173.ゴールデンシープとボロスピッグ
「これは……間違いありません! ゴールデンシープがその輝きを取り戻していますわ!」
俺が見間違いかと目をこすり始めたすぐ後。
同じく金色の輝きに気が付いたクトネーが素早く近づきゴールデンシープを見分。
ゴールデンシープはアラクネのクトネーがズザザッ! と迫ってきたことにめちゃくちゃビビってたけど。
結果、やはりゴールデンシープの毛が金色になっていたらしい。
俺の見間違いではなく。
「素っっ晴らしいですわっっ!!」
クトネーが大きな声でシャウト。
ゴールデンシープがびくついてるからやめてあげてくれ。
「申し訳ございません! しかし抑えることは出来ませんわ! かつて楽園でその毛に金色の輝きを宿していたと言われるゴールデンシープ、それが再び金色の輝きを纏ったということは……!」
……ことは?
「この街が楽園だという何よりの証明ですわ~~っ!!」
いやいや、嬉しいけど流石に大げさな……。
と、俺はそう思ったんだが。
「楽園……」
「やはり……楽園……」
「分かっていたけど……」
「主様の街なのですから当然ですね」
世話役として動き回っていたハイコボルトたちはやはりと納得してざわめいているな。
羊舎の中からも外からもそんな声が聞こえる。
その状態でもしっかり手を動かしているのは流石だけど。
いや、でも流石に楽園というにはまだまだ――。
「みなまで言わずともわかっておりますわ、代表様。確かに楽園というからにはまだ足りていない物がある」
ああ、その通――。
「みなまで言わなくても分かっておりますわ、代表様!それが無い内はまだまだ楽園とは呼べないとそう言うことですわね!」
そう――。
「みなまで言わなくても分かっておりますわ代表様!」
言わせて?
「足りていない物……それはすなわち楽園の統治者たる代表様が着るべき美麗なる服! お任せ下さいまし! 私が必ず作り上げてみせますわ!」
そう言うとクトネーは目の前に居たゴールデンシープの毛を目にも止まらぬ速さで刈り取ると、そのまま高速で出て行った。
止める暇も無かった。
……え? もしかしてクトネーが作る豪華な服着なきゃいけなくなったのか? 俺。
周りからもなんだか期待するような視線を感じる。
キラキラした目で見られているような気がする。
「おぉ~お主がどんな服を着るか楽しみじゃのぉ」
リーアものほほんとそんなことを言っている。
……うん。
俺は未来の俺がどうにかするだろうと考えることを放棄し、現実逃避気味に毛を刈り取られたゴールデンシープを気遣う。
いきなり毛を丸ごと刈り取られたわけだしな。
ちなみに毛を刈り取られると本当に俺の知っている羊のシルエットまんまだった。
体高の数倍ある毛の中にも身体詰まってたら見るの怖いなと心配してたけど杞憂に終わって良かった。
まあとにかく……びっくりさせて申し訳ない。
いきなり毛を刈り取られて大分困惑してるだろうが彼女も悪気がある訳では――。
……何? あれだけの情熱に使ってもらえるなら嬉しい?
自分の毛がどんな服になるのか楽しみ?
……そうか。
……心が広いな。
俺も見習おう。
俺も広い心で受け入れよう。
「さ、いよいよ最後の貢物その三じゃな! ……大丈夫か? お主」
大丈夫大丈夫。
ちょっと今から緊張が身体を襲ってるだけだから。
「ふむ……? まあよい、では刮目するがよい! これが我の持ってきた貢物その三じゃ!」
言葉と同時に三つ目の畜舎に足を踏み入れる。
入ってみた感想としてはかなり大きい。
鎧山羊の畜舎も大きかったけどこっちはそれ以上だな。
そしてそこに居たのは――。
「ブヒヒッ」
豚。
体長二メートルくらいある、羆かってくらいデカい豚を豚と言っていいなら豚。
でっか……。
「これが貢物その三、豚じゃ!」
とうとう名前言うの諦めたな。
「通じればいいと言っておったじゃろお主も!」
そんなことを話している俺たちの目線の先に居たのはさっきも言った通り豚。
ピンク色の寸胴な体に大きい鼻、短い四足。
大きさ以外は俺の知っているものと変わらない豚……。
ブオンッ!
……でもなかった。
俺の目線の先で豚が振り返る。
と、同時にそんな風切り音と共に巨大な尻尾が振られる。
直径一メートルくらいはありそうなビッグサイズの尻尾。
もし当たったらホームランされそうだ。
でっっか……。
「あの尻尾が美味いんじゃよな……それでどうじゃお主」
どうとは?
