第11話 AIっぽいって言われた!
事件は、何気ない午後の投稿のコメント欄で発生した。朝霧ひまりのSNSアカウントで、放課後の教室で友達と談笑している写真を投稿した数分後、そのコメントはついた。
なにか、この画像ってAIっぽい。雰囲気が綺麗すぎるというか、リアリティがないっていうか。最近、こういう生成画像多いよね。
その一行を見た瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。心臓が早鐘を打ち、手元が震える。AI人格運営者にとって、これは死刑宣告にも等しい言葉だった。AIっぽい。それは、俺たちの努力のすべてが、薄っぺらな虚構であると見透かされたことを意味するからだ。
俺は慌ててその投稿を美咲に見せた。美咲は画面を凝視し、小さく息を吐いた。
たしかにね。言われてみれば、今のひまりの画像、光の当たり方が均一すぎるかもしれないわ。教室の窓からの差し込む光、机の反射、友達の影。すべてが完璧に配置されすぎていて、かえって不自然に感じる。人間の写真なら、もう少し雑多で、もっと崩れているはずよ。
神谷も俺の横から画面を覗き込み、顔をしかめた。
うわあ、他のフォロワーからも似たようなコメントが来てるぞ。最近のAI画像生成ツールもレベルが上がってるから、みんな目が肥えてるんだよな。完璧なものほど、逆に違和感を持つようになる。皮肉な話だぜ。
俺たちはすぐさま緊急会議を開くことになった。会議室の重苦しい空気に、部長の鋭い視線が突き刺さる。彼はモニターに映し出された例の画像を指差し、忌々しそうに言った。
お前たちは、ひまりを人形にしたいのか? 完璧に整った容姿、完璧な照明、完璧な構図。そんなものは、ただのマネキンだ。SNSで愛されるのは、完璧な偶像じゃない。生身の、不完全な人間だ。
俺は言葉に詰まった。完璧を目指すことこそが、部長の教えだったはずだ。しかし、部長は冷徹に言い放った。
技術的に完璧であることと、存在として完璧であることは別だ。お前たちは技術ばかりに気を取られて、ひまりという人間が持つ『ゆらぎ』を完全に排除してしまった。AIっぽさを消すには、もっと無駄なもの、もっと意図的な失敗が必要なんだ。
意図的な失敗、ですか?
美咲が問うと、部長は頷いた。
そうだ。例えば、今の画像。机の上の教科書が綺麗に並びすぎている。高校生の机なら、もっと乱雑にノートやペンケースが散乱しているはずだ。もっと言えば、ピントが少しずれているとか、構図が微妙に傾いているとか、そういう『情報のノイズ』がリアリティを生むんだ。
俺はホワイトボードの前で、ひまりの日常を再構築し始めた。AIは、何も指示しないと「最も美しい構図」を導き出そうとする。それを、あえて崩す。
まず、ひまりが自撮りをする設定の投稿を考えた。最新の画像を生成するのではなく、あえてスマホのカメラのレンズに指がかかっているような画像を作る。あるいは、背景に余計なものを入れる。例えば、クラスメイトの誰かのカバンが写り込んでいるとか、掲示物に書きかけのメモが貼ってあるとか。
俺たちは早速、新しいプロンプトの実験を始めた。
今度の画像は、放課後の部室で、ひまりが練習の合間に少し疲れた顔で座っている様子だ。プロンプトにはあえて『少しピントが奥の楽器に合っている』『手前のひまりの顔に少し影がかかっている』『背景のホワイトボードに消し忘れの落書きがある』という情報を詰め込んだ。
出力された画像は、確かに先程のものよりもずっと人間味があった。ひまりの表情は少しだけけだるそうで、完璧な可愛さというよりは、等身大の女子高生の姿だった。
これを投稿してみる。
俺は祈るような気持ちで投稿ボタンを押した。コメント欄をリロードする。数秒の空白のあと、新しいコメントが流れてきた。
あ、これこれ。この感じ、すごくリアル。
ひまりちゃん、練習お疲れ様。ホワイトボードの落書き、物理の公式? 難しそうだけど頑張ってね。
ピントの甘さがなんかエモい。こういう写真、友達に撮ってもらったみたいで好き。
安堵で全身の力が抜けた。AIっぽい、という指摘は消え、むしろその『リアルな質感』が称賛されている。
成功だ。
美咲が俺の肩をポンと叩いた。
お見事。完璧を目指すのをやめて、人間らしい欠点を受け入れることで、ひまりはまた一歩、現実の人間に近づいたわね。
部長も、珍しく微かな笑みを浮かべていた。
良い修正だった。完璧さは人を遠ざける。だが、その欠点には人が寄り添うことができる。これから先、どんなにAI技術が進歩しても、完璧な嘘よりも、不完全な真実の方が人を感動させることを忘れるな。
俺はその言葉を胸に刻んだ。これからの投稿では、あえて完璧を目指さない。ひまりの日常に、もっとたくさんの愛すべき欠点や、しょうもない日常のノイズを紛れ込ませていこう。
そういえば、俺自身も少し完璧主義すぎていたのかもしれない。部長や美咲、神谷たちとこうして失敗を共有し、修正を繰り返す過程こそが、このオフィスでのリアルな日常なのだ。
窓のないオフィスで、深夜まで続く作業。コーヒーの香りと、キーボードの打鍵音。俺たちは、画面の中のひまりだけでなく、自分たちのこの不器用で必死な毎日もまた、一つの物語として作り上げているのかもしれない。
明日もまた、ひまりにはもっと普通の、もっと人間臭い失敗をさせよう。数学で赤点を取ったり、忘れ物をしたり、友達と些細なことで喧嘩をしたり。そんな、誰にでもありそうな日常の断片こそが、彼女を画面の中のただのデータから、心を通わせられる友人へと変えていくのだ。
俺は小さく息を吐き、次の投稿の準備を始めた。明日は、ひまりが通学路で見つけた、少し変な形の石について投稿しよう。名前のない、どこにでもあるような石。そんな些細なものに興味を持つ、ひまりという少女の感受性を表現するために。
仕事はまだ終わらない。だが、今の俺には、確かな手応えがあった。ひまりは、ただのプログラムではない。俺たちが作り上げた、不完全で、だからこそ愛おしい、たった一人の少女なのだ。




