91.雪の妖精
「いやあ、申し訳ない。ついつい昂ってしまってね。……いやー……本当に申し訳ない」
そう俺の前で汗をだらだら流しながら弁解しているのは、先ほどまでフロストフラワーの前に膝をついて激しく応援? していた女性。
よく見ると汗を流しているだけではなく、身体は小刻みに震え、若干顔色が悪い。
原因は……。
「ぐるるるる……」
彼女のすぐ後ろにいるシロ。
やらないとは分かっているが、下手な動きをしようものならその瞬間頭をかみ砕かれかねない……そんな凄みを感じる。
シロが警戒しているのはいきなり匂いが現れたからだろう。
前から精霊がやって来た時にも警戒はしていた。
だが流石にぶるぶる可愛そうなので、シロにはこっちに来てもらって彼女に話を聞く。
「ふぅ……ありがとうございます、助かりました……あのままでは溶けてしまうかと……」
すると、悪かった顔色を回復させ、その女性は俺にそう語りかけて来た。
溶ける? まあ、構わない。
それと別に敬語も必要ない。
話しやすいように喋ってくれ。
「そうかい? ではお言葉に甘えさせてもらうよ。さて……」
そう言うとその女性は髪をかき上げ、大きく腕も広げて名乗る。
「こんにちは、初めまして。まずは自己紹介を。私は雪妖精のフィノウ。よろしく」
あ、ああ……よろしく……?
さっきまでのいろいろがまるでなかったみたいに堂々と自己紹介をしてくるから、少し押されてしまう。
だが、とりあえずは挨拶を返し、フィノウと名乗った彼女をまじまじと見る。
第一印象としては……真っ白な女性。
短めにそろえられた真っ白な髪に、透き通るような真っ白な肌、さらにはその身にまとう服も白。
全てが白尽くしの中、唯一強い色を持った真っ赤な瞳がよく映えている。
兎みたいだ。
それで……雪妖精って?
観察を終えた俺は気になった部分をフィノウに聞く。
「え? ああ、文字通りだよ、ボクは雪の妖精なんだ」
軽くポーズを決めながらそう言ってくるフィノウ。
ふむ……? 妖精……? 精霊じゃなくて……?
頭にはてなを浮かべている俺を見て、フィノウは説明してくれた。
どうやら精霊と妖精と言うのは似てはいるが、完全に別種族らしい。
豚と猪みたいなものか? いやあれは同じ種族だけど。
そして、精霊よりも物質に寄っている? のが妖精だとか。
「じゃあつまりフィノウは雪妖精族ってことか?」
「ん? ああ、いや、そうではないね」
更にフィノウが語ったところによると。
妖精族は妖精族でひとくくりになっていて、精霊の様に水精霊、土精霊……のように分かれてはいないらしい。
いやいや雪妖精で別れているじゃないか、と言ったら。
「これは単に種族内の特徴のようなものさ。人間だって例えば赤い目の人間とか、青の髪の人間とかで区別したりするだろう?」
ふむ……なるほどな。
俺からしたら明確な差異でも妖精からしたらただの個性なのか。
「まあそんなわけさ」
ふぁさっと髪をかき上げるフィノウ。
いちいち大仰な仕草をするが……様になってるな。
……それで、何でこの街に?
俺はそう切り出す。
まあ、さっきの姿から街に害をなそうとかそんな理由ではないと思っているが。
「ああ、それは……」
それは?
拳を握り込んで溜めてくるフィノウ。
何か重大な理由があるのか、とつい身構えてしまう。
「フロストフラワーを応援する為さ!!!」
全然身構える必要なかった。
俺は体に入った力を抜く。
俺の後ろで一緒に聞いていたシロも伸びをしている。
「……ふむ? どうかしたかい? なぜだか肩を落としているみたいだが……」
ああ、いや、何でもない。
俺はそう答える。
肩透かしを食らったが、フィノウにとっては大事なことかもしれない。
そのまま話を聞く。
「フロストフラワーはご存知の通りとても儚い花なんだ。冬にしか咲かず、春が来たら溶けてしまい、一度摘まれたら根をはることはことはもう無い」
え? そうなのか? ……全然ご存知じゃなかった……
「それがどうだい?! なんとこのフロストフラワーは再び根をはろうとしているんだ! ボクはたまたまそのフロストフラワーの頑張りに気付き、こうしてやって来たというわけさ!」
ふむ、なるほど……。
俺はひとまず納得する。
このフィノウの理由、俺の感覚で言うなら、未踏の記録に挑もうとしているスポーツ選手を応援に来た、みたいなことか?
