95.春の訪れと出産
屋敷中に楽器の音とか歌とかボールがぶつかり合う音とかが響くようになってしばらく。
「ふむ……代表、そろそろ冬が明けると思うよ」
フィノウからそう進言があった。
雪妖精だからなのかそういうことが感覚的に分かるみたいだな。
そしてその進言から三日ほど。
外が暖かくなりだした。
んんーー……ふぅっ……! 気持ちいいな、外に出れるのは、やっぱり。
俺は屋敷に外に出て思い切り伸びをしていた。
室内で過ごすのも嫌いじゃないが、やっぱり外の開放感は良いものだ。
だが解放感を味わってばかりもいられない。
一応、寒さが厳しくない日に行き来してもらったりして問題ないことは把握していたが、それでも目が届かないところはあったろうし、しっかり調べておく。
「コボルトたちは問題ありません」
「エルフもです。見張り台に滞在していた者たちにも問題はありませんでした」
「ドワーフもじゃな、強いて言うなら吹雪の中鍛冶場に出掛けた阿呆が一人出たくらいですじゃ」
それぞれ代表として、ルシュ、ハイラ、イアンが報告してくれる。
その後も他の代表からも話を聞くが、特筆すべき問題はないようだ。
良かった。
にしても、今はまだいいがこのまま代表が増えていったら、こんな外に出た勢いで調査して報告を受けるとかやってたらそのうち日が暮れるようになってしまうな。
来年からは、冬明けの会議って形にして報告を聞くか? それとも紙に書いて報告書の形にしてもらうか……いや、その場合文字を書けない者に苦労を掛けることになる……やはり学校……うぅん、来年までに考えておこう。
そんな感じで俺がいろいろと考えながら報告を受けていると。
「……主様。申し訳ありません、今報告が入りました」
ハイコボルトが一人駆け寄ってきて、ルシュに耳打ちをする。
それを聞いたルシュは俺に近寄ってきてそう言った。
……いや、今の直接俺に言いに来ればよかったのでは……?
「それはダメです」
ダメ。
「はい」
ルシュはそう言い切った。
何でもルシュが言うには、俺に直接報告する栄誉は十分な功績を立ててからではないと得られないようだ。
いや、俺に報告することがそれほどの栄誉なんてありえないだろう、と、俺はそう思うも、周りの皆はうんうんとうなずいていた。
え? 俺が少数派なのか?
……ま、まあいい。
報告を聞く。
「はい、どうやらリル様が産気づかれた、と」
大事じゃないか!
「ウォウッウォウッ!」
報告を聞いて、慌ててフェンリル区画にやってきた俺。
そんな俺に、シロが住居の外で落ち着け、と吠えて来た。
どうやらリルは中で出産の準備中みたいだな。
ふぅ……シロに吠えられたことだし深呼吸して一旦落ち着く。
にしても去年……リルの最初の出産の時は、シロもかなり慌てていたが、今ではどっしりと構えている。
父親として頼もしくなったな……と、俺がその姿を見てじーんとしていると。
ぶんっぶんっぶんっぶんっ!
とんでもない勢いでシロの尻尾が降られている。
こっちまで風が来て、少し寒いほどだ。
まあ、うん。
何回目でも心配は心配だよな。
俺はシロの尻尾の方は見ないことにする。
にしてもシロだけか? 子供たちは?
俺がそう聞くと、シロは森の方へ頭を向け、一吠え。
ふむ……なるほど。
子供たちは出産に臨むリルのため、森に獲物を狩りに行ったのか。
……リルの付き添いはシロが居れば大丈夫と思ったのかな?
まあ子供からしたら親の出産に付き添う感覚とかはあまり持ちづらいか。
俺はそう納得して、シロとリルの家の中へ。
さて、家の中に入ったが、リルが出産の準備をしているだろう部屋からはあわただしくハイコボルトたちが出たり入ったりしている。
その動きはきびきびとしていて、いつ産まれても大丈夫なように準備をしていたようだ。
後で報告を受けたが、このハイコボルトたちはどうやら冬の間からもしかしたら万一があるかもしれない、と泊まり込んで様子を見ていたみたいだな。
だから迅速に対応できた、と。
……そういえば確かに、冬も最初の方はシロもリルも屋敷に遊びに来ていたのに、冬後半の方は見なかった。
なるほど身重になっていたから大事を取って、シロもそれに付き添っていたんだな。
そんなことを逸る気持ちを抑えながら考えていたら、中から鳴き声が。
もう産まれたのか?