「お主は料理好きじゃろ? なら料理に使える肉が増えたら嬉しいじゃろ? こいつだけじゃなく山羊や羊も使いたければ料理に使っても良いしな」
そう言ってくるリーア。
確かに豚肉が増えるとなると俺も正直小躍りする。
生姜焼き……味噌焼き……とんかつ……。
少し考えるだけで食べたいものがすらすらと浮かんでくる。
それだけじゃなく山羊肉や羊肉も。
羊肉は言うまでもなくジンギスカンなんかでよく味わわれているし、山羊肉もジビエ料理として使えるだろう。
だけど……。
「……ブヒ?」
いや……ちょっと難しい!
こんなつぶらな瞳で見つめてこられるとお肉にするの難しい!
「? お主もよく森の獲物狩っておるではないか」
いや……そうなんだけど。
こっちを食べてやろうと襲い掛かってくる相手ならまだ覚悟決まるんだけど、こんな……見つめるくるどころじゃなく手にすり寄ってまでこられると流石に食肉として見られなくなる!
これは絞められない!
「難儀じゃのぉ……まあ貢物なのじゃから好きにすればよいと思うが……」
「……絞める必要はありませんよ」
「ぬぉっ!?」
と、俺がリーアと話していると、声が割り込んでくる。
そちらに目を向けると……そこに居たのは家事妖精のキール。
「ご視察お疲れ様でございます、ご主人様。こちらはボロスピッグが居ると聞きましたので確かめに参りました」
丁寧に一礼して俺にそう声を掛けてくるキール。
……ボロスピッグ?
「はい、こちらの名前です」
そう言って指し示すのは、いまだに俺の手に鼻を擦り付けている、尻尾と体デカデカ豚。
ボロスピッグって言うのか……。
「ボロスピッグは強靭な体躯とそれに見合った身体能力、高い再生能力を持ち、性格は穏やかですが、一度怒らせればその膂力を振るって暴れまわります。過去には街一つひき潰した、なんて話もあるとか」
……え? そうなの?
俺はすり寄ってきているボロスピッグの目をまじまじと見る。
しかしそのつぶらな瞳から害意はこれっぽっちも伝わってこない。
伝わってくるのは親愛だけだ。
いや今さっき会ったばかりなのに新愛伝えてくるのもちょっとおかしいけど。
人懐っこいにもほどがあるだろう。
「ご主人様の人徳ゆえですね、それは。流石ですご主人様」
そうこっちを褒め称えてくるキール。
少し恥ずかしいので話題を変える。
えーとそれで……さっき絞める必要がないって言っていたのは? あれか? 普通に労働力として使うみたいな。
「その意味もあります。ボロスピッグはかなりの膂力を持ちますから。ですが先ほどの言葉は単に、食肉にするのに絞める必要は無い、という意味です」
? それはどういう?
「尻尾です」
尻尾?
「はい。ボロスピッグは尻尾を自切出来ます。しかもその尻尾は様々な部位の味や食感を持つのです。つまり尻尾さえ取れれば食肉として使えます」
なんだその生態!?
俺はつい口をあんぐりと開ける。
……いや、驚きはしたが理には適ってるのか?
そしてそう思い直しながら閉じる。
自切の目的っていうのは基本捕食者から逃げることだ。
なら尻尾を本体と同じように美味くしてしまえば、捕食者は尻尾で満足して本体は逃げきれるだろう。
おそらく尻尾の方が骨とか少なくて食べやすさもあるだろうし。
……そう言えばさっきキールがボロスピッグには高い再生能力があるって言ってたな。
ということは……。
「はい。自切した尻尾は時間はかかりますが再生します。つまり絞めてしまえばもう尻尾が取れなくなるのでそうする必要は無い、ということですね」
なるほどな……。
一旦は納得する俺だが。
いやでも尻尾切り取らせてもらう必要があるのか……。
そう思い直す。
尻尾がどれほどのモノか分からないが、俺で言うなら腕を切り取って提供する、みたいなことだろ? 絞める必要は無いと言ってもそれもちょっと……。
と、俺が考えていると。
「ブヒブヒ」
俺にすりすりとその体躯を擦り付けていたボロスピッグがその身体を俺から離す。
そしてその場で横を向き……。
プチン……と、そんな軽い音がしたかと思えば、俺の目の前でずんっ、と尻尾が地に落ちた。
……え? と、俺が困惑していると。
「ブヒィ~……」
持って行けよ、とまるでサムズアップでもしているような目つきでボロスピッグが俺にそう鳴いてくる。
いやいや、いやいやいやいや。
流石に貰えな……と、俺が遠慮しようとすると。
「ブヒヒ」
もう自切しちゃったし持って行けよ、とぐいぐい尻尾をこっちに向かって押して来る。
その尻尾を見て俺の頭の中には数々の豚肉料理が浮かび……。
……分かった。
……ありがたく使わせてもらう。
俺は尻尾を受け取ることに決める。
食欲には勝てなかった。
ボロスピッグはブヒブヒと再び嬉しそうに俺にすり寄ってきている。
感謝を込めてその身体を撫でさする。
ありがとう。
……それにしても、さっきの街一つ滅ぼされたって話……これほど温厚なボロスピッグを怒らせたって……一体何やったんだ?




