171.貢物?
「お主! 許せ!」
はい?
とある日。
俺が朝食を食べていると。
バンッ! という音と共に勢いよく扉を開いてそんなことを言いながらリーアが入ってきた。
許せなんて言いながら、その尻尾はぶんぶんと勢い良く振られている。
えー……と、とりあえず――。
「……リーア様。ご主人様のお食事の最中に、それほどの音を立てて入ってくるのはいかがなものかと」
俺が困惑しながらも、とりあえず食事の手を止めて話を聞こうとすると、後ろに控えていたキールが先にリーアに声を掛けた。
「ぬ? 別に構わぬじゃろう。多少食事の邪魔をしたところでどうということもあるまい」
リーアは今気づいた、といった風に、顔をキールの方に向けるとそう宣った。
その顔はそれの何が問題なんだ? みたいにきょとんとしている。
すると――。
「……そうですか。では明日からリーア様のお食事には邪魔が入り、その口に運ばれることはなくなりますが、どうということはありませんね?」
「……と、思ったが! 確かに食事の邪魔は無法じゃったな! お主! また後で!」
キールがにっこりとした笑顔を浮かべ、リーアにそう声を掛ける。
その言葉にリーアは先ほどまでの威勢はどこへやら。
冷や汗をかきながら全力で目を逸らし、そう言い残し去って行った。
うん。
そんなに嫌か、家事妖精たちの料理が食べられなくなるの。
……嫌だな、普通に。
俺はまだ自分で料理できるから何とかなるが、リーアは食べるばかりで料理しているところなんて見たことがない。
かなり深刻な問題だろう、リーアにとっては。
というか完全に胃袋掴まれてるな、もう。
「ご主人様、どうなさいました? 邪魔は居なくなりました。どうぞ続けてご賞味くださいませ」
そんなことを考えていた俺に、綺麗に一礼しながらそう言ってくるキール。
うん。
俺もキールは怒らせないように気を付けよう。
今日の料理も美味しい。
ありがとう。
「ありがたきお言葉です」
「待っておったぞ、お主!」
食事を終えた後。
外に出てきた俺に、腕を組んで仁王立ちしていたリーアがそう声を掛けてくる。
リーアは身長が高くて身体もいろいろと大きいからそうやってると結構ダイナミックだな。
軽く見上げながらついそんな思考が走る。
さて……それじゃあとりあえず話を聞くか。
一度目を閉じ思考をリセットして俺は早速リーアの用件を聞くことにする。
リーア、一体俺に何の用だったんだ? なんか許せとか言っていたけど……。
「ふっ、よく聞いてくれたのぉ!」
そりゃあな。
「我はこの前……お主に辱めを受けたじゃろう?」
聞こえが悪い。
受けさせたっけ? 記憶に無いんだが。
「お主が忘れても我は忘れん! あの辱め……正座とやらを!」
……ああ、させたな、確かに。
ちょっと前。
初めての漁に出ることが出来た俺は様々な釣果と……何よりマグロを捕獲して帰ってくることが出来た。
その結果、港でマグロパーティーをなし崩し的に開くことになったのだが、なぜ我を誘わない! と来襲したリーアが軽く酔っぱらって暴れ港に被害を出す事件を起こした。
なので俺は反省を促すため正座させたわけだが……。
辱め? あれが?
「そうじゃ! あの正座とやらのせいで我は足の感覚がなくなり……突っ伏してピクピクしている様を周りに見られた! 黒龍王たるこの我が……いい笑いものだったじゃろう……!」
いやまた酔いつぶれてるのかな? みたいな目だったけど皆。
リーアはこの街に来てからというもの、大量に食べたり飲んだりで食い倒れ……あるいは飲み倒れしている姿が良く散見されている。
最近はもう皆慣れて全然普通に受け入れてたな。
来たばっかりのころは闘技祭乱入の件もあってビクビクしている住人も多かったんだが。
「……とにかくじゃ! 辱めを受けさせられたことは事実! ゆえに……」
ゆえに?
「お主に貢物を持ってきたので、あんな辱めはあれっきりにしてもらえんか?」
この流れで献上でのご機嫌取りに行くことあるんだ……。
てっきり実力行使とかに出てくるかと。
「お主に実力行使などしたら美味しくいただかれてしまうわ!」
いやしないしない。
ドラゴンの肉に興味は……興味は…………無い、と言ったら嘘になるけど。
「ほれ見よぉ!」
ズザザッ! とわが身を抱いて後ずさるリーア。
いや大丈夫大丈夫大丈夫! リーアを食べたりとか絶対にしないから! 住民食べる代表とかもう怪物だから!
ついうっかり興味を否定しきれなかったせいで凄い疑いの目で見てくるリーアをその後何とか落ち着かせ……。
「……こほんっ! 話が逸れたな」
ああ、うん。
逸らして申し訳ない。
「もうよい。ともかくそういうわけで貢物を持ってきたというわけじゃな。ま、この前の詫びの品とでも思えばよい。これに満足したら正座とやらはもうさせないでほしいのじゃ」
そんなに嫌だったか? 正座。
……まあ慣れてなかったら嫌かもしれないな。
ところで貢物って?
