188.金服
「王様! ちょっとあんたからも言ってやってよ!」
バァンッ! と、破らんばかりの勢いで部屋の扉が開かれる。
俺がつられてそちらを見ると、そこに居たのは蜂人族……ビープルの代表エイリスの姿。
まあ見る前に声で分かったけど。エイリスの声良く通っていて綺麗だし。
部屋に入ってきたエイリスは目尻を釣り上げ肩をぷるぷる震わせている。
一目で分かるほどご機嫌斜めだ。
扉に当たって尚その機嫌は上向いてないらしい。
ちなみに扉はまったく傷ついていない。
この程度で傷つくほど果ての森の木材はやわではないので。
「ちょっと聞いてるの王様!」
おっと。
そんなことを考えていたらエイリスがさらに詰めよってきた。
近い近い。
分かった分かった話聞くから。
俺は頭突きでも狙ってるのか? と思うぐらい顔を近づけてきたエイリスにちょっと身を引きつつそう言う。
エイリスの目尻が少し落ち着いたように下がった。
にしてもエイリスの目って綺麗だな、まるで宝石みたいだ。
俺はそんなことを思うも、せっかく勢いを落とした不機嫌に火を注ぐこともないかと思考を打ち切る……いや、むしろ褒めた方が良いのか? 機嫌を直すためには。分からない。
俺が軽く悩んでいると、エイリスが開け放ったドアから二人目の来訪者。
「失礼いたします。……ご機嫌麗しゅう、代表様」
入ってくるや否や、綺麗なカーテシーで俺に挨拶してきたのは蜘蛛人族……アラクネ代表のクトネー。
いつも通り優雅だ。
その所作も服装も。
さて、エイリスが来たすぐ後に来たってことはエイリスの不機嫌の理由に関わっているって事か? そのあたりを二人にまずは聞こうと思ったが……その前に。
ちょっとどうしても気になることがあったので一つだけ聞かせてもらう。
えぇとクトネー……その手に持った布……? みたいなそれは……? 俺の見間違いじゃなければ金色に輝いているように見えるんだが……。
そう。
クトネーがずっと片手で抱えているそれに俺は目を奪われた。
入室した時もカーテシーした時も常に金色に光っていてどうしても目に入る。
……そういえば。
黒龍王のリーアが俺にと持ってきた金色の毛が生える羊、ゴールデンシープ。
あれの体毛はクトネーが持って行ってたな。
もしかしてそれで織った金色の布とかなのか? で、出来たから見せに来てくれたとか……。
「ふふ、さすがは代表様。とても鋭いですわね」
ということはやっぱりゴールデンシープの毛で織った布──
「ええ、ゴールデンシープの布で織った服ですわ!!」
さらにその先だったな。
言葉とともに俺の前にバッ、と広げられたのはクトネーの言った通り洋服だった。
俺と同じくらいの大きさのその服は、全てが金色に輝いているうえに、ひらひらとした飾りが至る所についていてとても派手だ。
というか派手過ぎる。
王様とかでも着ないんじゃないのかこれほどになると。
素直にそんな感想を抱く俺。
抱きながらも服をじっくり見ていると……。
……ん? これ……俺と同じくらいって言うか……俺と同じサイズじゃないか?
俺はそんなことに気づく。
見れば見るほど俺の服と同じサイズに見える。
ということは……。
「ええ、その通りです! こちらは代表様の御召し物ですわ!!」
……俺が着るの!? これを!?
つい大きな声を出してしまった。
それも仕方がない。
さっき自分で、王様すら着ないんじゃないか、と言ったほどめちゃくちゃ豪華な服をあなたが着るものですなんて言われたら驚きの声も出るだろう。
だがクトネーは俺の声を喜びの声だと取ったようで……。
「ふふ……そこまで喜んでいただけるとは! 服飾師冥利に尽きますわーっ!」
おーほっほっほっ、と高笑いでもせんばかりにテンションを上げるクトネー。
「おーっほっほっほっほっ!」
あ、言った。
「そうそれ! それよ!」
と、そこでここまで黙って聞いていたエイリスが再び点火する。
「こんな金色のとっても凄い服があったらそれはもう私の服でしょ!? なのに王様の服だって着させてくれないのよ!」
「それはもちろん代表様の為に織った服ですので。エイリスさんも着たいならいずれ用意すると伝えましたわよね?」
「私は! 今! 着たいの!」
……なるほど。
要するにこれはアレらしい。
この金服の出来の良さに惚れ惚れしたエイリスが自分に着させろとわがままを言ってあしらわれた……みたいな。
まあこう言っちゃなんだがあんまり重大そうなことじゃなくて良かった。
ちょっと安心。
「重大に決まってるでしょ! もう!」
ほっと一息ついた俺に向かってエイリスはそう言ってくる。
どういうことだ?
