211.巨大雪花
そんなこんなで過ぎてゆく冬のある朝。
俺は布団越しに感じる寒い日の朝特有の肌寒さで目覚め……目覚め……。
……いや寒い!!
跳び起きた。
跳び起きた俺は、跳び起きた拍子にずり落ちた布団の隙間から入ってきた寒さに体を震わせ、咄嗟に布団を体に巻き付け思う。
いや本当に寒い。
なんだこれは?
目覚めた俺が感じたのは、肌に突き刺さるような寒さ。
目が覚めたばかりでまだ完全に頭が目覚め切ってないが、それでも分かる。
昨日の朝より格段に寒い。
というかこれほど寒い朝は、転生してから経験したことがない。おそらく。
なんだ? とんでもない寒波が街を襲ったのか?
寝起きの頭で俺が混乱していると。
コンコン……。
ノックの音。
「ご主人様、お目覚めでしょうか。お召し物を用意いたしました」
それと、家事妖精キールの声。
えぇと、それで……この寒さは何事なんだ?
俺はキールが持ってきてくれた着替えに袖を通し、ほっと一息ついたのちにキールにそう問いかける。
なぜならキールが持ってきてくれた服はとても厚手で、この寒さの中でも暖かく過ごせる服だったからだ。
それなら何でこんな寒いのか俺よりは理解しているだろうと考えてそう問うた。
大寒波が来たのか?
「いいえ。外の寒さは昨日とそう変わりがありません。寒波はまだ訪れていません」
え? じゃあ何でこんな寒いんだ?
「原因は……そうですね。見て頂いた方が速いでしょう」
……見る?
そう語ったキールの後を着いて朝の屋敷の中を歩いていく。
寒さからか、もしくはまだ明るくなりきっていないからか。
屋敷の中はいつも以上に寒々しく感じる。
まあ最近日中は多くの住民が遊びに来ていてにぎやかだったから、そのギャップもあるのかもしれない。
……というか本当に寒いな。
下手したら氷張るんじゃないか? この寒さ。
「はい。代表様が目覚められる前家事妖精たちから、水が凍って身支度が出来ない、と報告がありました」
……本当に水が凍るほどだったの? 大丈夫だったのかそれ。
「はい。魔法で温めれば問題ありませんでしたので」
……なるほど。
やっぱり便利だな、魔法。
そんな話をしながらたどり着いたのは、屋敷内から中庭に繋がる扉。
「ご主人様。少々扉からお離れ下さい」
そうこっちに声をかけてきたキールがそこを開けると……。
ぶわっ! と。
まさに凍り付くような冷気が俺の顔に直撃した。
もう寒いとかじゃなくちょっと痛いレベルの冷気。
一瞬この扉の向こうって雪山だっけ? と勘違いしたほどだ。
手で顔を覆いながら開け放たれた先を見る。
真っ白な冷気が少しずつ晴れ……見えてきた姿は……。
屋敷を越えんばかりの大きさの氷の花。
うん。
……うん?
何これ?
昨日までは絶対に無かったその姿に俺の思考は疑問で支配される。
……ん? だけど待て。
氷の花って事はこれは……。
俺がそう考えたところでキールから答えがもたらされる。
「御覧の通り原因はフロストフラワーです。異常成長したフロストフラワーが周囲を低温環境に変えています」
やっぱりフロストフラワーか、これ!
中庭に踏み入り、その巨大な氷花を見上げる。
透き通るようにきらめく氷が満開の花を咲かせているその威容。
冷気をまき散らすという被害が無ければ良い光景だと手放しで褒めたいところだ。
「でしょ? ボクもそう思って綺麗に咲きなよ~って誠心誠意お世話しただけなんだ。だから、まあ、うん、その……ごめんなさい……」
そんな俺の横に正座しているのは雪妖精のフィノウ。
屋敷の中から見たときはフロストフラワーの陰に隠れて見えなかったが、中庭に踏み入ったら俺に気づき、自分から正座しだした。
何かやらかした自覚があるらしい。
誠心誠意お世話しただけって言ってるが……。
「そうそうそうなんだよ。本当にそれだけなんだ。……ほら、フロストフラワーの最盛期ってやっぱり冬だろう? だからボクも気合を入れてお世話をしただけなんだ。……まさかこうなるとは……」
ふむ。
ただ世話をしただけ、と。
それなら正座してさらには謝る理由は無いんじゃないか?
