45.怪盗への餞別とリネイアの押し
「やったー自由だーっ!」
ムイに首輪を取ってもらったシエルがはしゃいでいる。
話を聞いた限り一か月も付けられていたんだからあのテンションも仕方ないか。
……というかしれっと飛んでないか?
背中の小さい羽がいつの間にかかなり大きくなっている。
「……まあこの背の羽は飾りではないので。彼女も私も一応飛べますよ」
どうやら衝撃から復帰したらしいリネイアがそう教えてくれる。
さっきまで呆然としていたけど、もう大丈夫なのか?
「ええ、はい。情けない所を見せてしまいました。昔から私は想定外の事態に弱く……スライムが魔乱しの首輪を飲み込むなど想像だにしていなかったので」
「ハハハ!まさにまさに!実にファンタスティックなスライムですよ!」
これまで静観していたフォイルもそう言ってくる。
「申し訳ありません、私の姿を暴くほどのスライムのファンタスティックさ……見逃す手はないと思いましてね」
いや別に謝らずとも構わないが……気にしてないし。
そんな話をしていると。
上がったテンションが帰って来たらしい。
シエルが降りてきた。
何気に結構高いところまで飛んで行ってたな。
「いやーごめんごめん、一か月ぶりの解放感につい舞い上がっちゃったー」
確かに舞い上がってたな。
物理的に。
「満足満足。首輪は取れたしご飯の美味しい所に移住は決まったし、我が世の春ーって感じ」
まあそんなに喜んでもらえるならこっちとしても嬉しいよ。
リネイアもシエルもこれからよろしく頼む。
「はい」
「おっけー」
「どうやら話はまとまったようですね。では私はこのあたりで失礼させていただきます、代表様」
フォイル? どこへ?
「ふふ……彼女たち以外にもこの怪盗フォイルが盗むべき宝はまだまだ居ますのでね」
……そうか。
まだまだ窮屈な思いをしている者は居るってことだな。
「ええ、その通りです。ですので……この怪盗フォイルがファンタスティックに盗み出しに行かなければ」
分かった。
そういうことなら止めないが……その前に。
「おや? どうなさいました……?」
不思議がっているフォイルを連れて訪れたのは倉庫だ。
ちなみにリネイアとシエルにもついてきてもらっている。
この後、他の住人と顔合わせするつもりだから少しだけ付き合って欲しい。
「あたしは全然かまわないよー」
「私も構いませんが……なぜ倉庫に?」
「代表様? しかもこの倉庫は前回私が拠点に使っていた倉庫では? まさか再び罪に問おうと?」
いや、たまたまだから。
一番近い倉庫がここだっただけ。
そう俺はうっすら顔を青くしているフォイルに声をかける。
「ほっ……んんっ、それで何のために倉庫に?」
そういうフォイルの顔は少し前の顔色が嘘のように余裕と自信がにじみ出ている。
ハッタリも入っているのかもしれないが、即座に落ち着きを見せることが出来るのはホント凄いな。
ああ、それでなぜここに来たのかだがそれは餞別を渡すためだ。
「餞別、ですか?」
ああ、フォイルも言っていただろ?
ここの作物のおいしさを知ってもらえば説得も円滑になる……みたいな。
だから餞別だ。
盗っていく必要はない、ここにある作物を好きに持っていっていい。
あと、説得に使う分だけじゃなく、自分で食べる分も構わない。
「それは……よろしいのですか?」
ああ、よろしい。
食料に余裕はあるしな。
「……ふふ。ありがとうございます、代表様。でしたら……遠慮なく」
そう言い置き、作物を取りにフォイルは倉庫の奥へ入っていった。
「ひゅー代表様太っ腹―」
倉庫の入り口近く。
俺と一緒に残ったシエルが口を開く。
「失礼ですよ。……ですが同感です。私が言うことでもないかもしれませんが良いのですか?」
ああ、フォイルにも言ったけど構わない。
本当に食料には困ってないんだ。
皆のおかげで。
「なるほど……。あれだけ美味な作物が余剰分が出るほどにある……移住を決めた判断は間違っていなかったようです」
「本当にねー……にしてもなんか倉庫に入る前フォイルちょっと青くなってなかった? この倉庫なんかあったのー?」
ん? ああ。
俺は前回フォイルがこの倉庫に来た……というか盗みに入ったことをかいつまんで説明した。
「この倉庫から作物盗んでた!?あはははっ!やるねー流石怪盗!それ許した代表様も器おっきー!」
「笑い事ではないのでは? ……まあ、ですがいくら隠れようと数字は誤魔化せぬものです。作物の収支が合わなかったゆえ、犯行を見つけられたのですね?」
え? いや……発見したのは正直偶然って言うか……。
「偶然? 何故です? 作物の収支を紙に記録していればたとえ無くなったのが一人分でも分かるでしょう?」
いや……うちにはまだ紙とかないから……。
「紙が、無い? 無いって……でっ、では作物の収支はどう記録してっ!?」
いや……記録とかせずに何となくで……。
俺の返答にリネイアは頭を押さえてふらふらと後ずさった。
その表情は髪に隠れてよく見えない。
えぇと……リネイア……さん? 大丈夫か……?
