第14話 修学旅行へ行こう
文化祭の大バズりを経て、朝霧ひまりのアカウントは一気に中堅インフルエンサーの領域へと突入していた。フォロワー数も数万人を超え、もはや一挙手一投足が注目される存在となっている。そんな俺たちAI人格運営チームに、次なる巨大ミッションが下された。
修学旅行である。
秋の京都・奈良。古都の美しい風景、旅館での夕食、夜の自由時間、そして定番の枕投げ。青春のイベントとしてはこれ以上ない最高潮の舞台だが、画像生成を担当する俺にとっては、文字通りの悪夢の始まりを意味していた。
会議室のホワイトボードには、修学旅行のしおりのスケジュールがびっしりと書き出されている。中央に立っている部長の目は、いつにも増して鋭く光っていた。
いいかお前たち、今回の修学旅行編はこれまでとはわけが違う。文化祭は一つの校舎内という限定された空間だったが、今回は移動が多い。新幹線の車内、金閣寺の背景、旅館の畳の部屋、そして夜の班別自主研修の街並み。生成すべき環境のバリエーションが桁違いだ。特に京都の歴史的建造物は、少しでも構造が狂えば歴史ファンや目の肥えたフォロワーから一斉にツッコミが入る。絶対に手を抜くな。
部長の言葉に、俺は思わず頭を抱えた。
金閣寺の黄金の輝きを背景にしつつ、その手前でソフトクリームを食べているひまりを出力する。文字にすれば簡単だが、AIに金閣寺の精巧なディテールを描かせつつ、人物の自然な質感を維持するのは至難の技だ。最初の試作品を出力したとき、金閣寺の屋根からなぜか謎の鳥居が生えてきたり、ひまりの持っているソフトクリームがなぜか生け花のようになっていたりして、絶望的な気分になった。
隣の席の神谷も、自分の担当する男子高校生の修学旅行設定に頭を悩ませていた。
なあ雨宮、聞いてくれよ。俺の担当の奴、京都の寺で座禅を組む設定なんだけど、AIが何度出力しても、畳の上でなぜかベンチプレスを始めているようなマッチョなポーズになっちまうんだよ。寺の住職に怒られそうな筋肉の盛り上がり方になって、全然静寂な禅の雰囲気が出ないんだ。
神谷の苦労話に同情しつつも、俺には俺の修羅場があった。
最大の難所は、旅館の部屋での夜のワンシーンである。いわゆる、布団を並べて修学旅行の夜を語り合う「パジャマ姿の女子四人組」の生成だ。
ひまり、夏海、結衣、莉子の四人が、旅館の和室の畳の上に布団を敷き、修学旅行のしおりを囲みながら夜遅くまでお菓子を食べつつ談笑している様子。これこそフォロワーが最も見たい「尊い日常」の極みである。しかし、四人同時の布団の上のポーズ、浴衣や部屋着の緩み具合、そして間接照明による暗めの室内光の調整。どれ一つとっても、これまでの技術の総動員が必要だった。
俺は徹夜覚悟でプロンプトの調整を繰り返した。
畳の目の細かさ、障子から漏れる微かな外灯の光、枕元に置かれたペットボトル、そして莉子がスマホの画面を見せながらひそひそ話をしているような絶妙な角度の表情。
部長が後ろから無言で近づいてきて、俺のモニターをじっと見つめる。その沈黙の数秒間は、まるで処刑台を待つような長い時間に感じられた。
……光の入り方がいいな。
部長がぽつりと呟いた。
旅館特有の、少し黄みがかった室内の照明と、窓の外の夜の暗さのコントラストがリアルだ。布団のシワも、ちゃんと人間が上に座った後の沈み込みが計算されている。これなら合格だ。
やった……!
俺は心の中でガッツポーズをした。美咲もデスクからやってきて、画面を覗き込み、満足そうにうなずいた。
すごくいい雰囲気ね。修学旅行のワクワク感と、夜の少し気だるいようなリラックスした空気が完璧に伝わってくるわ。これならフォロワーたちも大喜びするはずよ。
俺はすぐに、考え抜いたキャプションを添えて投稿の予約ボタンを押した。
一日目の班別行動、清水寺で抹茶パフェ食べたー! めちゃくちゃ美味しかったけど観光客多すぎてはぐれそうになった。夜は旅館の部屋でみんなでお菓子パーティー中。修学旅行の夜って、なんでこんなにテンション上がるんだろうね。
投稿が公開されると、わずか数分で数千のいいねとコメントが殺到した。
修学旅行いいなあ! 清水寺のパフェ私も食べたことある!
四人で布団並べてるの尊すぎる。修学旅行の夜のあの感じ懐かしい。
ひまりちゃんの部屋着、シンプルで可愛い。
画面の向こうの盛り上がりを確認しながら、俺は深く背もたれに身を預けた。
京都の街を実際に歩いたわけでも、旅館の温泉に入ったわけでもない。俺たちはこの窓のないオフィスで、ただひたすらにプロンプトを打ち込み、ピクセルを調整し、存在しない青春の記憶を捏造し続けた。
しかし、その捏造された記憶は、確実に何万人もの人々の心を動かし、笑顔にしている。
神谷が自分のデスクから缶コーヒーを持って近づいてきて、俺の肩を軽く叩いた。
お疲れ、雨宮。修学旅行編もこれで無事に乗り切ったな。残すは土産話の投稿くらいか。
ああ、そうだな。でも、気を抜くなよ。次はフォロワー一万人突破の記念企画が控えているんだからな。
神谷はげんなりとした顔で自分の席に戻っていったが、その表情には確かな達成感が滲み出ていていた。
俺たちは、偽りの日々を作り上げるプロフェッショナルだ。だが、そこで流れる汗や、苦闘の果てに見出すこだわりは、まぎれもなく本物の情熱だった。
修学旅行の夜が更けていくように、俺たちのオフィスの夜も深く静かに進んでいく。明日もまた、ひまりの日常を彩るための新しいプロンプトを考えるために、俺は冷めたコーヒーを飲み干し、再びキーボードに向き直った。高校二年生の修学旅行は、こうして最高の結果を残して幕を閉じたのだった。




