第18話 クリスマス案件
十二月に入り、株式会社ライフログAIのオフィスは外の寒さを忘れさせるほどの熱気と、どこか浮かれた雰囲気に包まれていた。街中がクリスマスムード一色に染まるこの季節、我々AI人格運営チームにとっても一年で最も書き入れ時であり、同時に最もシビアな戦いが始まる時期だった。
そう、クリスマス案件の季節である。
有名ブランドのジュエリー、限定のクリスマスケーキ、冬物のマフラーやコスメなど、企業からのタイアップ案件の依頼が文字通り山のように押し寄せていた。フォロワー数が一万人を突破し、中堅インフルエンサーとしての地位を固めた朝霧ひまりのアカウントにも、大手チョコレートブランドからのクリスマス限定商品のプロモーション案件が舞い込んでいた。
俺は自分のデスクで、頭を抱えながらモニターを見つめていた。
案件の条件は、ひまりがそのチョコレートを友達へのプレゼントとして選び、実際に自分で食べた感想を自然な日常の一コマとして投稿することだ。しかし、ここには大きな罠が潜んでいた。広告らしさを露骨に出しすぎればフォロワーが一斉に冷めてしまうし、かといって商品のパッケージがしっかり見えなければクライアントから怒られる。その絶妙なバランスを取るのがし難の業なのだ。
おい雨宮、チョコレートのパッケージの反射が強すぎて、まるで通販番組の画面みたいになってるぞ。
隣の席から、神谷がニヤニヤしながら指摘してきた。神谷の担当している男子高校生キャラも、クリスマス時期には定番の「マフラーのプレゼント選びに苦戦する男子」という設定で案件をこなしているところだった。お前の筋肉アピールよりはマシだろと心の中で思いつつ、俺はため息をついた。
分かってるよ。これじゃあ宣伝臭が強すぎるんだよな。もっと、高校生のリアルな冬の日常に溶け込ませないと。
ひまりは高校二年生で、お小遣いには限りがある。そんな女の子が、友達へのちょっとした感謝を込めて、ちょっと背伸びをして買うチョコレート。その文脈を完璧に作らなければならない。
俺は設定資料の百五十ページ目を開き、ひまりの友人関係やこれまでのエピソードを確認した。今年は、いつも支えてくれる夏海、結衣、莉子の三人に、それぞれ感謝の気持ちを込めて小さなチョコを贈るというストーリーラインにしよう。
画像生成の難易度も冬ならではの地獄だった。
雪や冬の寒さを表現するための白い息、マフラーの質感、そして街頭のイルミネーションの美しいボケ味。AIは光のボケやレンズの反射を描画する際、しばしば不自然な幾何学模様を作り出してしまう。夜の街並みを背景に、マフラーを巻いたひまりが少し赤らんだ頬で微笑む一枚を出力するのに、優に半日以上が費やされた。
部長がいつの間にか背後に立ち、腕を組んでモニターを覗き込んでいた。その沈黙が、いつも以上にプレッシャーを重くする。
……光の処理は悪くない。だが、マフラーの巻き方が少し綺麗すぎるな。女子高生が寒さの中で慌てて巻き直したような、少し無造作な立体感が足りん。それと、肝心のチョコレートの箱のサイズ感だ。手元に持っている箱の比率が現実のパッケージより二ミリほど大きい。クライアントのロゴが正確に見えるようにしつつ、不自然にならない限界のサイズを探れ。
はい、すぐに修正します。
俺は冷や汗を拭いながら、パラメータの数値をミリ単位で調整し直した。部長の言う通り、ほんのわずかな違いが「AIっぽさ」や「作り物感」を生み出してしまう。完璧なリアリティを追求する作業は、まさに職人技の領域だった。
何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく完璧な一枚が出力された。
夕暮れ時の冷たい空気の中、駅前の大通りで白い息を吐きながら、小さな包みを手にしたひまり。マフラーは少しだけラフに巻かれており、その瞳には遠くのイルミネーションの光が柔らかく反射している。どこからどう見ても、冬の放課後のリアルな一コマだった。
俺は慎重に、しかし温かみのあるトーンでキャプションを打ち込んだ。
もうすぐクリスマスだねえ。今日は放課後に駅前のデパ地下で、夏海たちに渡す用のチョコレート買ってきた! ちょっと背伸びしたブランドだけど、日頃の感謝を込めて。喜んでくれるといいな。自分用にも一箱買っちゃったのは内緒。PR。
投稿ボタンを押す。数秒の静寂のあと、いつものように通知音が鳴り響き始めた。
ひまりちゃん、マフラー姿可愛すぎる!
そのチョコ、私も気になってたやつだ。友達思いで素敵だなあ。
もうすぐクリスマスかぁ、今年もぼっちだけどひまりちゃんの投稿見て癒されよう。
コメント欄は温かい祝福と商品への興味の言葉で埋め尽くされていなかった。案件であることを示す「PR」の文字がついていながらも、フォロワーたちはそれを嫌がるどころか、ひまりの温かい日常の一部として自然に受け入れてくれていたのだ。
デスクに突っ伏した俺の背中を、美咲が優しくポンと叩いてくれた。
お疲れ様、雨宮くん。今回も完璧な着地だったわね。クライアントからも、商品のイメージにぴったりだとさっそくお褒めの連絡が入っているわよ。
本当ですか……よかった。
俺は心底ホッとして、椅子の上で大きく伸びをした。
架空の女子高生にクリスマスを祝わせ、企業の商品を宣伝させる。言葉にすれば商業的で味気ない仕事のように聞こえるかもしれないが、その裏側にある無数の修正と、キャラクターへの徹底的なこだわりは、誰よりも真剣で熱いものだった。
窓のないオフィスの天井を見上げながら、俺はふと思った。
俺自身のクリスマスは、今年もきっと、このオフィスでエナジードリンクを飲みながら迎えることになるのだろう。だが、それでいい。画面の向こうで何万人もの人々に笑顔を届け、誰かの心に小さな温もりを灯すことができるなら、この嘘の青春を演出する仕事は、俺にとってかけがえのない現実そのものだった。
外の寒さを知らないまま、俺は次の投稿の準備を始めた。クリスマスが過ぎれば、いよいよ一年を締めくくりの時期がやってくる。俺の高校二年生の冬は、まだまだ熱く、そして忙しく続いていく。




