53.工房作成と醤油づくり開始
そうして。
超スピードでキッチンにたどり着いた後。
……ああ、流石に家の中では蹄鉄は外した。
それくらいの理性はギリギリ残ってた。
それで、キッチンにたどり着き、早速醤油づくりを始めるぞ! と意気込んだ俺はそこで気付く。
いや……キッチンじゃだめじゃないか?
前世では発酵食品は工場で生産・管理されていたし、そうでなくても専用の工房が作られてたはずだ。
酒造りの工房とか何かで見た覚えがある。
それに確か……納豆菌とかものすごい強い菌で他の菌を駆逐してしまう……とそう聞いた覚えもある。
俺がさっきまで思っていたみたいにキッチンで全部作る……なんてやったら菌の管理なんてできずぐちゃぐちゃになってしまうだろう。
う~ん……危なかったな。
実際やる前で良かった。
俺は胸をなでおろす。
やってたら後始末が面倒な事になっていたかもしれない。
さて、となると……まずは専用の工房を作らなきゃな。
落ち着いた俺は、そう思い直しキッチンを出て行く。
「いひひ……工房……?」
ああ、そうだ。
俺がやって来たのはマイコニン区画。
マイコニン達に割り当て現在進行形で住居も作り始めている区画……なんだが。
なんだか、湿度が高い……ような? 気のせいか?
「いひひぃ……代表様が用意してくれたこの区画はほどよくじめってて最高だよぉ……」
気のせいじゃなかったみたいだが……まあ喜んでいるしいいか。
早速本題なんだが――
「発酵食品用の工房を作る……? 発酵食品って……? ……ああ、なるほどぉ……モノをイイ感じに腐らせることを発酵って言ってるんだねぇ……。それで私達の力を借りたいってぇ……?」
ああ、その通り。
いろいろ作りたい物があってな。
そのためにニチャたちマイコニンの力を借りたいんだ。
「もちろん構わないよぉ……。あいさつした時にも言ったしねぇ……。それで……工房とやらはいつから作るの……?」
今から。
「今からだねぇ…………えっ今!?」
そう、今。
「え……えぇっとぉ……、代表様ぁ……、住まわせてもらってる私達がとやかく言える事じゃないかもしれないけどぉ……今、私達家を作って貰っててぇ……さすがにそれを中断して工房を優先するのはぁ……」
ああ、大丈夫だ。
住居も工房も両方同時に作るから。
「同時に!?」
ああ、同時に。
そう返事した俺の背後からルシュが近づいてくる。
「主様。おっしゃられた通り人手を集めてまいりました」
ああ、ありがとうルシュ。
そう。
俺はマイコニン区画に来る前にルシュに工房建築の為の人出を集めて欲しい、と言っていた。
別に今日中じゃなくても良かったのだが、俺が発酵食品を切望しているのを知っていたルシュは今すぐに集めます、と豪語。
俺もせっかくなら可能な限り早く取り掛かりたかったのでその提案に甘えた形だ。
にしても凄いな……大体三十人位いないか?
今回の調査団でコボルト、エルフ、ドワーフたちの既存種族の数も増えた。
大体二倍くらいか?
皆総出で新しく来た者たちの住居を作っているが、そんな中こっちにも人を持ってくるとは。
流石はルシュだ。
「えぇ……うん……まあ……代表様がそれだけやる気だって言うのは改めてわからされたよぉ……」
心なしかニチャが気圧されているよ言うな気がする。
「……分かったよぉ……住居も一緒に作ってくれるって言うなら、反対する理由も無いしねぇ……喜んで手伝わせてもらうよぉ……」
ああ、ありがとう。
助かる。
そういうわけで。
マイコニン区画から隣接した空き区画、そこに皆でやって来た。
俺がやっぱり工房は他の場所から離した方が良いのか? と聞いたらニチャもそうした方が良い、と答えたためだ。
俺のフワフワした知識通り、発酵の管理は繊細で、他の菌が混ざろうものならそれだけで立ち行かなくなる。
だからそれぞれ離れた場所に工房を建築した方が良いだろう、とのことだった。
なのでこの先も拡張していくことを考慮して、発酵食品の加工区画を新しく作る事にした。
そっちの方が分かりやすいしな。
と、いう訳で早速建築を始めていく。
最早慣れたものだ。
俺もだがルシュやハイコボルトたちが。
もういくつも住居や浴場、トイレなんかを建築してきたからな。
最早ベテランといっても良い。
そしてその経験値をいかんなく発揮し……三日ほどで一号工房が完成。
俺やニチャの意見を取り入れつつ三日なのだから、その建築の腕がどれほどの物か分かるだろう。
一号工房は木材も使っているが基本はマナコンクリ製。
しっかりしたつくりの加工場に、大きい木の桶がセットされた保管所。
