186.キノコ?
ふぅ……危なかった……。
俺はニチャとの称賛合戦をいったん終了して、額の汗をぬぐうような動作をする。
汗なんてかいてないけど気分で。
あのままだったら誉め合いで今日一日潰れるところだったな……。
俺はしみじみとそう思う。
まあ仕方がない。
発酵食品を作ってくれているというだけでもう感謝と感激が噴火を起こすほどなのに、さらに改良して前世のそれとすら遜色ない味にしてくれているんだしな。
「いひひ……はい、代表様……どうぞぉ~……」
そんな事を考えている俺の前で、ニチャはとくとくと杯に日本酒とワインをそれぞれ注いでくれていた。
ああ、ありがとうニチャ。
俺はニチャに礼を言うと、杯を持ち、舌に意識を集中する。
こちらもニチャたちマイコニンが丹精込めて作り上げてくれたものだ。
というわけで早速俺は日本酒の方から口に入れる。
まず感じたのは柔らかな甘さ。
そして後から追ってきたのはキリっとした後味。
喉に下すと熱を感じ、腹から熱が回っていくような感じがする。
うん、美味い!
日本酒を飲みくだした俺は迷わずニチャにそう言う。
「っ、ほんとぉ!?」
ああ、もちろん本当だ。
目を輝かせて聞き返してきたニチャに俺はそう続ける。
いや本当に美味しい。
もちろん今までのが美味しくなかったって訳じゃないが、今飲んだ日本酒は今までのより美味しかった。
「いひひっ……ありがとぉ……! 苦労したからね……!」
キラキラと輝かせていた眼を閉じニチャが言う。
「お米を選別するところから始まって代表様にもらったジメを温度や量を変えたり期間を変えたり試行錯誤して……大変だった……楽しかったけど……」
しみじみとそう続けるニチャ。
ジメって言うのは俺が創造神器で作った酵母の事でいいのかな?
まあかなり頑張ってくれたらしい。
ありがたい。
くぴくぴと器に残った日本酒を頂きながらニチャにお礼を言う。
すると。
「お礼なんていいよぉ……ひひ、それよりこっちもどうぞぉ……代表様にジメは貰ってないけどそれでも頑張ったんだあ……」
そう言ってスッと差し出してきたのは、先ほどこちらも杯に注いでいたワインだ。
それは深い紫色をたたえている。
ふむ。
一応……本当に一応、念のため、創造神器を出す。
反応は……無い。
まあ分かってたけど念には念を入れて。
さて、毒の類もないことが確認できたし、ありがたくいただく。
ニチャから杯を受け取って……ワインってまずは香りを楽しむんだっけ?
そのまま杯を口元に近づけ鼻をふんふんと動かす。
届いたのはぶどうの香り。
鼻から抜けるように体中に甘い香りが広がる。
その香りに飲欲を刺激された俺は半ば無意識にワインを口に運ぶ。
と。
感じたのは芳醇な……濃厚な甘さ。
先ほどの日本酒の柔らかな甘みとは違う。
言うなれば、これが甘いということだ! と、がつんと殴ってくるような甘さとでもいおうか。
それでいてまったくしつこくない。
舌の上に残らず、甘さはスッと引いていった。
うん……これも美味い!
俺の口からは素直な感想が漏れ出る。
「ほんとぉ!?」
ああ。
俺は前世ではお酒とか飲んだこと無かったので正直ワインの良し悪しなんて全く分からないが……それでもこのワインが美味しいことは分かる。
深い甘みにスッと引く後味の良さ。
とても美味しい。
ただ……う~ん、日本酒には負けるか……?
くぴ……とワインと日本酒を飲み比べながら考えてみると俺はそう思う。
なんというか……上手く言えないが完成度みたいなものが違う気がする。
ふわふわした感想で申し訳ないが。
「いひ……構わないよぉ。分かってたことだしねぇ……」
分かってた?