俺はそう声をかけるもリネイアに反応はない。
どうしたものかと俺が思案していると。
「……ます……」
……ん? リネイア? 今なんて?
顔を伏せたリネイアから蚊の鳴くような声が俺に届く。
だがうまく聞き取れなかったため、俺は聞き返す。
「が……ります……」
ごめん、もうちょっと大きな声でたの……
「私がやります!!作物の収支記録っ!!いいですねっ!!?」
あっ……はい……お願いします……。
ガバッ!と、顔を上げて思い切り俺に詰め寄ってきたリネイアのその迫力に、俺はつい敬語になってしまう。
さらにその凄みに押され、ノータイムで許可を出してしまった。
……いや、だけどいつかやろうと思ってたことだったしな。
紙が無かったからやらなかっただけで。
やってくれるって言うなら助かるが……。
……だが、リネイア。
申し訳ないがさっき言ったようにうちには紙が……どころかその製法も無くて……
「問題ありません。私は悪魔族なので紙の製法は心得ています。周囲には質のいい木材も豊富でしたし十分作れるでしょう」
あ……ああ、そうなんだ……。
それじゃあ、よろしく頼む……。
と、俺が少し気後れしながらもお願いすると。
「アハハッ!出た出たリネイアのいつもの!何でもかんでもきっちりしてないと我慢ならないんだからー。代表様も災難だね――」
「何を他人事みたいに言っているのです? あなたもやるんですよ」
「……え?」
シエルも巻き込まれた。
「え、いやいや待って待って。働きたくないってわけじゃないけどめんど……いや、ちょっとあたしの手には余るかなって――」
「なにか。言いましたか?」
シエルの言葉を遮り、傍から見ているこちらの背筋も奮い立つような笑顔でリネイアがそう告げる。
「何でもないでーす……」
シエルも圧に負けたらしい。
目を伏せながら棒読みでそう言った。
「おや?何かあったのでしょうか?」
作物を取って戻ってきたフォイルがそう聞いた。
まあ、シエルが見るからに凹んでるしな。
俺は今さっき何があったのかをフォイルに教えようとした。
が、その前に。
「ちょうどいい所に戻って来てくださいましたね。フォイルさん、今すぐ転移魔法でヘルレーの入り江へ送ってください。ある程度の悪魔族を確保しなければならないので」
いきなりリネイアがそうフォイルに声をかける。
フォイルは面食らっているようだ。
「……え? んんっ、失礼。気軽に言いますがそこはここからだとかなり遠く――」
「はい、だからフォイルさんに頼んでいます。飛んでいくことも出来ますが相当時間がかかってしまいますから。ああ、あとガトリル山にもお願いします。そちらには天使族の拠点があったはずですから」
「んん゛っ!?あの、そこもかなり遠く……」
「はい、だからフォイルさんに頼んでます」
フォイルが冷や汗を流している。
だがリネイアは気付いていないのか気にしていないのか、全く引き下がらない。
「……ああ!失礼、これから怪盗としての仕事に向かわなければならないので、誠に残念ですが手伝うことは出来なさそうです。本当に申し訳――」
「はい、ですから仕事の前にちゃちゃっと済ませて下さいね」
「…………」
その場を沈黙が満たす。
気にしていないのはリネイアだけだ。
「それでいいですね? 返事は?」
「……ファンタスティック」
「……返事は?」
「……はい」
フォイルは観念したようだ。
リネイアに連れて行かれた。
「……ん?しれっと言ってたけど、天使族の拠点って……あたしにも人集めて来いって事?!」
「その通りです。行きますよ」
「いやっ……ちょっと待っ――」
抵抗むなしくシエルも連れて行かれた。




