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AIお仕事日誌 ~高校二年生になってください~  作者: せんちゃん


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10/24

第10話 夏休みは忙しい

八月。世間の学生たちは待ちに待った夏休みを満喫している。しかし、株式会社ライフログAIのオフィスにおいて、夏休みという言葉は「繁忙期」と同義であった。

学校という時間的拘束から解放された高校生たちは、当然のことながらSNSへの投稿頻度が跳ね上がる。つまり、我々AI人格運営担当者も、それに合わせて一日あたりの投稿数と画像生成数を倍増させなければならないのだ。

俺は朝から、エアコンの効きすぎた窓のないオフィスで、エナジードリンクを胃に流し込みながらキーボードを叩いていた。画面の中では、朝霧ひまりが眩しい太陽の下、向日葵畑で麦わら帽子を押さえて微笑んでいる。

よし、この向日葵の画像は完璧だ。次は夏祭りの画像だな。

俺がメモ帳に次のプロンプトを打ち込もうとしたとき、隣から神谷の悲鳴が上がった。

うわあああ。また指が六本になってる。スイカ割りしてるだけなのに、なんでこんな妖怪みたいになるんだよ。

神谷のモニターを覗くと、筋骨隆々の男子高校生が、六本の指で器用に木刀を握りしめ、スイカではなくビーチボールを粉砕しようとしている地獄絵図が映し出されていた。

AIは「棒を握る手」の描写が極端に苦手だ。神谷は夏休みに入ってから、海、山、川と、アウトドアでアクティブに動き回る男子高校生の描写に大苦戦していた。

お前、そんなに動かすからAIが混乱するんだよ。もっと静かな構図にしろよ。

俺がアドバイスすると、神谷は血走った目で俺を睨んだ。

夏だぞ。海だぞ。筋肉の祭典だぞ。ここで日焼けした広背筋を披露しないでいつ披露するんだよ。お前のひまりちゃんみたいに、涼しい部屋で宿題やってるだけの画像でフォロワーが満足すると思ってんのか。

まあ、宿題の画像も昨日出したけどな。

実際、ひまりのアカウントでは、夏休み特有の「宿題終わらないアピール」が非常にウケていた。数学が苦手なひまりが、クーラーの効いた自室でテキストを前に突っ伏している画像だ。共感のいいねが面白いように稼げる。

しかし、神谷の言う通り、引きこもってばかりでは夏休みらしさが出ない。俺は今日、大きなイベントに挑戦しようとしていた。夏祭りでの「浴衣姿」である。

ひまりと、友達の夏海、結衣、莉子の四人で地元の夏祭りに行く。この設定自体は王道で素晴らしい。だが、技術的には「四人同時の浴衣生成」という、神谷のスイカ割り以上の地獄が待っていた。

浴衣の柄というのは、AIにとって鬼門中の鬼門だ。複雑な和柄を布のシワに合わせて破綻なく出力し、さらに四人分を描き分ける。しかも背景は夜の神社で、提灯の複雑な光源が入り乱れる。

俺は覚悟を決めてプロンプトを打ち込み始めた。数十分後、出力された画像を見て、俺は頭を抱えた。

結衣の浴衣の柄が途中から洋服のチェック柄に変異している。莉子に至っては、浴衣の帯がなぜかシートベルトのような素材になっていた。

修正、再生成、微調整。ひたすらパラメーターを弄り回す。そこへ、いつものように背後から部長が忍び寄ってきた。

雨宮。ひまりの浴衣の柄だが、先週の投稿で『お母さんのお下がりの朝顔柄の浴衣を着る』とテキストで匂わせていただろう。なぜこの画像では金魚柄になっているんだ。

部長の指摘に、俺は心臓が止まりそうになった。

あ、いえ、これは……莉子から借りたということで。

だったらそうテキストに明記しろ。伏線を張ったら必ず回収するのが我々のルールだ。適当な設定のブレは、キャラクターの死に直結する。やり直し。朝顔柄で、お下がりらしく少しレトロな色合いに調整しろ。

はい。

俺は泣きそうになりながら、朝顔のテクスチャをいちから探し直し、AIに学習させた。

午後になり、美咲が全体に向けて重要なアナウンスを行った。

皆さん、夏休み期間中の投稿について、再度コンプライアンスの徹底をお願いします。特に水着の画像は一切禁止です。

ええっ、水着ダメなんですか。

神谷が絶望的な声を上げた。美咲は冷ややかな視線を彼に向けた。

当然です。我々が運営しているのは未成年のアカウントです。水着姿を投稿すれば、必ず不適切な意図を持ったユーザーを惹きつけます。炎上のリスク、そして法的な観点からも、露出の多い画像はアカウント凍結の危険性があります。