俺の頭にそんな思考が走った瞬間、隣に居たシロが風になった。
扉や歩いていたハイコボルトたちに一切当たることなく中へ。
俺もハイコボルトたちもその早業にくちをあんぐりと開けて唖然とする。
ハッ……! 俺も行こう!
気を取り直して俺も中へ。
「ウォンッ!」
「「「くぅ~ん」」」
中では。
生まれたばかりの我が子にシロとリルが身体を擦り付けていた。
産まれた数は去年と同じ五体。
二体とも尻尾をぶんぶん振って嬉しそうだ。
だが尻尾の速度を見ると、リルの方はシロと比べてだいぶ遅い。
やはり出産でかなり消耗したようだな。
俺がその光景を眺めていると、シロとリルが子供たちの首根っこを咥えてこっちに歩いてくる。
どうやら俺に撫でて欲しいようだ。
断る理由は無いので、シロもリルもまとめて撫でる。
よく頑張ったなと言う気持ちを込めて。
シロもリルも毛並みはふわふわで、生まれたばかりの子フェンリルたちは少し濡れているがそれでも指が引っ掛かるほどではない。
スムーズに撫でていく。
そうしていると、シロもリルも子供達も皆気持ちよさそうに腹を見せて転がる。
ここまで気持ちよさそうにされると、何か気付かないうちに俺の手からフェロモンでも出てるんじゃないか? って思ってしまうな。
そうやって俺がフェンリルを撫で、出産に立ち会ったハイコボルトたちが、その姿を遠巻きに見ながら、息を荒げる光景がしばらくの間展開されると。
「「「ワオォンッ!」」」
外からシロとリルの子供たち(第一世代)が帰ってきた。
自分達も撫でろと、俺の前でしっぽを振ってアピールする。
全くしょうがないな……。
俺の手は二本しかないから順番だ、順番。
そして、フェンリル一家を全員撫でまわし終わった後。
俺の姿はシロたちの家の外にあった。
フェンリルの子達(第一世代)が狩ってきた獲物を捌くためだ。
何と……狩ってこられたのは二頭鹿。
しかもかなり大きい個体だ。
恐らく冬眠明けで気性も荒かっただろうに……。
リルの為に相当気合を入れたらしい。
ちなみにさっき撫でたから分かっているが……第一世代は無傷。
一切傷を負うことなく問題なく狩ってきたらしい。
かなり強くなっているんじゃないか? もう。
さて、ハイコボルトたちにも手伝ってもらってちゃっちゃっと捌いていく。
これだけ人数が居れば、みるみるうちにさばけていくな。
そして捌いた肉に塩と胡椒を振りかけて焼く。
これで即席ディアステーキの完成だ。
「ガウッ!」
がつっがつっ!
ステーキは焼いた端からどんどんフェンリル一家に食べられていく。
一番食べているのはリル。
出産で落ちた体力を取り戻そうとしているようだ。
次に、シロ、第一世代、第二世代の順……って。
え? 肉食ってる? 産まれたばっかりなのに?
俺は肉を焼いている煙で見間違いでも起こしたかと思って、目をこすりよく見る。
うん。
見間違いじゃなかった。
さっき産まれたばかりのフェンリルの子供たちが肉をガツガツ食っている。
……いや、普通産まれたばかりなら授乳じゃないのか?
俺はそう思うも、リルとシロは率先して肉を食わせている。
……うん、まあ……さすがだな。フェンリルは。
俺はそう納得して肉を焼き続ける作業に戻る。
すると……肉が焼けるまでのインターバルに、リルがさっき産まれた子供たちに母乳を与えていた。
いやそれはそれとして母乳も飲むのか。