「う。……まあ、うん。白状してしまうと、おそらくこうなったのはボクのせいだから……」
話を聞く。
「まず……フロストフラワーは一冬で散る儚い花だ。氷で出来ているゆえに春や夏を越えられないからね。だから希少な花でもあるんだが……ここではその常識は通用しない」
まあ、夏でも綺麗に咲いていたからな。普通に。
「そう。常識外のとてつもなく良質な土と、雪妖精であるボクの献身。この二つが合わさってフロストフラワーは春も夏も秋も散ることなく乗り切ることが出来た」
うん。
「そして……これはボクも知らなかったが、フロストフラワーも成長するんだ」
成長?
「ああ。本来なら一冬で散ってしまうため、成長しようとしてもすることが出来なかった。だからボクも知らなかった。が。この中庭で巡る季節の中咲き続けて、成長するための養分を溜め、今まさにさらなる成長とともに咲き誇った」
ここまで聞いたらフィノウの責任どこにも無いが……。
「あるのはこれからだからね。……さて、成長して咲き誇ると言ったが本来ならその規模はせいぜい一か二メートルくらいだったはずだ。そこでボクが出て来る」
ああ。
「話は変わるがボクはつい先日進化した。レースピアの街に長く住めば進化できるとは聞いていたが、実際に進化してみると予想していた以上に嬉しかった」
ああ、そうだったな。
おめでとう。
「ありがとう。……それで、だ。進化を果たしたボクはあふれ出る歓喜のままにこう考えた。進化したボクならより大きく、より美しく、フロストフラワーを咲き誇らせることが出来るんじゃないか、と」
ああー……なるほど……。
「もうお察しの通り……これほど巨大になったのはそのせいだ。この冬まで溜め続けた栄養と進化した雪妖精の力が相乗効果を起こし、フロストフラワーは一気にここまで巨大になった」
やっぱりか。
俺は再び、下手したら十メートルに届かんという大きさのフロストフラワーを見上げながら思う。
どうやら悪気はなかったが……進化した自分の力の強さとか、フロストフラワーの特性とかいろいろ想定外が重なってこうなったようだ。
それなら、まあ、責めることは無い。
「……いいのかい?」
ああ。
聞く限りは事故のようなものだ。
フィノウはたださらに美しく咲いた姿を皆に見せたかっただけなんだろう?
叱る理由なんてどこにも無い。
「あ……ありがとう。代表様……」
ほっとしたような様子で、顔を紅潮させたフィノウがそう言う。
かなり安心しているようだ。
まあ気にするな……というか大丈夫かそれ? 溶けるんじゃないかそんな顔が赤いと。
フィノウは照れたり恥ずかしがったり……精神的に熱くなるだけで体が溶ける。
だから心配して声をかけたんだが……。
「ん? ああ、大丈夫さ! 進化したことでだいぶ溶けにくくなったし……それに今はこのフロストフラワーのおかげで尚更溶けにくいからね」
カラッと笑いながら俺の心配にそう返してくるフィノウ。
そうなのか……不幸中の幸いってやつか、これは。
そう言うには不幸が大きいけど。凄い冷気まき散らされてるし。
「……本当に申し訳ない……」
ああ、本当に気にしてないから。大丈夫だから。
ちょっとした言葉の綾だから。
俺はフィノウを精一杯励ます。
溶けにくくなってるならどれだけ褒めても平気だろう。
「あ、ありがとう……」
茹ダコみたいな顔色になりながらも全然溶ける様子を見せないフィノウにほっと一息を吐きつつ、俺はこれからどうするかを考える。
原因は分かった。
それじゃあ解決……と言いたいところだが。
俺は巨大なフロストフラワーを三度見上げる。
うん……これどうしよう。