「私たちビープルも冬は動かなくなるの、分かってるとは思うけど」
うん。
その後。
俺とクトネーはエイリスについてビープルたちの居住区にやってきていた。
重大と言われてはまあ聞くしかないからな。
クトネーも気になったのか一緒に着いてきていた。
「それで私たちは動かなくなるまでに春まで持つだけの大量の蜜を用意しておくの。他の種族なんかと同じようにね」
なるほど。
ここまでは当然理解できる。
ビープルも当然冬備えするってことだな。
それで?
「それでも何もここまで言えば分かるでしょ? あの豪華な服を私が着れば! 下僕たちのやる気は天井知らず! 冬を迎える前に蜜の海が出来上がること必然というわけ!!」
ほんとにそうか?
エイリスが胸を張って断言するが、俺はちょっと懐疑気味だ。
いや流石に上に立つものが着飾ったとこで……いや効果がないとまでは言わないけどさすがにそこまでは……。
と、俺が思ったところで。
「なるほど……素晴らしいですわ!!」
クトネーが大きく声を上げる。
「エイリスさんのその案……至上の名案と言わざるを得ませんわ。その通り。頂点に立つものがその尊さを着飾ることによっても示すというのは下の者にとってとても意欲が高まること! それを分かっておられるとは……流石ですわね」
うんうん、としきりに頷きながらエイリスに声をかけるクトネー。
エイリスも当然でしょ……みたいな顔でうんうん頷いている。
……そこ通じるのか。
いやでも思い返してみればクトネーも隙あらば俺を着飾らせようとするもんな……そりゃあエイリスの意見と通じて当然か。
まあともかくその辺は一旦置いておいて。
でも……蜜が貯められなくても冬の食料は配給してるだろ? それで十分じゃないのか?
俺は気になったことを聞く。
通貨が流通し始めてるとはいえ、普通の生活に必要な分はちゃんとそれぞれに配給している。
足りなかったか?
「いや足りてるけど……それとこれとは別の話って言うか……」
少し歯切れが悪くなるエイリス。
「私たちが作る蜜は滋養強壮にも良いから……その……冬の間にいっぱい繁殖する為にもたくさん……って、もう! 何言わせるの!」
ああ……なるほど。
今年は……というかついこの間までコボルトたちがかなり多く出産していた。
それを見て他の種族たちも結構、何というかその……繁殖欲みたいなものに火がついていたが、ビープルも例外ではなかったらしい。
この冬にもっと……こう……自分たちで人口を増やすための努力をするために蜜を溜めておきたいと。
そう言われたらこっちとしては何も言えないな。
クトネー。悪いんだが……。
「もちろん言わずとも分かっておりますわ、代表様。そういうことであれば……このクトネー、すぐにこの服をエイリスさん用に仕立て直しますわ!」
ふんす! と気合を入れて宣言するクトネー。
頼む。
よし、これで服は着たい者の所に行ったし、エイリスは目論見通り着飾れるし、クトネーは自分の服で着飾ったエイリスの姿が見えるし。
全員ハッピーだな。
うんうん。
「ああ、それと代表様はご心配なさらず! この服はエイリスさん用に仕立て直しますが……当然代表様用の服は新しく織りなおしますので! ふふ……これよりももっと素晴らしい服をお目にかけて見せますわ~~っ!!」
……うん。
……ほどほどで頼む。
ちなみに。
後から聞いた話だが、着飾ったエイリスを見たビープルたちは一念発起。
約三倍の蜜生産を可能にしたらしい。
どこ基準か知らないけど。
俺も……着飾る……か……?




