第17話 架空の友達も成長する
朝霧ひまりのSNSアカウントが成長するにつれて、予期せぬ現象が起き始めていた。それは、ひまりの周りにいる架空の友達である、夏海、結衣、莉子の三人のサブキャラクターたちにも独自のファンがつき始めたことだ。
最初はあくまでひまりを引き立てるための脇役として作られた彼女たちだったが、体育祭や文化祭、修学旅行といった大きなイベントを経て、フォロワーたちからの認知度は急上昇していた。コメント欄には、ひまりへのメッセージだけでなく、結衣ちゃん推しですとか、運動神経抜群な夏海の部活の試合結果が気になるといった声が目立つようになっていたのだ。
ある日の午後、株式会社ライフログAIのオフィスで、俺は頭を抱えながらモニターを見つめていた。目の前にあるのは、夏海の個人アカウントではなく、あくまでひまりのアカウントのタイムラインだ。しかし、フォロワーの関心は明らかに他の友達に向きつつあった。
おい雨宮、お前のところの図書委員の結衣ちゃんだっけ、最近ファンが増えすぎてないか。神谷が自分のデスクからひょいと顔を出してニヤニヤしながら言った。俺はげんなりとした顔で答えた。
そうなんだよ。昨日、結衣がテスト勉強で苦戦している写真を投稿したら、ひまりの時と同じくらいのいいねがついちゃってさ。主役のひまりが少し霞みそうになってるんだから困ったもんさ。
美咲が自分の席から資料を片手に歩いてきて、冷静に指摘した。
それは喜ぶべきことよ。サブキャラクターが単なるモブではなく、ちゃんと生きている人間としてフォロワーに認識されている証拠だわ。でも、主客転倒になってはいけないわね。あくまで主役は朝霧ひまりよ。
部長がいつの間にか背後に立っており、低い声で言った。
主役を食うほどのサブキャラは邪魔だ。だが、魅力のないサブキャラもまた物語の厚みを失わせる。要は、バランスの問題だ。友達が成長することで、ひまり自身の人間関係の解像度も上がる。それをうまく利用しろ。
部長の言う通り、架空の友達の成長は、ひまりの物語をより重層的なものにするチャンスでもあった。しかし、管理しなければならない設定の量はさらに爆発的に膨れ上がっていく。ひまりの百ページある設定資料とは別に、夏海の部活の成績、結衣の家族構成、莉子のアルバイトの有無といった細かいサブ設定が次々と追加され、オフィスのホワイトボードは常に文字で埋め尽くされていた。
今日のミッションは、その友達の一人である莉子に焦点を当てた日常の投稿だった。莉子は流行に敏感で、少しお洒落なカフェに行ったり、新しいコスメを試したりするのが好きなキャラクターだ。今回は、ひまりが莉子に付き合って、放課後に駅前の新しい雑貨屋に行くという設定に決まった。
俺は画像を生成するために、プロンプトの調整を始めた。
夕方の雑貨屋の店内で、カラフルなヘアピンを手に持って「これ似合うかな?」とひまりに見せる莉子の笑顔。そして、それを少し呆れつつも微笑ましく見守るひまりの表情。二人の距離感や、店内の照明の温かみをリアルに再現しなければならない。
AIは複数人の表情や視線の向きを合わせるのが難しい。莉子がひまりの方を向き、ひまりが莉子の手元に視線を落とすという自然な視線の交錯を作り出すために、何度も部分修正を繰り返した。背景に並ぶ雑貨の細かなラベルまで鮮明に出力しようとすると、今度は人物の顔が崩れてしまう。
またか、と小さく呟きながら、俺はパラメータを微調整する。隣の席の神谷は、自分の担当キャラクターのライバル的存在である別の男子生徒を登場させる設定で悪戦苦闘していた。
なあ、架空の友達に人格を持たせるって、一種の神様気取りだよな、と神谷がポツリと言った。俺は手を止めずにつぶやいた。
神様なんて大層なもんじゃないさ。俺たちはただ、誰かの孤独を紛らわせるために、必死に嘘のピースを埋め合わせてる職人みたいなもんさ。
数時間の格闘の末、ようやく完璧な一枚が完成した。
夕暮れの光がガラス張りのウィンドウから差し込む雑貨屋の中で、楽しそうに笑い合う二人の少女。そこには、作られたデータとは思えないほどの温かい友情の空気感が満ちていた。
俺は慎重に文章を打ち込んだ。
放課後、莉子に付き合って駅前の雑貨屋さんに行ってきたー。新しいヘアピン選んでる時の莉子の目が本気すぎて笑っちゃった。そのあと二人で食べたアイスも美味しかったな。明日からまたテスト前だから頑張るぞー。
投稿ボタンを押すと、すぐにフォロワーからの温かいコメントが流れてきた。
莉子ちゃん本当におしゃれで可愛い!ひまりちゃんとのコンビ癒される。
二人の放課後の買い物の様子見てるだけで和むわー、テスト勉強頑張ってね!
画面の向こうの反応を確認しながら、俺は深く息をついた。
架空の友達も成長する。それは、この世界が単なる一人芝居ではなく、確かな人間関係に裏打ちされた生きている世界であることを意味していた。彼女たちが魅力的になればなるほど、ひまりという存在もまた輝きを増していく。
窓のないオフィスで、俺たちは今日も、目に見えない誰かの青春を少しずつ形にしていく。設定資料のページはさらに厚みを増し、百五十ページに到達しようとしていたが、その重みこそが、俺たちが積み上げてきた確かな証拠だった。明日はどんな日常の断片を切り取ろうか。そんな楽しい予感を胸に、俺は次のページの構想へと取り組んでいった。