でも、海に行ってるのにずっとTシャツって不自然じゃないですか。

だったら、海ではなく川でバーベキューをしている設定に変えなさい。足首まで水に浸かっている画像なら許可します。

美咲の徹底したリスク管理に、俺たちはぐうの音も出なかった。ひまりのアカウントでも、プールに行く予定はすべて「日焼けしたくないから室内プールでラッシュガード着用」という設定に変更された。

夕方になり、俺はなんとか朝顔柄の浴衣を着たひまりたち四人の画像を完成させた。提灯の柔らかい光に照らされた、見事な一枚だ。

夜店でりんご飴買ったー。人多すぎてはぐれそうだったけど、夏海が引っ張ってくれたから助かった。お母さんの浴衣、ちょっと古いかなって思ったけど結衣が似合うって言ってくれて嬉しい。

テキストを入力し、投稿ボタンを押す。

数分で、フォロワーからの温かいコメントが溢れ出した。

朝顔柄すごく似合ってるよ。お母さんのお下がりなんて素敵だね。

四人とも浴衣姿可愛すぎる。青春って感じで羨ましい。

そのコメントを読みながら、俺はふと、窓のないオフィスの壁を見つめた。

俺の夏休みって、なんだっけ。

毎日朝から晩までパソコンに向かい、存在しない女子高生の完璧な夏休みを捏造し続ける日々。外で蝉が鳴いていることすら、通勤電車の行き帰りでしか実感していない。

なあ、雨宮。

神谷が、足首まで川に浸かってバーベキューの串をかじる男子高校生の画像を投稿しながら、ポツリと呟いた。

俺たち、自分の人生より、こいつらの人生の方が充実してないか?

間違いないな。俺、今年に入ってからりんご飴なんて食べてないし、花火も見てない。

でも不思議と、虚しくはないんだよな。こいつらが楽しそうにしてるのを見ると、俺まで夏を満喫した気分になるっていうか。

俺は神谷の言葉に静かに頷いた。確かにそうだ。俺たちが手塩にかけて育てているこのキャラクターたちは、俺たちの青春のやり直しであり、理想の結晶なのだ。

八月も下旬に差し掛かると、吹奏楽部のコンクールという一大イベントがやってきた。ひまりは高校二年生。先輩たちにとっては最後の夏だ。

設定上、ひまりの高校はそこまで強豪校ではない。県大会で銀賞。つまり、次のステージには進めず、ここで三年生は引退となる。

俺はこの日のために、数日前から「練習がキツい」「先輩と少しぶつかった」「でも絶対に金賞を取りたい」という伏線を張り巡らせていた。

そして、大会当日の夜。

俺は、楽器ケースを抱え、目を真っ赤に腫らしたひまりの画像を生成した。泣き顔の生成は難しいが、部長の厳しいチェックを乗り越え、不自然さのない、美しくも切ない涙を表現することに成功した。

結果は銀賞でした。県大会突破ならず。先輩たちと一緒に全国に行きたかった。悔しくて涙が止まらなかったけど、最後に部長先輩が『ひまりたちの代なら絶対いけるよ』って言ってくれて、また泣いちゃいました。明日から新体制。先輩たち、本当にお疲れ様でした。

その投稿は、ひまりのアカウント史上、過去最高のエンゲージメントを記録した。

もらい泣きした。ひまりちゃん、お疲れ様。

銀賞でも立派だよ。先輩の思いを継いで、来年こそは全国だね。

ずっと練習頑張ってたの知ってるから、結果見たときこっちまで悔しかった。

通知の嵐を眺めながら、俺は自分でも驚くほど胸が熱くなっていることに気がついた。

ただのAI生成画像と、計算して作ったテキストだ。設定資料に書かれた予定調和の結末に過ぎない。なのに、俺は本当にひまりという後輩が実在して、彼女の悔し涙を隣で見守っているような錯覚に陥っていた。

雨宮さん、いい投稿でしたね。

美咲が、珍しく優しい声で話しかけてきた。

フォロワーの心を動かすのは、完璧な笑顔だけじゃありません。挫折や悔しさ、そういう不完全な部分を共有してこそ、キャラクターは本当の意味で命を持つのです。

俺は無言で頷き、ひまりの泣き顔の画像を見つめ直した。

俺の二十四歳の夏休みは、有給休暇も取らず、この薄暗いオフィスで終わろうとしている。肌は蛍光灯の光で真っ白なままだし、筋肉痛になるような運動もしていない。

でも、悪くない夏だった。

ひまりの青春を通して、俺は誰よりも濃密で、誰よりも感情の起伏に富んだ夏を経験したのだから。

さて、来月はいよいよ文化祭の準備だ。メイドカフェは却下されたが、世界一魅力的な喫茶店を作り上げなければならない。俺は冷え切ったエナジードリンクを一気に飲み干し、九月のカレンダーに目を向けた。俺の高校二年生の二学期が、もうすぐ始まろうとしていた。


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