも先に、ようやく生活費の心配をしなくて済むという安堵感がこみ上げてきた。美咲は、手元にあった分厚いバインダーを俺の方へ滑らせた。その表紙には、見慣れない少女の名前と、丁寧な筆致で書かれた管理番号が記されている。

これが、あなたの担当するキャラクター、朝霧ひまりの設定資料です。彼女は実在しませんが、フォロワーにとっては、画面の向こうに生きている等身大の女子高生です。一年間、彼女として生活してください。

バインダーを開くと、そこには朝霧ひまりの人生が凝縮されていた。身長、体重、血液型といった基本ステータスはもちろん、吹奏楽部での担当楽器はトランペットで、少し音を外してしまう癖があること。犬派で、近所の散歩中に見かけるゴールデンレトリバーに毎回挨拶をしてしまうこと。数学が苦手で、テストの点数が悪かったときだけ投稿頻度が下がるという細かい行動パターンまで指定されている。

ここまで詳細に決めるんですか。これでは、俺の入る余地がないのでは。

俺の問いかけに、美咲は冷徹なまでのプロの表情で答えた。

逆ですよ。ここまでは舞台装置です。あなたが入る余地は、この設定の「行間」にあります。数学のテストが悪かった日、彼女はどんな顔をして家に帰り、どんな夕食を食べるのか。その「あなたにしか描けない生活の匂い」こそが、フォロワーを増やす鍵なんです。ただ、一つだけ厳守してください。この設定を逸脱することは許されません。弊社の部長は、制服のしわ一つにも完璧を求めます。少しでもリアリティを損なう投稿があれば、即座に修正依頼が飛びますから。

バインダーを閉じる手がわずかに震えた。これはただのキャラクター運営ではない。一つの「人生」を、プロデュースする仕事なのだ。契約書を交わし、支給された専用端末を受け取る。セキュリティのため、外部接続が遮断されたこのスマートフォンが、俺と朝霧ひまりを繋ぐ唯一の命綱となる。

オフィスを後にした俺は、そのままカフェに直行した。端末の画面には、まだ真っ白な投稿画面が待っている。俺は、朝霧ひまりという器の中に、自分の魂を吹き込む準備を始めた。まずは、彼女の朝をどう描くか。二十四歳の男である俺が、十七歳の女子高生を演じるための違和感を、どうやって「魅力」へと変換するか。

画面に向かって、指を走らせる。朝の光、吹奏楽部の練習の音、微かに香るパンの匂い。今の俺には、それらすべてが、キーボードを叩くための素材に過ぎない。しかし、端末の画面の中で、朝霧ひまりという少女が、少しだけ微笑んだ気がした。

この仕事は、俺にとって未知の領域だ。だが、不思議と恐怖はない。むしろ、この設定された「偽物の日常」を、本物以上に輝かせることに、得体の知れない興奮を覚えている。フォロワー数、いいね数、エンゲージメント率。それらが俺の報酬となり、同時に俺の仕事の評価となる。数字という残酷で正直な指標が、これからの俺の指針だ。

夜が深まっても、端末の明かりは消えることがない。俺は、明日投稿する内容を練り上げている。設定資料にある「犬派」という情報を生かして、登校中に見かけた犬の話を書こう。だが、単に可愛いと書くだけでは芸がない。彼女の視点から、その犬の少し疲れたような表情を切り取り、そこから吹奏楽部の練習で疲れた自分の姿を重ねる。そうすることで、フォロワーは彼女に親近感を抱くはずだ。

修正、削除、また修正。プロンプトを微調整し、画像生成AIに指示を出す。制服のプリーツの数、光の当たり方、教室の窓から差し込む午後の陽光。すべてを微調整し、納得のいく一枚が完成するまで、気がつけば外は白み始めていた。

ふと鏡を見ると、そこには目の下に隈を作り、異様な集中力でスマートフォンを見つめる二十四歳の男がいた。この男が、朝霧ひまりの青春を操作している。誰かに見つかれば、滑稽で不気味な光景に違いない。だが、俺は今のこの状況を、どこか誇らしくすら感じていた。

俺の日常は、ここから完全に変貌する。朝起きたら、まず朝霧ひまりとしての投稿を確認し、フォロワーの反応を分析し、次の戦略を練る。俺自身のことなど、もうどうでもいい。今はただ、このアカウントを育てることが、俺の人生のすべてだ。

スマートフォンを枕元に置き、俺はようやく瞼を閉じた。夢の中で、朝霧ひまりが楽器を吹いている。その音色は、美しく、そしてどこか切ない。目を覚ませば、また仕事が始まる。完璧な制服、計算されたしわ、そして、嘘で塗り固められた完璧な青春。それを演じきることが、俺のこれからの生き方だ。

俺は、自分の役割を完全に理解していた。ここは、株式会社ライフログAI。俺は、朝霧ひまりを生きるための、器となる。ただそれだけの、シンプルな契約。それでも、俺は期待を捨てきれない。この一年間という期間限定の青春が、終わった後に、何が残るのか。フォロワーとの繋がりなのか、それとも、空っぽの虚無感なのか。その答えを知るために、俺は、明日もまた、朝霧ひまりを演じ続けるだろう。画面の向こうの彼女が、今日もどこかで、誰かの日常を少しだけ温かくしていることを信じて。俺の指先から紡がれる言葉が、誰かの人生に寄り添う一歩になることを願って。俺は、深呼吸をして、新しい一日を迎える準備を整えた。

このオフィスで過ごす時間は、恐らく俺の人生で最も濃密で、最も奇妙な時間になるだろう。修正の鬼と化す部長の顔や、冷徹だが頼りになる美咲の視線を想像しながら、俺は覚悟を決める。どんな無茶な指示が来ようとも、どれほど過酷な修正地獄が待っていようとも、俺は絶対に、朝霧ひまりという存在を守り抜く。彼女の青春は、俺が守る。それが、AIクリエイターとしての俺の意地だ。

朝霧ひまり。彼女の名を心の中で呼ぶ。彼女は、俺が生み出した最高の作品であり、同時に、俺を支配する暴君でもある。この一年間、彼女と共に笑い、泣き、悩み、そして戦い抜く。そんな、奇妙で愛おしい日常が、今、始まる。俺は、もう迷わない。スマートフォンの画面をタップし、今日も、彼女の日常を世の中へ放つ。世界中の誰かが、彼女の言葉を待っている。その期待に応えるために、俺は今日も、キーボードを叩き続けるのだ。

書いた文字数:3018文字


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