「うん……代表様にジメをもらって、改良のための期間もかなりあった方と、まだ作り始めたばかりで改良もこれからな方を比べたら当然の評価だからねぇ……」
ニチャは本当に全くショックを受けた様子などはない。
なるほど。
まあ考えてみれば当然の話か。
「うん……だから楽しみにしてて代表様……これからもっともっと美味しくするからね……イヒヒ……!」
再び目をキラキラと輝かせながらそう宣言するニチャ。
俺はそんなニチャに向かって力強くよろしく頼む。と言っておいた。
……いやもちろん手伝えるところは手伝うから。
「いひひ……ありがとぉ……!」
そうして。
試食を終えた俺は早速俺にできる手伝いの為にマイコニンたちの工房に向かっていたんだが。
道中。
「いひひ……ひひひ……」
……何だ? アレ?
幾人かのマイコニンが笑ってふらふら揺れながら森の方に歩いていくのを目撃する。
疑問に思いニチャに聞いてみると。
「いひ……? 何だろう……?」
ニチャも分かってなかった。
いや本当に何なんだ?
疑問を覚えた俺たちは工房に行く予定を変更。
そのふらふら歩いているマイコニンを尾行することにする。
そうしてたどり着いたのは街の外、森の内部。
鬱蒼と生えた木々が日差しを遮りじめっとしている、俺もあまり頻繁には来たこと無いエリアだ。
そこで俺は……。
「代表様。護衛もつけずに森に踏み入るのはお止め下さい」
……はい。
ハイラにお説教を受けていた。
「代表様。代表様はこのレースピアにとってとても大事なお方です」
はい。
「今回は事前に見つけられましたし、見張りはどんなものも見落とさない覚悟で任務に従事しておりますが、万が一がないとも限りません」
はい。
「代表様にもしもの事があればレースピアの街は崩壊します」
……いや流石にそれは言い過ぎ……。
「言い過ぎではありません」
はい。
「代表様のお力は存じておりますが、やはり万が一があり得ます。外に出るのであれば必ず護衛を帯同してください」
……いやまあ、街の周囲は基本大物は狩られてるしそこまで心配しなくても……。
「帯同してください」
はい。
すみません。
そうしておよそ五分後。
俺は解放された。
ふぅ……次からはちゃんと一声かけてから行こう……。
俺は反省した。
あのクールなハイラにあんなに心配そうな顔されたら誰だって反省する。
さて、それじゃあ気を取り直して、ふらふらここまでやってきていたマイコニンを見に行こう。
ハイラはそのまま俺の護衛についてくれるようだ。
俺とニチャの前に立って先導してくれている。
何とハイラ、俺にお説教しながらでもしっかりマイコニンを補足して尾行していたらしい。
もう俺とニチャの目からはふらふらマイコニンは見えないが、ハイラはしっかり捉えているようだ。
流石ハイラだ。
「ありがとうございます。ではこちらです」
そのまま……心なしかわずかに頬が赤い気がするハイラに連れられ俺たちはそのまま奥へ。
そしてハイラに先導され森の中を歩くと、ほどなくして少し開けた場所に出た。
そこにあったのは。
「いひひ……ひひひ……いい子いい子……」
「ふひひ……すばらしいねえ……」
「うひひぃ……」
マイコニンたちが地面に転がり笑い声をあげている光景だった。
うーん何これ?
「「「お恥ずかしい所を……」」」
その後。
しばらく経って、俺に気づいたマイコニンたちは正気に戻り、俺の周囲に集まって声をそろえてそう言ってくる。
いや……まあ、うん。
こっちも見ちゃって申し訳ない……。
俺はちょっと視線をそらしながらもそう返す。
それで……その、何してたんだ?
俺の問いにマイコニンたちはそれぞれ自分たちが寝ころんでいた場所を指さす。
そこには……。
……キノコ?
彼女らが指した場所にはそれぞれキノコが生えていた。