それなら俺も結構熱を入れて応援するかもしれない。
……いや流石にあそこまでテンション高くはならないか。
まあともかく。
それで今も応援していたっていうわけだな?
俺はそうフィノウに疑問を投げる。
「いや、応援はし終わったよ」
し終わってた。
……じゃあ何を?
「もちろん褒めていたんだよ! 必死に頑張って根をはって、更に美しく咲いたその姿と努力に賛美を与えていたんだ! 人間だって頑張ったら褒めて欲しいものだろ?」
うん? うん。まあ確かにそうだな……だけど褒め方が……その……独特だったな?
「私が考案した最高の褒め方さ! 傍から聞いているだけでも力が湧いてきただろう?」
まあ、確かに力強くはあった。
「そうだろう!? これは私が長い時間かけて編み出した褒め言葉で斬新かつ独創的な――」
それで! 目的は果たしたみたいだけど、これからどうするんだ?
俺の言葉にガバッと詰め寄ってきて語りだしたフィノウ。
ちょっと長くなりそうだったので、申し訳ないが話題を変えさせてもらう。
「これから?」
そう、これから。
「ふむ……応援しようという気持ちだけでやってきたから先のことは考えてなかったな……」
そう言って顎に指をあて、目を伏せ考え込みだすフィノウ。
その真っ白な外見や様になったポーズからは、冷静沈着、というイメージを受けるが……なんというか、大分行き当たりばったりな性格のようだ。
「……うん。そうだね。決めたよ!」
フィノウは考え込んでいたかと思うと、すぐに目を上げ俺にこう言ってきた。
「良ければここでお世話になれないかな? このままフロストフラワーのお世話もしてあげたいしね」
ふむ……。
その言葉に俺は二つ返事で肯定は……せずにちょっと考える。
まあ、正直歓迎だ。
いつだって住人は。
けれど、一応働かざる者食うべからずのスタイルでやっているからな、うちは。
そういうわけで一応、念のため、何が出来るかを聞いておく。
「出来ること、かい? そうだねぇ……雪や冷気を操ったり、物を凍らせたりとかが得意かな、雪妖精だしね」
ふむ?
……冷気を操り……物を凍らせる……
ちょっと聞きたいんだが、それは例えば、暑い時期に食材を長持ちさせることが出来たり?
「え? うんまあ出来ると思うよ? あんまり多くは無理だと思うけど」
……後は……さらに例えばなんだが。魚を一瞬で芯まで凍らせて仕留めることが出来たり?
「うん? 魚を仕留めるのに凍結させる必要はないと思うけど……まあ出来るよ」
採用!! 今日からぜひうちの街に住んでくれ!
「え?! 早くないかい?! いいのかい?! ボクが言うのもなんだけど!」
もちろん構わないに決まっている。
量は多くないみたいだが、生ものをより長く保存することが出来る、つまり冷蔵、冷凍庫役になってくれるばかりか、魚の瞬間冷凍すら可能ときた。
これはすなわち……冬前に見つかった海、そこの魚を生で食べることが出来るかもしれないということ。
むしろこっちから住んでくださいと頼みたいぐらいだ。
「うぅん、まあ、期待してくれてるってこと……なのかな?」
フィノウは苦笑する。
俺の熱意に押されながらも、フィノウはそう自分を納得させたようだ。
「まあ、歓迎してくれるならボクも嬉しい。これからよろしく頼むよ!」
こうして、レースピアの街にとても頼もしい仲間がまた一人増えた。