そう、一号工房は醤油用に作った工房だ。
ありがとう、ルシュ。
素晴らしい出来だ。
「もったいないお言葉です。主様の役に立てたのであれば、光栄です」
ルシュはクールにそんなことを言う。
だが……尻尾がブンブン振られているのは見なかった事にした方が良いんだろうか……。
俺が悩んでいると。
「では私どもは次の建築に入りますね」
ルシュがそう言って来る。
次に作るのは……酒の工房だ。
俺としては他にも味噌や酢、納豆などの工房を作りたかったものの、ニチャたちが酒工房を作りたいと希望を出して来た。
別に断る理由もなかったため、許可。
ニチャたちの熱意も凄かったしな。
どうやらマイコニンは種族単位で酒が好きらしい。
じゃあそっちもよろしく頼んだ、ルシュ。
「お任せください」
そう言ってルシュは酒蔵を建築予定の場所に向かって行った。
俺は付いて行かない。
なぜなら……気の逸りを我慢出来なかったからだ。
醤油づくりの。
「代表様……別に構わないけどぉ……こういうのって結構長い時間かかるもので……」
大丈夫だ、分かっている。
「そう……? いひひ……それならいいやぁ……代表様が語る醤油って言うのにも興味あるし……早速始めよ……」
ニチャがそう言ってくれる。
俺とニチャは一号工房で早速醤油を作り始めようとしている所だ。
他のマイコニンは酒蔵作りに行ったルシュ達に付いて行った。
本当に酒好きなんだな。
さて、それじゃあ早速作り始めよう。
醤油の原料は大豆と小麦。
まずは蒸した大豆と煎った小麦を砕いて混ぜる。
そしてそこに麹菌と食塩水を入れ発酵。
発酵が終わったら布で搾って加熱したら完成だ。
こうして言うのは簡単だが実際に作るとなると当然難しい。
発酵や熟成で何回も……下手したら何十回も失敗を重ねないと出来なかったかもしれない。
だが……今は違う!
発酵に自信種族、マイコニンが来たことに加え、創造神器がぶんじに変形できるようになっている!
俺は湧きたったテンションに身を任せ、調理した大豆と小麦を砕いて混ぜる所まで進める。
「代表様の説明によるとこれに菌を混ぜるんだよねぇ……どういう菌か教えてくれたら直ぐには無理だけど用意できるよぉ……」
……それは凄いな。
さすが自分で得意というだけの事はある。
それじゃあこんな菌を用意して欲しい。
そうニチャに言うと俺はぶんじを混ぜた大豆と小麦に突っ込み、食塩水を入れながらかき混ぜる。
「こんなって……? ん……あれ……!?」
首をひねりながらこちらを見ていたニチャのいぶかしげな顔がだんだん驚愕に変わっていく。
俺の手元では、醤油の素がだんだん黒くなってきている。
「え、嘘……何これ……いつのまにか菌が発生して……」
そして混ぜることしばらく。
完全に黒く染まり、醤油特有のあの香りが漂ってきている。
久しぶりに嗅ぐ香り。
つい口元がにやけてしまう。
にやけている俺とは対照的に、ニチャは開いた口が塞がらない様で口をパクパクしている。
「いや……え、いや……どういうことぉ……?」
そうとう困惑しているようだ。
頭の上に?が浮かんでいるような気さえする。
そしてさらに少し時間が経ちニチャは落ち着きを取り戻した様だ。
「いやほんとすごぉ……ただものじゃないと思ってたけどこんなことまで出来るなんて……これもう私達なんかお役御免でしょぉ……」
訂正。
落ち着いたんじゃなくてブルーになってる。
落ち着いてくれ。
お役御免なんてこと無いから。
「でもぉ……代表様一人で作れるし、私達なんて必要ない……」
いやいや、必要あるから。
たしかに創造神器のぶんじを使えば醤油でも味噌でも酒でも作れるが……。
このぶんじ、そこまで大きくはない。
俺の肘から手の長さくらいだな。
つまり……大量生産には向かない。
俺は他にもやる事がいっぱいあるしな。
そこでマイコニンだ。
俺が作ったこれをもとに菌を培養し、大量生産してもらう。
そうすればこの先安定して発酵食品が手に入る。
それに改良して他にもいろんな味を作ってもらうのもありだ。
そう言った事を頼みたい。
そう伝える。
「なる、ほど? いひひ……それなら力になれるかもぉ……。任せて……代表様ぁ……」
そう言うとニチャは俺が作った醤油を持って行ってしまった。
これから量産のための試行錯誤に入るのだろう。
せっかく作ったのに今すぐ食べられないのは残念だが、これも量産体制の為だ。
ニチャにもし無くなったら声を掛けてくれ、と言い残し俺は第一工房を出て行った。
醤油の量産体制が整う日が楽しみだ。