「うむ。こっちじゃ」
そう言って歩き始めたリーアに着いて行くと、連れてこられたのは牧場区画。
牛舎や鶏舎が建ってるエリアだな。
今日もここから新鮮な牛乳や卵が俺の屋敷に……ん?
そこまで考えて違和感に気付く。
なんか……多くないか?
この牧場区画に建っている建物は現在二つ。
牛舎と鶏舎のみ。
……の、はずだったんだが。
なんか……建物が増えてるように見えるんだが?
しかも倉庫とかそういうのじゃなくてしっかり大きめな感じの。
「ああ、作らせたからの、三つほど」
しれっとそう言ってくるリーア。
いや……さらっと言ったが作らせたって……。
「この街の住民たちはお主をとても慕っておるからの。お主のためじゃといったら喜んで手伝ってくれたわ」
からからと笑うリーア。
やっぱり建築チーム辺りに協力してもらったのか。
でもそれなら俺に何で報告が来てないんだ?
「喜ばせたいから我が伝えるまで他言するなと言っておいたからの!」
リーアのせいだった。
うーんこれは……注意するべきか?
俺はそう考える。
いやでも……本当に嫌だとか迷惑だとか思ってたら流石に俺に報告に来ただろうしな。
後で建築に関わった者たちにこっそり迷惑じゃなかったか聞いておくこととして……今は流そう。
「……む? 少し背筋が冷たくなったような気が……まあすぐなくなったし気のせいじゃろ。それよりお主、早速見てみると良い。我の貢物をの!」
そう言いながらリーアはグイグイと俺の背中を押して来る。
分かった分かった見せてもらうから。
俺はそう言って、まずは一番近いところに有った建物その一に入る。
そこは……見た感じ牛舎と同じような造りだった。
まあ畜舎なら大体同じような造りになるか?
中に入った俺が視線を送った先、木で出来た柵の中で思い思いに動いているのは……俺の知識の中で一番近いモノを言うなら、山羊だ。
「メ゛ェェェーー……」
うん、メェ~って鳴いたな。
それじゃあ山羊であってる……はずなんだが。
俺の目の前に居たのは、俺の知ってる山羊よりかなり大きく、しかも自身の身体を覆うようにとてつもなくデカい角が生えている山羊だった。
その巨大な角はいたるところがごつごつしていて、まるで鎧をまとっているようにすら見える。
「どうじゃ? これが貢物その一、アー……アーマー……。……山羊じゃ!」
名前ド忘れしてないかリーア?
俺の横に居たリーアが目線を全力で横に逸らしつつそう言うので俺は突っ込みを入れる。
「いいじゃろ細かいことは! 龍王にとって大抵の生き物は獲物みたいなもんじゃからいちいち覚えてないのじゃ!」
開き直ってそう言ってくるリーア。
……まあ、いいか。
気になったらあとで他の誰かに聞けばいい。
気を取り直して……一番近くに居てさっき鳴いていたその鎧山羊を見る。
そいつは山羊舎の中に入ってきた俺たちを睥睨し、後ろ足でガッガッと地面を均していた。
……突進して来ようとしていないか? こいつ?
「みたいじゃのぉ~……」
俺たちがそんなことを言っていると、鎧山羊は地面を均していた足を止め……こちらに突進を始めた!
うおおっ!?
俺はとっさに創造神器を構える。
すると、リーアが……。
「心配いらん、お主。そのままじっとしておれ」
そう声を掛けてきた。
はい? でも……。
俺がリーアの言葉に困惑した瞬間。
ゴォン! という音と共に、鎧山羊は俺たちとの間にあった柵に激突。
壊れるかと思った柵は全くびくともせず……鎧山羊は柵に止められ停止した。
……びっくりした。
俺は念のため創造神器は出したままにしつつそう言う。
「心配はいらんのじゃ。こ奴らの突進はそれなりに威力はあるが……この森の木を破壊できるほどのものではない。大したものではないのじゃ」
いや……激突の音からしてだいぶ大したことあると思うが……果ての森の木が凄すぎるんだな、これは。
俺は改めて果ての森の木の硬さを思い知る。
いや頑丈なのは知っていたが、普通に車サイズの、しかも全身角で鎧われている山羊の突進を難なく防ぐとは……しかも間に隙間がある柵の状態で……。
俺がそう慄きながら突進を受けた場所をまじまじと見つめていると。
「……メ゛ェェェーー……」
突進してきた鎧山羊が、柵にくっついたまま鳴き声を出している。
どうやら勢いよく突進したせいでハマってしまったみたいだな。
身体中を覆っている角がごつごつしているため思いっきり引っかかってしまっているみたいだ。
「……メェェェ……」
鎧山羊は自力で抜けないと判断したのか、瞳をうるうるさせて訴えかけてくる。
情に。
……あー……ちょっと手伝ってくれ、リーア。




